夢と希望を食べる不思議の国
ゆーり。
夢と希望を食べる不思議の国①
―――生きていて何が面白いのだろう?
亜夢(アム)は高校一年生の母子家庭で二人暮らしをしていた。 一年前に離婚した父は弟の克希(カツキ)と一緒に住んでいる。 母と亜夢が家を出て新たなアパートへと引っ越した。
離婚の理由は父が不倫したためだ。 だが父はそれを全く認めようとはせず、謝ろうともしなかった。 そのような態度に母も怒りが収まらなかったのだろう。
もちろん亜夢自身も父を許すことはできなかった。
―――私は夢も希望も全て失った。
しかし亜夢の不幸はそれだけで終わらず、一緒に過ごしてきた大切な母の容態が急変し一週間前に亡くなってしまったのだ。 おそらく原因は父の不倫とストレスからくる脳溢血。
今はその葬式で真っ只中で、心身共に限界が近い。
―――克希もあんな男なんか止めて、お母さんに付いてきたらよかったのに。
最愛の母を亡くし、涙も枯れてしまった今、感情というものを失った。 何をするにも楽しいとは思えず、表情も作れなくなった。
母の知り合いが気を遣って声をかけてくれるも返事をする気になれなかった。
「・・・姉さん」
葬式が終わると克希がやってきた。
「・・・何?」
「姉さんも、父さんのところへ来たら?」
母が亡くなり亜夢の頼る場所がなくなった。 母方の親戚が喪主を務めてくれてはいるが、亜夢を引き取る余裕はないらしい。 まだ高校生で自立することも不可能ではないが難しい。
だが今はそのようなことを考える余裕もなく、このまま野垂れ死ぬのならそれでもいいと思っていた。 克希はそのような事情を理解してそう言ったのだろう。 だが亜夢の気持ちは変わらない。
「私が行くと思う?」
「だってもう母さんは」
「絶対に行かない。 アンタが私と一緒に住めばいいじゃない」
「・・・俺には、自立できる程のお金がないから」
切なそうにそう言った。
「そう言うということは、本当は早く自立したいの?」
「・・・」
克希は一つ下で今年受験生だ。 父の元を離れれば、お金がなく高校も諦め働かないといけなくなる。 だからその言葉を聞いて父に縛られているのだろうと思った。 話していると父がやって来る。
「亜夢。 今克希と話していたのか? 亜夢も一緒に、お父さんたちと暮らそう」
「だから行かないって。 もうアンタは私のお父さんなんかじゃない。 放っておいて!」
「亜夢!」
この場にいるのが嫌で亜夢は一人家へと帰った。 当然子供一人で生きていけないため、遠い親戚の家に預けられることになっている。 家のドアを開けると引っ越しの準備をしている一人の女性と会った。
「あ、亜夢ちゃんおかえり。 引っ越しの準備、進めておいてね」
亜夢に気を遣い普段通りに接してくれる親戚の女性。 だがほとんど面識もなく、夫婦に子供ができなかったからという理由だけで引き取り手を買って出た。
モヤる気持ちを抑え頷くと二階へ上がり部屋で荷造りをする。
―――・・・もう、ここのアパートから離れちゃうのか。
母と二人で暮らしていたアパートは思い出が詰まっていて、そう簡単には離れたくない。 しかし思い出では生きていけないのだ。
―――克希の言いたいことも分かるけどさ。
―――・・・だからって、あの男を選ぶ理由が分からない。
―――悪いのはあの男なのよ?
―――不倫現場を目撃してあの男を問い詰めても『全て誤解だ』としか言わない。
―――ただ同期の家庭に問題があり、相談に乗るために他の女性の家に上がり込んだだけ、って。
―――それなら疑われないようにお母さんに言ってから上がればいいじゃん。
―――仮に不倫していなかったとしても、お母さんに不安な思いをさせたのには変わりないんだから。
―――・・・私と克希にも、悲しい思いをさせたんだから。
今でも感情があるとすれば怒りだけだ。 荷物を詰めている最中にあることに気付いた。
「・・・あれ? クマキチは?」
小さい頃に母からもらった熊のぬいぐるみが見当たらない。 部屋中を探しても見つからなかった。
―――まさか、こんな時に限ってなくしたとか、ないよね・・・。
他の部屋にあるのかもしれないと思い階段を下りようとする。
「クマキチー・・・?」
返事なんてあるわけがないが声を出して探した。 その瞬間、誤って階段を踏み外し亜夢は階段の先へと体重を傾けてしまう。
「・・・え?」
ゆっくりと景色が揺れる中、恐怖を感じない自分が不思議だった。
―――・・・私、ここで死ぬの?
亜夢は反射的に目を瞑った。 冷静に考えれば階段から落ちるのは確定のはずなのだが、痛みや恐怖も何もなくただ亜夢の記憶だけがそこでぷっつりと途切れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます