夢と希望を食べる不思議の国⑪




急に辺りが静かになった。 暗闇の中で今回はクマキチの声は聞こえない。


「・・・あれ?」


恐る恐る目を開けると、飛び込んだのは見慣れた天井。 どうやら自室へと戻ってきたようだった。


―――これもまた夢?

―――それともあの不思議の国が夢だったの?


考えていると頬に冷たい感触が伝った。 触ってみると頬が涙で濡れていた。


―――いつの間に私、泣いて・・・。

―――泣いたのって久しぶりな気がする。


忘れていた感情。 夢の国で極限の恐怖が亜夢の感情を蘇らせた。 猫人間は言っていた。 この国では感情を失った子供だけが来ることができると。 

それはつまり、感情を取り戻せばあの国にはいられないということだ。 腕の中を見てみるとクマキチがいた。 どうやら一緒に戻ってきたらしい。


「クマキチ!」

「・・・」

「ねぇ、クマキチ! ねぇってば」

「・・・」

「何か、喋ってよ・・・」


熊のぬいぐるみであるクマキチは喋らないのが普通だ。 夢の国だからこそ、望む夢を叶えることができる。 亜夢自身そう望んでいたわけではないが、一緒にいるだけで心強かった。 

味方だったのは唯一クマキチだけだった。 


「怖かった・・・」


処刑のためのギロチンが落ちる様がフラッシュバックするよう思い出される。 クマキチをキツく抱き締めた。 そして亜夢はある覚悟を決め一階へと下りていった。 

リビングにはこれからお世話になる親戚の人がいて、準備をしていた。


「あら、亜夢ちゃん。 もう引っ越しの準備は終わったの?」

「いえ・・・」


やはり現実へ戻ってきたために、夢で見た幸せはここにはなかった。


―――お母さんが生きているなんて、ね・・・。

―――そんなわけはないか。


少し期待してしまったが、クマキチが喋らないことから覚悟していた。 


「・・・少し、お父さんのもとへ行ってきます」

「え? ちょっと、亜夢ちゃん!?」


“お父さん”と口にしたのは久々だった。 あの夢の国の経験を経て、亜夢には少しばかり心境の変化があった。 親戚の人は止めようとしたが何も言わずにクマキチと一緒に父のもとへと向かう。 

一年前まで家族四人で暮らしてきた家。 外見は全く変わっていないように思えた。 緊張しながらも意を決してチャイムを鳴らす。


『はい』

「・・・亜夢、だけど」

『姉さん!? ちょっと待ってて!』


インターホンは弟の克希が出た。 数秒後、克希が慌ててドアから出てくる。


「姉さん! 姉さん、大丈夫?」

「大丈夫って何が?」

「いや、情緒不安定なのかなって・・・。 あんなに父さんのことを嫌っていたのに、ここに来るとは思ってもみなかった」

「・・・」


以前までの亜夢しか知らないのだからそう思うのは自然だ。


「どうしてここへ来たの?」

「・・・一緒に、住もうかなって」

「え?」


その言葉に克希は驚いた顔を浮かべた。


「お父さんは?」

「・・・自分の部屋にいると思う」


動揺しているのか少し間を空けてそう言った。 亜夢はそれを聞き二階を見上げながら大きな声で言う。


「お父さん! 私も一緒に、ここに住んでもいいかな?」


家の中から慌てるような足音が聞こえてきた。 数秒後、父がドアから姿を現した。 身だしなみなんて整えておらず、人様の前に出るには少しばかり恥ずかしい格好だ。 

だが家族の前ではそれは別におかしくも何ともない。 そんな父は克希と同様驚いた顔をしている。


「あ、亜夢・・・? 急にどうしたんだ?」


父も急に考えが変わった亜夢を心配しているようだった。


「・・・別に。 深い理由はないけど」


不思議の国で出会った博未にあんな風に物を言ったのが原因だった。 逃げては駄目、もがいて自分を表せ、と。


―――流石に言った私が、現実から逃げちゃ駄目でしょ。

―――博未に冷たく笑われる。

―――だから私も、逃げない道を選ぶよ。


そういうことで家族を選んだのだ。


「そう言えばお父さん、不倫相手とは今どうしているの?」

「いや、本当に不倫はしていないんだ。 ただ家族にいらない心配をかけたのは深く反省している。 仕事上仕方ない会話はするが、その他では交流を持たないということで折り合いを付けてもらった。 

 残念ながら母さんには最後まで信じてもらえなかったけど、疑われるようなことをした父さんが悪かったんだ」

「ふぅん。 ・・・そっか」


思うことがないことはないが、反省しているのは分かったため許してもいいと思っていた。 確かに父が不倫したという証拠は出なかった。 下心があったのかなかったのか、今となっては分からない。 

だが疑ってばかりでは亜夢自身先へ進めないのだ。


「・・・それで、返事は? 私も一緒に住んでもいいの?」


尋ねると父は笑った。


「あぁ、もちろんだよ。 亜夢は大切な家族の一人なんだから」

「そうだよ、姉さん。 おかえり!」


父と克希は優しく亜夢を迎え入れてくれた。



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