[16] 酔漢

「失礼ながらあなたがたはこの楽しい食卓に似つかわしくないようですね」

「お嬢様、ここは私めが」

「翠蘭、あなたは下がっていて。私一人で十分よ」

 3人の酔漢の前に立ちはだかったのは金のショートカットの少女。白のぴっちりしたノースリーブに、濃い灰色のショートパンツ。何より目立つのは前腕をすっぽり覆う、髪と同じ色をしたグローブ。

 一歩退いて彼女をお嬢様を呼ぶ女が付き従う。その"お嬢様"によれば名前は翠蘭。黒のワンピースに白のエプロン。いわゆるメイドの格好をしている。顔立ちはどことなくエキゾチックな感じがする。


 騒動前から私が注意してた使い手の2人組。見た目だけでもそれなりの力量だと推察できる。

 おしゃれなやつは強い。なぜならおしゃれする余裕があるから。

 逆は真ではない。強いやつが必ずおしゃれとは限らないということ。例えばうちの店のアシュリーさん、めっちゃ強い。禁術遣いを正面からサシで倒せるレベル。彼女は普段から実用的な格好をしている。言っちゃ悪いがおしゃれじゃない。いやでもよく思い出したらワンポイントでアクセサリつけたりおしゃれなところもあるか。

 話がちょっとずれた。とにかく弱いのにおしゃれしてるやつはいたとしてもすぐ死ぬ。必然的に生きてておしゃれなやつは強いことになる。


 男3人対少女1人、メイドはお嬢様の言葉通りに下がって手を出さないつもりらしい。男たちの方もただの素人というわけではない、ぱっと見では少女の方が圧倒的不利に見える。

 酔っぱらいのうちの1人、額に傷のある男が生意気な少女につかみかかろうと手を伸ばした。戦いの場に遠慮も容赦もない。一度組みあってしまえばあとは対格差でどうとでもなるという判断だろう。

 一瞬のことだった。男の頭がぶれたように見えた。静止。糸の切れたようにその体は崩れ落ちる。

 何があったのか? 私にもすべてが見えていたわけではない。後付けの推測がいくらか混じる。接近してきた男の顎を少女はまっすぐに拳でぶち抜いた。クリティカルヒット。急所を射抜いた一撃はそれだけで男の意識を奪い取った。


 彼女は武器を装備しているようには見えない。だがよくよく観察してみれば、その両手の手袋には黒い糸で細かい刺繍が施されている。魔力の通りがよくなるように。

 徒手空拳で戦うのは珍しい。今まで私は出会ったことはなかった。人によって得意不得意の差はあっても、魔力は基本的に自身の体に近い方が制御しやすい。理屈の上では理解できる。

 お嬢様は止まらない。優雅にフットワークを刻むとその隣にいた男のみぞおちにストレートを叩き込んだ。うめき声を上げて、2人目の男もその場で倒れる。


 残りの1人は怯えをなして逃げ出した。けれどもその選んだ方向がよくなかった。彼は私たちの方に向かって走ってきた。慌ててテーブルにぶつかったせいで、その上のグラスが倒れる。

「私のご飯の邪魔をするな!」

 りっちゃんは一瞬にして構成を編み上げると魔法を発動させる。多分だけれど彼は自分の身に何が起きたのかすら、しばらくわからなかったことだろう。哀れ、目つきの悪いその男は両足を凍らされて一歩も動けなくなった。


 それら一連の出来事はすべて一分以内に進行していった。あまりの展開の速さについていける人は少なく、状況を飲み込むための静寂の後、食堂は拍手喝采、遅れて店主がお礼にやってくる。メイドの手配で拘束された酔っぱらいどもはその後、警備兵に引き渡されていった。

「1人逃がすところだった。おかげで助かった」

「いえいえ冒険者として当然のことをしたまでです」

「ほう、あなたたちも冒険者をやっているのだな」

 騒動が収まると"お嬢様"と呼ばれた少女が話しかけてきた。りっちゃんに任せると何言うかわからんのでひとまず私が対応しておく(私は結局何もしてないけど)。


 少女はこちらに許可を求めず当然のように私たちのテーブルについた。メイドはその後ろに無言で付き従う。

「私はヘンリエッタ、彼女は翠蘭。あなたたちと同じ冒険者だ、よろしく」

「蒼竜亭所属のスーとリッカです。こちらこそよろしくお願いします」

 彼女たちも所属を名乗った。聞いたことない店だったが私たちがすんでるところの隣区に最近できたところだという。


「踏原からここまで来たということは仕事か。ああ、もちろん話せないことなら聞くつもりはない」

「いえ特に秘密にする話でもないですよ。そこの鉱山跡までちょっと鉱石を拾いに」

「奇遇だな。私たちの目的とまったく同じだ」

 目的地の鉱山跡は有名な採集スポットだから仕事がかぶることはそこまで珍しくはない――とここまでは世間話の範疇だったのだが、いきなりりっちゃんが突拍子もないことを言い出した。

「だったらいっしょに行こう!」


 いつものりっちゃんと言えばいつものりっちゃんである。

 別の店所属の冒険者と協力することはまずない。あったとしても事前に決まっているそういう形の依頼の時だけだ。現地で偶然出会って目的がいっしょだからで協力するケースは聞いたことがなかった。

 目指すところが同じわけだから合理的な判断ではあるけれど。

 ヘンリエッタはしばし悩んで後ろを振り向く。翠蘭は無言でうなずいた。


「理由を聞いてもいいだろうか」

「袖振り合うも多少の縁というからな。それにお前からはなんかおもしろい匂いがする!」

「単純明快で気持ちいい答えだ。その申し出受けよう」

 こうして4人で協力して鉱山跡に挑むことになった。

 私はと言えば、りっちゃんがことわざ引用してるの聞いて、なんか微妙に間違ってるくさいなと思ったけど、細かく追及するのはやめておいた。

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