第13話 本当に言いたいこと

「あっ……」

「ん? ユキさんの知り合いか?」


 と言いつつ、ノインは少し疑問だった。

 知り合いにしては強引に引っ張られてるかのようだし、ユキの表情も心なしか怯えてるように見える。


「君は誰だい? 僕は今、この子と大事な話があるんだ」


 しかし、確証がない。

 あくまでもノインの主観であり、実際のところ結構仲が良いだけなのかもしれないのだから。


「え、えっと……」


 一方でユキはノインに本当のことを言い出せずにいた。


 この場で彼に助けを求めれば簡単だ。

 だが……ノインにユキを助ける義理なんてあるのだろうか?

 ユキはノイン一人置いていってしまっているのだ。そんな自己中心的な奴のことを助ける人なんているだろうか。


 口ごもるユキを見ると、Akiは優しく微笑み、彼女の肩を抱き寄せた。


「あぁ、ごめんね。彼女、恥ずかしがり屋さんだから。これからデートだって言いにくいんだよ」


 驚いた表情を見せるユキだが、彼は変わらず笑みを浮かべている。


「だから、悪いんだけどさ。こっちが先約なんだ」

「……そうなのか?」

「うん、そうなんだ。じゃ、僕たちはこれで」

「あっ……!」


 ユキが何か言う前に、手を引っ張られていく。


 こんなことになるのなら、嫉妬して離れなければよかった、と後悔するが……時既に遅し。




「いやいや、お前には訊いてないから。ユキさんに訊いてるんだよ」


 ――というわけでもないようだった。


「ふぇっ」


 ノインはユキの空いてる手を掴んできたのだ。


「なぁ、ユキさん。こいつの言ってること本当か?」

「君もしつこいなぁ。しつこい男は嫌われるよ?」

「いや、お前に好かれなくてもいいから」


 Akiが更に手を引くが、ノインも引かない。


「ユキさん、嫌がってるだろ。離してやれよ」

「いやいや。君が嫌なんじゃないか? 大体、君はユキちゃんのなんなんだい?」


 二人は更に引っ張る力を強める。


「俺は昨日からユキさんに見てもらってる者だ」

「なんだ、たった2日の仲じゃないか。僕なんか1年。1年間、同じクランにいたんだぞ。この差がわかるかい?」

「今、ユキさんはクランにいないんだろ? ってことは、あんたの方が長かろうと今のユキさんには拒絶されてるんじゃないのか?」


 二人は更に引っ張る力を強める。


「なぁ、ユキさん」

「ねぇ、ユキちゃん」


 二人は更に引っ張る力を――




「いっっったぁぁぁあああああいっ!!」


 とうとう限界に達したユキはたまらず叫んだ。


「痛い痛い痛い! 手を離してください! 早く! 千切れちゃうから!!」

「「あ、ごめん……」」


 あまりにも必死な叫びに、二人とも即座に手を離した。


「ん? いや、ユキさん。このゲームに痛みの設定はないはずだから痛くないんじゃ」

「そういう問題じゃないんです! 人を引っ張ってはいけないって、小学校の時習いませんでしたか!?」

「あぁ、そうだよな、すまない。小学校の時はよく友達から髪引っ張られてたから、腕ならいいのかなって」

「そんな生々し過ぎるエピソード聴きたくないんですけど!?」

「で、こいつとデートなのか?」

「んなわけないでしょうがっ! …………あっ」


 勢いで言ってしまったユキを見て、ノインが満足げに頷いた。


「ほら、やっぱり違うじゃないか」

「………………はぁ」


 さっきまで余裕そうだったAkiの表情が一変。すっと笑みを消し――同時に腰に下げている剣の柄を握っていた。


「――!」

「ノ――ノインさん!」


 一閃。


 正に不意打ちの一振りがノインの首を的確に狙ってきた。


 ……のだが。


「あぁ、なんだ。最初からこうすれば早かったんだな」


 ノインは当然のようにジャスガをしながら、平然と答える。


「おっ、喧嘩か? PKか?」

「女の取り合いらしいよ」

「ヒューッ! いいぞ、やれやれ!」


 こんな人が多い広場で騒ぎを起こせば目立つのも当然。気がつけば、三人は面白半分で見るプレイヤーたちに囲まれていた。


「え、いや、こんな目立ち方嫌なんですが……ちょっ、二人とも、場所を変えません?」


 羞恥心でいっぱいになりお願いするユキだが、二人の耳には届いてない。


 お互いにらみ合い……先に動いたのはAkiの方だった。



「【風刃ウインドカッター】!」


 容赦なくスキルを放つAki。


「よっと」


 しかし見えない斬撃を難なく防ぎ、タイミングをずらして剣を振ってきていたAkiの攻撃もジャスガしたノインは、隙だらけとなった体に蹴りを放つ。


「ぐぁっ!?」


 モロに食らったAkiは地面に転がり、周りから喚声があがった。


「くっ……!」


 馬鹿にされた気分で顔を紅潮させたAkiは、ムキになって反撃に転じる。


「【風刃ウインドカッター】!」

「ほいっ」

「【風球ウインドボール】!」

「っと」

「【風弾ウインドバレット】!」

「えいっ」

「こ、の……! 【暴風刃サイクロンカッター】!!」

「んー……ていていていていていていていていていていていていていていっ」


 しかし彼の攻撃は全てジャスガされてしまう。Akiが一方的に攻撃しているというのに、流れを制しているのは完全にノインだ。


「お、おい、風魔法付きの連撃スキルを全部ジャスガしてないか、あいつ……?」

「まさか。多分いくつかは食らってるだろ。ディフェンサーだから防御力高いだけで」

「そうだよな……全部ジャスガできたらやべーやつだもんな……」


 本当にノインが全部ジャスガしてるかどうかはともかく。

 今優勢なのは誰が見てもノインであるのは間違いなかった。


「き、君……! 少しは真面目に戦ったらどうだ!?」

「うん? 至って真面目だぞ?」

「なら、何故攻撃してこない!?」

「いやいや、今からやるところだったんだ――【バーサーク3rdモード】」

「へっ?」

「【アクセル】」


 瞬間。

 ノインは目にも止まらぬ速さでAkiの懐まで忍び込んでいた。


「普通は何かと挟んだ方がダメージがいいスキルなんだが……こういう使い方もできるんだぜ?」

「? ……っ!? なっ――!?」

「【ブラスト】!」


 速すぎて、ようやく自分の目の前にノインがいることに気がついたAkiだが……反応するにはもう遅かった。


「【プレス】!」


 Akiに盾を押し付け、スキルを発動。

 華奢な身体に衝撃が走った。


「がっ!!」


 Akiの身体がふわりと浮き上がったと思いきや……凄まじい勢いで上空に飛ばされていく。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」


 そして、彼は姿を空の彼方へと消していった。


「……ふぅ。対人戦だとこの使い方ありだな。後でまた練習しておこう」


 バーサークモードを解除してノインは一息ついた。

 だが、次第に周りがざわついてく。


「えっ、今の……えっ?」

「ファッ!? なんだあの動き!?」

「っていうか、相手どこに行ったよ!?」

「おいおいおいおい! あいつ何者だ!?」

「俺達は……伝説を目撃しちまったのか……!」

「ノ、ノインさん!」


 騒ぎが更に大きくなる前に、慌ててユキがノインの手を掴む。


「こっち! こっち行きましょう! 早く!」

「えっ? あ、うん」


 何でこんなに急かされているのかと首を捻りつつ、ユキに手を引かれるがままにその場を去っていく二人であった。



***



「こ、ここまで来れば、誰も気づかないでしょう……」


 木を隠すなら森の中。二人はあえて人通りが多いところの、とある一画に身を隠していた。


「えっと……なんで隠れる必要があるんだ?」

「はぁ……あのですね、ノインさん。あのまま騒ぎが大きくなれば後々面倒なだけですよ? もしかしたら、第二第三の挑戦者が現れるかもしれませんでしたし」

「いや、そうじゃなくて。俺レベルなんてそんな不思議でもないんじゃないかって。そこまで大きくならないっしょ」

「いい加減自分の規格外さに気づいてくれませんか!? 今のレベルでその強さはおかしいんですからね!」


 ユキは思わず頭を抱えてしまう。


「あと……見たことないスキル、使ってませんでしたか?」

「ん? 【アクセル】のことか? あれはユキさんを探して走り回ってたら習得したやつだ」


 【アクセル】はバーサーカーのスキルだ。勢いよく加速できるが、制御するにはかなり難しいのである。

 ノインも実戦で使うのは初めてだったが……第2形態の師匠の動きを真似しつつやってみたら、案外上手く使うことができた。


「……あのー。お二人さん」


 と。

 今まで黙っていたふれぃどさんが痺れを切らして、とうとう口を挟む。


 そう、二人が隠れたのは【進軍基地+】。その屋台裏にいるのだ。


「よりによって、なんでうちに隠れてるんだ? お客さんとか来たら、目立つと思うんだが?」

「らしいぞ、ユキさん」

「大丈夫です。この店、私以外の客を見たことがありません」

「そっか。なら安心だな」

「今、めっちゃ酷いこと言わなかった!? いや、ユキの他にもお客さん来るからな!?」

「でも毎回言ってるじゃないですか。『常連として来てくれるユキには助かってる』って」

「まあ、それはそうなんだが! それと客が少ないのは結び付かないだろ!?」

「あと、『売り上げが欲しい』とも――」

「えぇーい! うるさーい! どっか別の場所へ行けやぁ!」


 どんどんヒートアップしていく一方で、流石に悪いと感じたのか、二人はそそくさとその場を退散する。


 そんな二人の後ろ姿を見ながら、ふれぃどさんは声を張っていた。


「えぇい、お前さんら見とけよ! いつか【進軍基地+】に支店ができるくらい、有名になってやるからなぁ!!」


 その悲願は叶うかどうかは定かではない。



***



「……あの、ノインさん」

「ん?」


 ところ変わって第1階層の森の中。ユキは気になっていたことを訊いてみる。


「なんで助けてくれたんですか?」

「え、なんでって」

「私、さっき貴方を置いてきぼりにしたんですよ? 一人でいきなり騒いで、なんか嫌になって、勝手にどっか行って……そんな人のこと、なんで助けてくれたのか、不思議なんです」


 自分でこんなことを言うのはおかしいのはわかりつつ、それでも訊きたかった。


 どうして助けてくれたのか。

 本来ならユキがノインに謝り、仲直りしなくてはいけない。

 だというのに、ノインは迷わず助けてくれた。


 ――これじゃ私、この人に何度頭を下げたらいいのか……。



「えっ、俺置いてきぼりにされてたの?」

「…………………………は?」


 しかし予想の斜め上を越えたノインの発言に、思わずユキはすっとんきょうな声をあげてしまう。


「いや、確かになんか一人で行っちゃったけど……でもあれ、ミノタウロスを倒しに行ったんだろ?」

「え、えぇ、それはそうなんですが……置いてきぼりにされたと思いませんでしたか?」

「いや、すぐ帰って来てたから全然?」

「……すぐ? 2時間がすぐ?」

「2時間なんて、瞬きしてればすぐ過ぎてくもんだろ?」

「……?」

「??」


 お互い、頭上に『?』マークを浮かべる。


 ――えっ、えっ、この人なに言ってるの? 自分が置いてきぼりされたと思ってない? なんでなんで? 私、あんなに反省して謝ろうと思ってたのに? ってことは、今謝ってもノインさんにとっては意味がわからないってことなの? じゃあ、なんて言ったらいいか……いや、そもそもなんで私がこんなモヤモヤしてるのにこの人はケロッとしてるんだ? でもやっぱり謝った方が、いや感謝した方が……えーっと………………あー、もうっ!!


「ノインさんっ!!」


 完全に思考回路がオーバーフロー状態になったユキは、たまらず大声を張り上げた。


「私、負けませんから!」

「お、おう?」

「絶対ミノタウロスをソロ討伐してやりますからね! いくらノインさんが強かろうと、私だってやってやります!!」


 最早謝罪や感謝は捨て、自分の言いたいことを放つユキ。


「悔しいです……悔しいですよ! 私がずっと挑んでもミノタウロスを倒せてないのに、あんなあっさり倒せてしまうノインさんを見て、すごく悔しかったです!」

「……ずっと、挑んでたのか?」

「そうです! ずっと挑んでるんです! 才能ないと言われようが、半人前だと言われようが……関係ありません! 今まで見下してきた人たちを見返してやるんです! だからノインさんにも……えっ、えっ、何でノインさんが泣いてるんですか!?」


 ごく真面目に宣戦布告をしているはずなのに、なぜかノインは静かに涙を流していた。


「ユキさん、尊敬するよ。俺なら途中で諦めてる」

「そ、そんなわけ」

「いや、本当なんだ。現にチュートリアルの時も心が折れて何もしなかった時期があったんだ」

「……例の師匠、ですか?」


 ただの敵キャラを尊敬するというのは未だ理解できない。だが、彼にとって大切な存在であるという気持ちは、ユキにだって理解できている。


「師匠が強すぎてさ、『ああ、何やっても無駄なんだ』って不貞腐れてた時があった……情けないよな。戦う以外の選択肢がない中で、俺は何もせずただボーっとしてるだけだったんだ」

「それは……バグが悪いのだけあって、ノインさんは悪くないんじゃないんですか? 私とはわけが違うし」

「いいや、同じさ。もし、俺がチュートリアルを難なく終わらせて、同じくミノタウロスのソロ討伐って壁にぶつかっていたら……絶対、ソロは諦めてる。適当にパーティー組んで、『強くならなくてもいいや』って逃げてるさ」


 ノインには確信があった。


 もしあのまま師匠に出会わなかったら?

 ……きっと、いや確実に、性根が腐ったままこのゲームをプレイしていただろう。


「それに比べて、ユキさんは凄いよ。継続するってすごく大変なことなんだ。本当に凄いなって思う」

「……でも、その結果がこれですよ? 結果が出せてないんです」

「そんなの関係ないさ。結果なんてこれから出せばいい」

「…………」


 この閉ざされた世界でこんなにも認めてもらったのはふれぃどさん以来だった。

 それが彼の買い被りだとしても……嬉しいという気持ちは、本当だ。



「なあ、ユキさん」

「はい?」

「俺、あんたのことが好きだ」

「はい…………………………ひゃいぃ!?」



 突然の爆弾発言。

 よくわからず即座に返答してしまったユキだが、ノインが言ってたことを遅れて理解する。


「なっ、なっ、なに言いだすんですか!?」

「なにって……本当のことだよ。ユキさんが好きなんだ」

「ふぇえっ」


 真っ直ぐ見つめられ、ユキの顔がみるみる紅く染まっていく。


「どこまでも諦めないその姿勢、本当に尊敬してる。だから、好きだ」

「…………」


 どうやらノインの言ってる『好き』の意味は、友達としてのようだ。


 ――だとしても! だとしても! そんなの意識するに決まってるじゃない!


 少女ユキ。現実世界では14歳。

 まだ告白されたことなんて一度もないのだから、余計意識してしまうのは仕方ないことだろう。


 なら、彼に今返す言葉はなんだろうか。


 謝罪? 感謝? ……否。そうではない。


「……やっぱり、ノインさんがバカです」

 

【プレイヤー:ユキからフレンド申請が届きました。承認しますか? Yes/No】


「ん?」


 とノインに届くメッセージ。


「そういえばフレンドになってなかったので……い、嫌ならならなくてもいいですがっ」

「……そうか、フレンド機能なんてものがあったんだな」


 ずっと一人でいた為、基本的な機能を覚えてない。ノインは苦笑しつつ『Yes』を選択した。


「それから……んっ」


 ユキはノインに対して、右手を差し出してくる。


「ノインさん、握手しましょう」

「握手?」

「はい……え、えっと! こ、こ、恋人としてじゃないですよっ? あくまで友人! 友人として――私も、貴方のこと、嫌いじゃないですっ」

「…………」

「ライバルとして、友人として――お互い心を認め合った証として。そういう意味での握手です」

「……ああ。喜んで」


 差し出された小さな手をノインは嬉しそうに握り返した。


「これからもよろしくなユキさん」

「……ずっと疑問に思ってたのですが。なんで私にさん付けするんですか? 呼び捨てでいいですよ」

「ん? いやいや、そういうわけにはいかない。ちゃんと先輩には敬意を払わないと」

「いやいや、ノインさん絶対大学生くらいですよね? 私、まだ中学生ですよ?」

「いやいや、歳なんて関係ないさ」

「いやいやいや……」

「いやいやいや……」


 お互い一歩も譲り合わず数十分。先に折れたのは意外にもノインの方だった。


「――わかったわかった! ユキ先輩! 譲ってユキ先輩ってことでどうだ!?」

「一体何を譲ったのかわかりませんが……もう、それでいいです……!」


 対するユキも言い返す気力がなく、納得してないが妥協する。




 こうして二人の奇妙な関係が始まったのだった。

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