5.冷食は主婦の味方だぞ?

 俺はミスを犯した。それもついさっき。10分前の俺を叱ってやりたい。


 時刻は12時30分を過ぎたところ、つまり昼休み。


 普段なら教室でぼっち飯を囲っているが、社会科準備室の存在を思い出し弁当を持って社会科準備室に向かった。同じぼっち飯でも、周りに人がいるのといないのとでは弁当の味も変わってくるだろう。


 しかし、それがミスだった。


 如何せん遠すぎる。たかが昼飯ごときで時間とエネルギーを浪費するなど滑稽だ。そう10分前の俺に言ってやりたい。


 まあ、ここまで来たんだ。プライベートスペースを存分に使ってやるさ。


 社会科準備室の扉を開け、中央に配置してある椅子に座る。昨日からこの教室に鍵をかけることはやめにした。職員室に取り行くのが面倒だからだ。


「あれ、先輩?」

「げっ」

「『げっ』てなんですか、『げっ』て」


 入ってきたのは七咲ななさき。肩口で切りそろえられた明るめの茶髪にふわりとしたオーラを纏う彼女は、可愛いと形容できよう。ただ、無駄極まりない所作と会話は俺の天敵と称せる。


「先輩もここでランチですか?」

「そうだ」

「えへへ、私もですよ」


 手には弁当箱の入った袋を持っており、俺の向かいにちょんと座った。


「先輩。それ手作りですか?」

「冷食詰め込んだだけ」

「へー」


 感情の籠ってない相槌だ。冷食は主婦の味方だぞ、舐めるな。


「お前は?」

「七咲です」


 面倒だ。訊くのは取り消しにしよう。俺は黙って卵焼き(これは手作り)を箸でつまんで口に運んだ。


「えー、訊いてくださいよぉ」

「手作りか?」

「はい!」


 さいですか。としか言いようがない。自分で訊いといてなんだが。


「あれ、雅太まさた?」


 高い声が俺と七咲の間を突き抜けた。


 ああ、今ここに来られては困るぞ好敵手よ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る