[24] 練習
狩りをやったことがないわけではない、この街に来る前のことだ。ただあれはほとんど遊びのようなもので、とれたりとれなかったり運次第で、とても仕事にできるようなやり方じゃなかった。
行き当たりばったり。仕事としてやるには多分それじゃだめだ。安定とはほど遠い。完全に安定させることはできなくとも少しぐらいはそちらを目指した方がいいだろう。
そのためには獲物がこちらを発見するより先にこちらが獲物を発見して、そしてできれば気づかれないうちに遠距離から一発で仕留めることが重要になってくる。
必要とされるのはいわゆる射撃魔法。
「私からやる」
りっちゃんが手をあげる。一瞬にして魔力を練り上げ放出した。
「アクアショット!」
鉱山跡で見たのとやってることは変わってない。
けど名前が違う、前になんと呼んでいたか私も忘れたけど。多分次は次でまた別の名前になってそうだ。
矢の形をした水の塊はまっすぐに目標にむかって飛翔する。狙いは正確。着弾。中心を貫かれた岩の塊は――爆散した。
「どう、すごいでしょ?」
くるりとまわってりっちゃんは得意げに笑って見せた。
うーん、かわいい。それはそれとして。
院長は呆れた声で言った。
「だめだな」
「何が」
りっちゃんが聞き返す。
「威力が高すぎる」
その通り。私も同意見。
今の攻撃が獲物に命中した場合を考えてみよう。丸ごと爆発四散して肉の欠片も残らない。
大型動物なら半分は残るかもしれないがもったいない。あるいは目的が退治ならそれでも構わないかもしれないけど。今回の目的は狩猟であって肉その他を獲得することなのだから、極力相手の肉体を傷つけずに仕留めたい。
院長は再び歩き出した。
その方向には何があっただろうか、思い出す、なるほど、ちょうどいい。
「出力をしぼれ。ぎりぎり相手の急所を射抜いて他は傷つけないぐらいに」
池があった。そんなに大きくはない池だ。
りっちゃんが撃ち出しているのは要するに水である。水の中にそれを撃ち込む分にはどれだけやってもそこまで困ったことにはなるまい。
さすが元冒険者、年季が違う。ちゃんと考えている。
りっちゃんは水面に向かって水の矢を撃ち込み始める。後はほっといても勝手にやるだろう、一度集中したらりっちゃんはなかなか戻ってこない。完璧に威力を調整するまでひたすらやりつづけるはず。
「スー、お前は何かあるのか」
ということで話の矛先が私に向いてきた。何か、つまりは遠距離の攻撃手段。
私の得意属性は風だ。実体攻撃力に乏しいところがある。わかっていたことだが、鉱山跡で土人形と戦った時、嫌というほど痛感させられた。
2人でチームを組んでるんだから、そこのところはりっちゃんに全面的にまかせてしまえばいい、という考え方もあることはある。それも別段悪くはない。
けれども私も直接的な攻撃手段を用意しておいた方が戦略に幅ができていいというのももっともな話だ。
「これを使おうと思っています」
懐から紐と革でできた単純な道具を取り出した。スリングショット。
きわどい水着のことではない。というかこの世界には存在しないと思う、水着の方は。
なんか久しぶりに転生者みたいないことを言っている。常にそれを意識して暮らしているわけでもないし、他の人に対して転生者であることをアピールする理由もない。
むしろこの世界で暮らして十数年、感覚としては自分は現地の人間だと思っている。まあ存在自体がちょっとしたバグみたいなところはあるが。
院長は石を飛ばす武器の方のスリングショットを見て
「風は汎用性は高いが攻撃力に欠けるきらいがある。道具でその弱点をおぎなってやるのはいい考えだ」
と言ってくれた。元ベテラン冒険者のお墨付きをいただけた。
前もって拾っておいた手の中におさまるぐらいの石を腰につけた袋から取り出す。
池の向こうにある木のうち一本に狙いをつけた。力の限り引っ張る。離す。
ゆるやかな弧を描いて飛んでいくと石は木の幹にぶつかって落ちた。
私もりっちゃんみたいな収束型の魔力だったらもっと攻撃力を高められて、手をまわせるぐらいの太さの木ならへし折れたかもしれない。
でも残念ながら私は発散型で魔力を一点に集中させて活用するのはあんまりうまくない。
そもそも当たった木は狙ってた木の隣の隣に生えてる別のやつだったわけだが。
「精度なら上げられる。そういうコントロールは得意な方だろう。あとは練習あるのみだ」
どうやら狙いを外したのはばれてたらしい。
りっちゃんが繰り返し繰り返し水面に向かって水矢を放っている間、私も繰り返し繰り返し向こう岸の木に向かって石を撃ちつづけた。
1時間もそんなことをやっていたら腕が多少くたびれたけれど10回のうち6回ぐらいは狙った木にあたるようになった。
りっちゃんの方はどうかというと
「あくあしょ~っと」
となんとも気の抜けた掛け声とともに魔法を放つと、狙いをつけた岩の真ん中を直径1cmほどの穴が綺麗にあいて反対側まで貫いていた。
やっぱりりっちゃんは天才すぎる。発想が実に柔軟だ。
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