10.天気は気まぐれ、彼女は倒れ

 四時を過ぎた頃からにわか雨が襲ってきた。にわか雨のかっこいい言い方をなんと言ったか……ええい、思い出せん。


 朝はあんなに快晴だったのに、今はお天道様も隠れている。折りたたみ持ってたっけか。

 どんよりとした空気が俺を包む。現在、この社会科準備室には俺一人しかおらず、七咲ななさきはまだ来ていない。


 雨の匂いは嫌いだ。俺は雨が降ると悪いことが起きるという特殊体質の持ち主で、こういう匂いがする日には決まって良くないことが起きる。


「あ、雅太まさた!」


 ほらな。

 俺は読んでいた本に栞を挟んで閉じる。


「なんだ水戸部みとべ。久しぶりじゃないか?」

「二ヶ月ぶりくらい?」

「そんなにか」


 水戸部は有無を言わさず俺の向かいにちょこんと座った。


「なんか用か?」

「なおがねぇ。ここに来てみるといいよって」


 なんのことだ? いつの間にかここはパワースポットになってました、とかか? 冗談じゃない。俺のプライベートスペースを他人のエネルギー供給の場に使わせるかっ。


「雅太。彼女出来たの?」

「なぜ」

「なおが言ってた」


 なんの話題でも尚文なおふみが出てくる。あいつの出現率は俺の友人の中で一番高い。

 それよりも。


「尚文が言ったのか?」

「そうだよ」


 そういう話が尚文の口から出たとなると、俺と七咲のことだろう。まったく、誤解も甚だしい。


「有り得ない。お前もよく分かってるだろ」

「まあ、そうだね」

「分かったなら帰れ。俺も暇じゃないんだ」

「雅太の口からそんな言葉が出るとは」


 そう言っても、水戸部は席を立とうとしない。

 どうやら水戸部はまだ用があるらしい。水戸部は尚文が好きすぎる故に、他の男子とあまり接さない点がある。それは俺もなのだが……。

 俺は遠回りするのは嫌なので問う。


「まだなにか用が?」

「その女の子を見てみたくて」


 さいですか。なら、言うことはない。

 俺は閉じていた本を開け、読み進める。



「すいませーん。遅れましたー」


 十分くらいが経ち、ようやく主役のお出ましだ。七咲は「はぁ、はぁ」と息を荒らげながら扉を開けた。どうやら、走ってきたらしい。


「って、誰ですか!?」


 水戸部の姿を捉え、びっくり仰天廊下に尻もちをついた。にしても、オーバーリアクションすぎやしないか?


「雅太の彼女の水戸部みとべ美澄みすみでーす!」

「はぁっ!?」


 水戸部は俺の左腕に右腕を絡めて、七咲に向かってにっこりと笑う。次いで俺にも。なるほどどうやら七咲を揶揄からかいたいらしい。

 面白い。乗ってみるか。


「すまん七咲。黙ってて」

「え、え」


 キョロキョロと目を動かし、やがてその目が止まりきゅいっと上昇。白目になって後ろに倒れた。……嘘だろ。


「あー、やりすぎちゃった」


 そうは言っても水戸部は反省の色を見せない。


「ほれ、雅太。手伝って」

「あ、ああ」


 俺と水戸部は二人で七咲を保健室へ連れていった。

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