殺人鬼の正体


第三章 殺人鬼(マーダラー)編


[三ヶ月後]


 修行は順調だ。【気体の剣(サファイアソード)】を始め、修行のレベル三である殺人能力(キリング)【選ばれしもの(ジハード)】の習得にも成功した。選ばれしものらしい能力名で嬉しい。今はジャックの許可なしでは使えないが、非常に強力な能力だ。

 個人修行に入ってから、毎日近所の手伝いを続けた。そして今日はひかりちゃんが帰ってくる日だ。早く能力が発動できるようになったことを言いた。それには早く手伝いを終わらせないと。そんなことを考えながらいつものようにドアをノックした。

 コンコンコンコン。いつもの調子で野菜売りのおばちゃんを尋ね、ドアをノックした。

「こんにちは。今日も手伝いに来ました」

しかし少し待っても返事はなかった。

「なんだ。留守か」

 また野菜をもらえると期待していたのに少し残念だ。こういうときは鍵を使って家の中に入っていいと言われていた。鍵の隠し場所を教えてもらっていたので玄関の鉢植えを退けて鍵と使って中に入ろうとした。

「ん? ドアが開いている」

ドアが開いていることに少し違和感を覚えたが、鍵をかけ忘れることくらい誰にでもあると思い部屋の中に入った。

 部屋の中は妙に静かだった。まるでプールの中に入って目を閉じた時みたいに、辺りには音はなく光もなくただ自分が宙に浮いているような感覚だけがある。自分の鼓動だけが聞こえる。部屋の中は俺の心臓の音以外何も聞こえない。だがプールの中と違って何かの匂いがする。決して気持ちのいい匂いではない。どちらかというと不愉快な部類に入る匂いだ。だがおばちゃんの作る野菜の匂いに混じってなんなのかわからない。

「おばちゃん? いる? まもるです。手伝いに来ました。おばちゃん?」

俺は自分の不安をかき消すように真っ暗な部屋に向かって尋ねた。

誰も返事をしない。だけど人の気配がする。必死で自分の気配を悟られないように押し殺したような気配だ。なぜこの人物は気配を殺しているんだ。

「誰かいるんだろ?」

 依然返事は無い。

「おい。聞こえているんだろ?」

 正体不明の人物は何も答えない。しびれを切らして俺は恐る恐る部屋の中に中にと進んでいく。部屋は真っ暗だ。地面をゆっくりと踏みしめながら一歩一歩確かに確実に暗闇に足を踏み入れていく。部屋の中にいるのに暗い夜道を一人で歩いているようだ。子供の頃から知っている一番身近にある恐怖、それは暗闇だ。電気がついていると何も怖くない。いつも自分が過ごしている部屋だ。だけど電気を消した途端に訪れる恐怖。目の前に何があるかわからないという不安は人間に恐怖を与える。そこに何もいないことがわかっていても、真っ暗な部屋の中には得体の知れない怪物がいるんじゃないかと想像してしまう。

¬¬ ベチャっ。途中何かを踏んだ。だけど暗くてそれがなんなのかわからない。さらに言えば知りたくもない。次第に不安は恐怖に変わっていく。進みたくない。だけど確かめなければ、暗闇に潜む人物が誰なのか。

ガッ。何かに躓きそうになった。床に何かが散らばっているのだ。それがなんなのかわからない。口には出さなかった。だけど床に散らばっているそれがなんなのかもうわかっている。違っていて欲しい。間違っていてくれ。そう考えずにはいられなかった。

ガッ。べチャッ。また躓きそうになった。部屋の奥に行けばいいほど散らばった何かに足を取られる。そして、足を踏み降ろすたびにべチャッと嫌な音がする。さっきまでまばらに音を立てて進んでいたが、今は右足と左足を交互に地面につけるたびに不愉快なハーモニーが聞こえる。

奥に進むたびに濃くなっていく鉄の匂い。もう野菜の青臭さなんてどこにもない。強烈な匂いに顔をしかめながら濃厚な闇の中へ進んでいく。一歩一歩足を進めるたびに俺の体が怖がり軋み震える。これ以上この空間にいたくない。早く出たい。

部屋のほとんど中心まで来た。さっきから感じる何者かによる視線は次第に強くなっている。確実に誰かそこにいる。こちらを見ている。そしてその人物は野菜売りのおばちゃんではないことだけは確かだ。

ねっとり絡みつく不穏な空気。不快な匂い。不愉快な音。そして、獲物を狙っているかのような視線。その中を俺は進み、とうとう部屋の中心まで来た。ライトの真下だ。そして震える手でライトの紐を探るとそれを下に引っ張って電気をつけた。

次の瞬間暗闇は真っ白な光に照らされて部屋の中で起きたことを俺に伝えた。


 電気をつけると恐怖はかき消され、安堵のため息が出た。部屋に怪物なんていなかった。全て俺の勘違いだった。暗闇の中に空想の怪物を自分で作り上げていただけだった。俺は恐怖に勝ったのだ。どれだけ真っ暗闇でもそこに光を灯せば途端に恐怖なんて消えてなくなる。安堵した俺はもう一度ベッドに戻ると電気を消して眠りについた。そんな幼少期の出来事を思い出しながら勘違いであってくれと心の中で叫んだ。だけど現実は残酷だった。


 暗闇は一瞬で無くなり代わりに部屋の中を目がくらむほどの赤色が覆った。床一面にバケツをひっくり返したように血がぶちまけられている。そして血の海の中にたくさんの肉の塊が浮いていた。あるものには骨がまだついていた。またあるものは引き摺り出されたであろう内臓が垂れ下がっていた。先ほどから足で踏んで音を立てていたのは散らかされた元人間だったのだ。この人間が誰だったのかは予想できる。だけどあまりに原型をとどめていない死体からは性別すらも判断できないだろう。俺は血の気が引いた。気絶するほど怖い。泣き叫ぶ気力も湧かない。だけどそれ以上にここで気を失ったら確実に口封じをされることを頭では理解していた。

俺は部屋の中を見渡したが誰もいない。おかしいさっきまで誰かここにいた。

「いるのはわかっている。出てこい!」

俺は震える声で叫んだ。返事がないことはわかりきっていたが、黙っていると気が変になりそうだった。俺は部屋の中心から裏口の方へ向かって血の足跡があることに気づいた。そしてその瞬間バタンと音を立てて裏口のドアが開いた。犯人が逃げたのだろう。

「待てっ!」

俺は死体を踏みつけながら血だまりの中を走った。

 裏口に着くと血のついた靴が脱ぎ捨てられていた。そして遠くに走り去っていくレッドラムの姿が見えた。




[しばらく後]


「で、犯人を瑞瑞逃しちゃったってわけね」

ひかりちゃんが言った。久しぶりに会ってこんな話をするのは嫌だった。だけどひかりちゃんは国の防衛や治安を担当する警察のような立ち位置にいるらしくしょうがない。

「逃しちゃったけどわかったこともある」

俺は少しでも役に立とうとして言った。

「わかったことって?」

「殺人鬼は【変身(シフト)】以外の能力も使っている。そうじゃないとおかしい。あれだけ殺人鬼に注意しろと言っても次々と人が殺される」

「具体的にはどんな能力を使っているの?」

「俺が最初にひかりちゃんの偽物にあったときに何かを読みながら俺と会話しているみたいだった。きっと能力を使ってひかりちゃんの記憶を紙か何かに表示してそれを使ったんだ」

「それだと自分の寿命を削るか、記憶を消すようなやや重いコストを払えばできなくもないわね」

「殺人鬼はきっとその能力を使って、」

 俺はある考えが浮かんだ。違っていて欲しい。俺が知らず知らずのうちに殺人に加担していたなんて嫌だ、間違っていてくれ。そう願わずにはいられなかった。だけどそうとしか考えられなかった。そう考えると矛盾なく綺麗に辻褄がある。だから鍵の隠し場所がわかったんだ。だから部屋に入ることができたんだ。

「その能力を使って何よ? まもるちゃん? 大丈夫?」

心配そうに怪訝な顔をするひかりちゃん。

「その能力を使って俺の記憶を読み取っていたんだ。犯人は俺のことを知っている誰かだ」

俺は震える声でハッキリと言い切った。


[殺人鬼視点]


 くそっ。危なかった。なんとか逃げ切れたが顔を見られていないだろうか。まもるのヤローに気がつかれていたら俺の負けだ。だけどこれだけ時間がたったにも関わらずまだ誰も俺を捕まえに来ていない。きっと大丈夫だ。そう信じろ。

 俺は殺人鬼マーダラー。誰も俺の正体を知らない。だけど俺はお前たちのことを知っている。まさか俺が殺人鬼だとは思っていないだろう。もう能力を解除してもいいだろう。よし、そうと決まればもう行かないとな。いつもの約束に遅れちまう。たしかこれくらいの時間だったよな、約束の時間は。能力を解除して元に戻ると何もわからなくなっちまう。だけど約束に遅れるとそれだけで殺人鬼の疑いが強まる可能性がある。

「殺人能力(キリング)解除」

そういうと俺は目を閉じて眠った。不思議だ。人を殺した後なのに、なぜか心地いい。自分が追われる恐怖が体を包んでいく。だけどそれが俺にとっては安らぎだった。

そして能力を解除した俺はいつもの場所に向かった。まもるに会いにいかなくては。

「よっ。今日は遅かったな。何かあったのか?」

 約束の場所に着いたらまもるが俺のことを待っていた。俺は、なんでもない。寝過ごしただけだと答えた。

「こんな時間まで寝ていたのか?」

 まもるの様子がおかしい。俺を疑っているのか? 俺はそうだよ。一体なんなんだよ。と少しイラついた様子で答えた。

「いや、なんでもないんだ。ただ今日は殺人事件があって少し気が張っているんだ」

 間違いない。俺を疑っている。俺は殺人事件について尋ねた。

「殺人事件について教えてくれって? なんでだよ? 村中の人がもう知っているぜ」

 俺はさっき寝ていたって言ったろと声を荒げた。

「悪い悪い。怒るなよ。今日の昼ごろ野菜売りのおばちゃんが殺されているのを俺が発見したんだ」

 俺は息を飲んだ。

「おばちゃんはいい人だった。殺されなきゃいけない理由もない」

 俺は残念そうな顔をした。

「お前、殺人鬼について何か心当たりはないか?」

 俺に尋ねるまもる。

 俺は首を横に振った。だから寝ていたって言っているだろ。そう思ったが言わなかった。

「そうか、俺は殺人鬼が殺人能力(キリング)を使いこなす人物だと思うんだ」

 俺はどうしてそう思うの? とまもるに聞いた。くそっ。やばい流れだ。俺は内心ヒヤヒヤしていた。

「これだけ言ってもみんな殺人鬼を部屋に招き入れているからだよ。おかしいだろ? これだけ人が死んでいるのに」

 確かにその通りだと頷く俺。

「最初は【変身(シフト)】を使っていたのだと思っていた。けど実際は【変身(シフト)】だけじゃないんだ。」

 俺は、他にどんな能力を使っていたんだ? と尋ねた。まずい当たっている。

「どんな能力かはわからない。でも記憶を操っている能力ってことは確かだ。記憶を操る能力を使う奴に心当たりはあるか?」

 俺はそんなやつは知らないと答えた。まずいまずいまずい。だけど今は黙って聞くしかない。

「そうか、他にもたくさん殺人鬼について予想していることがあるんだが、聞いてくれるだろ?」

 俺は頷くより他なかった。

「殺人鬼の使った能力はさっき言った【変身(シフト)】と記憶を操る能力。そしておそらく凶器を作り出した能力。これは【気体の剣(サファイアソード)】辺りだろう」

 俺は一緒にみんなで修行した能力だね。と言った。くそっ。余計なことを言いやがって。

「ほんとだな! 全然気がつかなかったよ。でも俺たちが犯人って証拠ではないよな。だって【変身(シフト)】も【気体の剣(サファイアソード)】も使える人は多いからな」

 まもるの反応が白々しい。確実に俺を疑ってやがる。俺は、じゃあ記憶を操る能力を持っている奴が犯人なんだね。そう言った。

「そういうことになるな」

 俺は一緒に犯人を探そうと提案した。まるで自分が犯人ではないかのように。

「もちろん! 一緒に殺人鬼を捕まえよう。殺人鬼を捕まえるためにどうやって野菜売りのおばちゃんを殺したか予想したんだけど、聞いてくれるよな?」

 俺は戸惑って相槌も返事もできなかった。

「そうか! 聞いてくれるんだな。じゃあいくよ。まず最初に、俺が部屋に入ってくる時、犯人は部屋の中心にいて何らかの理由で身動きが取れなかった」

 俺の相槌も待たずにまもるは続けた。

「そしてノックの音で目を覚ますと急いで逃げる準備をした」

 あっている。

「俺が血だまりの中で、足音を立てながら進んで行くときに、足音に合わせて一歩ずつ裏口に向かっていたのだろうな。あの暗闇が殺人鬼の味方をしたんだろう」

 その通りだ。だから電気を消しておいた。

「そして暗闇で目が慣れている殺人鬼は俺の方をずっと凝視していた。だから視線を感じたんだな」

 まずいあれを言われると能力が強制解除される。まずい! なんとかしろ! もう一人の俺! 俺は心の中で叫んだが、心の中で叫んだ声なんて誰にも届くはずがなかった。

「そしてなんとか俺が電気の下にたどり着く前に裏口にたどり着いた殺人鬼はまんまと逃げ果せたってことだ」

 もう一人の俺は、まもるにすごい推理だね。当たっているんじゃないかと言った。

「褒めるなよ。いいところは、ここからだぜ」

まもるは無表情で答える。もう一人の俺は早く続きを聞かせてくれと頼む。ちっ、余計なことを言いやがって。だけどここで変に言い訳をすると俺の能力が見破られる可能性が高くなる。いいだろう。乗ってやる。俺の正体をみやぶって見やがれ! その時がお前の最後だ!

「殺人現場には毎回必ず血文字が書かれていただろ? 今回は『この女の野菜は嫌いだ』って書いてあったんだ」

 もう一人の俺は、だから何? そんなの殺人鬼の挑発でしょ? ともっともな反応をした。だけどそれは間違いだ。あれは殺人鬼、つまり俺からの挑発なんかじゃないんだ。

「いや、あれは殺人鬼からの挑発なんかじゃない。あれは殺人鬼本人が書きたくないが書かなくちゃいけないメッセージだったんだよ。あの壁に書かれたことは全部本当のことだ」

 もう一人の俺は、戸惑って困った顔をしている。

「あれは殺人鬼の殺人能力(キリング)のコストなんだよ。殺陣を犯した後必ず自分の情報を残さなくてはならない。誰かが殺人鬼を見破れるようにな」

 もう一人の俺は、なんで見破れるようにしたの? もっとわかりやすく言ってくれとまもるに頼んだ。

「もちろん。殺人能力(キリング)のコストは通常すざまじい修行時間だったり労力だったりするがそれを使えわないで発動することだってできる。自分が不利になるようなことをコストに設定するんだ」

 もう一人の俺は黙って聞いている。

「ひかりちゃんの【癒える傷跡(ライトオン)】なら自分の体に傷がつく、【幸せの赤い鳥(ブラッドバード)】なら不幸に飛び込む。とかね、色々あるだろ」

 もう一人の俺は、そんなこと知っているよ! と言った。

「ああそんなことはみんな知っている。だけどあれがコストだとは気がつかない。なぜならあの情報から殺人鬼に繋がることはほとんどないからだ」

 もう一人の俺は、あの情報がヒントになっていて殺人鬼を探せるんじゃないの? と聞いた。

「いーや、違うんだ。あのヒントから殺人鬼にはたどり着かない」

 もう一人の俺は、それじゃコストじゃないじゃないか! ともっともな正論を言った。

「だけど何事にも例外があるんだ。目が見えない奴が目を見えないことをコストにしても能力を発動できるのは知っているな?」

 もう一人の俺は、黙って頷いた。

「それと同じで、殺人能力(キリング)のシステムの穴を突いたんだよ」

 もう一人の俺は、いちいちもったいぶらないでくれよ。僕のことを疑っているのか? と聞いた。くそっ! もうだめだ、見破られる!

「落ち着いて聞いてくれグリーン」

まもるは少し悲しそうな顔でもう一人の俺の名前を呼んだ。グリーンは少し悲しそうなだけど悟ったような表情になった。

「俺はお前のことを本当の友達だと思っている。こっちの世界にきてまた友達ができるなんて思っていなかった。ジャックの元で授業を受けているとウサギ小屋の友達をいつも思い出していた」

 グリーンは黙って聞いている。

「俺が落ち込んでいるときに、俺を励ましてくれてありがとう。お前がいなかったら俺の殺人能力(キリング)はきっと完成しなかった」

 グリーンは黙って聞いている。

「本当を言うと、こんなこと言いたくない。殺人鬼なんて放っておいてお前と一緒に修行をしたい。でもやらなきゃいけないんだ。わかってくれるな」

 グリーンの目から涙がこぼれた。そしてコクンと頷いた。

「グリーン! この世にお前は存在しない! グリーンという人間はこの世のどこにも存在していないんだ! お前は殺人能力(キリング)で生み出された偽物の人格だ。殺人鬼の正体はお前だ! お前が殺人鬼だ!」

まもるの目からも一筋の涙が溢れた。月光に反射した涙の一雫はまるで綺麗なほうき星のようだった。

そして、殺人鬼グリーンの目の前にポップアップウィンドウが表示された。

『あなたの正体が見破られました。【暗殺者の信念(アサシンクリード)】は解除されます』


【暗殺者の信念(アサシンクリード)】

一、紙一枚に任意の人格を考え書き込む。名前、年齢、出身地など詳細に書き込むと良い。その紙に手を触れ発動。


二、起床してから就寝するまでその空想の人格があなたの代わりになって日常生活をする。第三者に素性などについて質問された場合、“一”の紙に書かれた範囲でしか回答できない。


三、就寝した後あなた本来の人格に戻り一夜につき一人まで殺害できる。


四、ただしあなた本来の人格に戻っている間は、体にかかる負荷、ストレス、疲労は通常時の三十倍となる。


五、殺人を行なった場合、アトランダムにあなたの本来の人格に関する情報が壁に血文字で書かれる。


六、あなたが暗殺者であることを見破られた時点で能力は強制的に解除される。


[同時刻 まもる視点]


 暗殺者の姿がみるみる変わって行く。顔から生気が消え、疲労とストレスでいまにも倒れそうな様子になった。きっと能力の反動だろう。もう以前の彼、いや偽物の彼の面影はどこにもなかった。

「よく見破ったな。だけどなぜわかった?」

「グリーンは不自然なくらい優しかった。まるで理想の人間のような、記憶操作の能力があることを知ってカマをかけたんだよ」

「そうか、おめでとさん。だけど俺を捕まえることができるかは別問題だ。【気体の剣(プラチナソード)】発動!」

殺人鬼は何もない空中から金属でできている剣を出すと。襲いかかってきた。本物の人格と偽物の人格の能力は一致しないのだろう。その証拠にグリーンはこんな能力は使えなかった。

 殺人鬼は必死の形相で迫ってきた。俺はあらかじめ作っておいた【気体の剣(サファイアソード)】を懐から取り出すと応戦した。殺人鬼の金属の剣と俺の宝石の剣が激しくぶつかり合った。その瞬間金属とガラスがぶつかるような鈍く激しい音とともに火花が飛び散る。どうやら俺の剣にヒビが入ったらしい。

「【気体の剣(サファイアソード)】じゃ【気体の剣(プラチナソード)】には勝てないぜ〜。さっさと諦めて解体されろ! あのまずい野菜をうるババアみてーにな!」

 殺人鬼は嬉しそうに笑っている。偽物の人格がなければすぐに異常者だとバレてしまっていただろう。だからわざわざ人格を生み出すような能力を使って殺人をしていたのだろう。

「黙れ! お前が殺人を犯すことはもうない」

俺はそういうと折れかけの剣で応戦した。殺人鬼の剣と俺の剣が交わるたびに俺の宝石でできた剣だけがダメージを負っていく。ぶつかり合うたびに辺りに宝石がキラキラと飛び散る。空気中で水分が凍るとダイヤモンドダストと言われるようになるらしい。俺は見たことがなかったがきっとこんな感じなのだろう。

 敵の斬撃を二撃、三撃と受けるごとに飛び散る宝石。まだお互いに一撃も食らっていない。だが明らかに俺の方が劣勢だ。

「さあ、反撃してこいよ! バラバラに解体されたくなかったらな〜! それともそれで精一杯なのか? そんなんじゃ殺人鬼を捕まえても殺されるだけだぜ!」

 殺人鬼はニヤニヤ笑いながら剣を振り下ろしてくる。

「お前の正体を見破った時に、俺はお前と戦えるか不安だった」

剣と剣が奏でる重く鈍い音が響き合う中、俺は言った。

「でも、殺人鬼の正体がお前みたいなクズ野郎で良かったよ。心置き無く戦える」

「その割にはそのクズ野郎に押されているじゃねーかよ。ほらっほらほらほら〜避けなきゃ死ぬぜ〜」

殺人鬼の言っていることは事実だ。明らかにこっちが劣勢だ。そして、ついにその時はきた。

鈍い音とともに俺の剣が折れて地面に転がった。先ほどまでの優雅な散り方ではなくまるで人間の頭部が切り離されて転がっていくように、剣はその役目を終えた。

「もらったー! 死ねっ!」

殺人鬼は嬉しそうにそう叫び飛びかかってきた。

そして次の瞬間、殺人鬼は歩を止めた。背後に近ずく人物にようやく気がついたのだ。

「一人で戦いたいというから無茶させたが【気体の剣(サファイアソード)】は、まあこんなもんか」

と殺人鬼の後ろに回り込んだジャックは言った。

「てめー」

ジャックを睨みつける殺人鬼。

「もう観念なさい。あんたの負けよ」

木陰から出てきたひかりちゃんが言った。

「まもる、お前が負けそうになったら加勢してやる。だからアレを使え。許可する。あいつをお前一人の力で捕まえろ。殺すなよ」

ジャックは俺の方を見ると言った。

「いいんだな?」

俺はそう聞くと、ジャックは頷いた。

「おいっ! 殺人鬼。今からお前を捕まえる。おとなしく降伏するんじゃねーぞ。面白くねーからな」

そして俺は手を前にかざした。

「くっ、何をする気だ」

「俺は選ばれたんだ。俺以外の誰にもできない。俺にしかできない。俺だけの殺人能力(キリング)だ! 【選ばれしもの(ジハード)】発動!」

その瞬間禍々しい黒い棘が俺の身体中を包み込んでいく。棘の台風の中で俺だけは傷つかない。無敵になった気分だ。誰も俺を止められない。チート能力なんかじゃない。俺がこの手で掴んだ力だ。最高で最強で無敵の俺の殺人能力(キリング)。この力の前では俺以外の全員が俺に勝てない。自分の中から湧き上がる自信と勇気。俺は、強い!

「お前は今から俺に嬲られる。それ以外のことは一切させない。抵抗も反撃も許さない」

強気になった俺は殺人鬼に言い放った。いや、今は俺が殺人鬼で目の前にいる震えている奴こそが獲物だ。

「なんだその力は? 見たことも聞いたこともない。【黒子分身(ドッペルゲンガー)】発動!」

そして殺人鬼は二十人ほどの分身を生み出した。相当コストを払ったに違いないが向こうも必死なのだろう。

「「「「「【気体の剣(プラチナソード)】発動」」」」」

分身の全員がそう言って先ほどの金属の剣を空中から生み出した。もうどれが本物かわからない。

「「「「「これだけいれば負けないだろ。てめえら皆殺しにしてやる」」」」」

そう言って分身が一斉に襲いかかってきた。

俺は全身の棘に力を込めた。黒くて頑丈で鋭利な人を傷つけるための武器。棘は、脳で意識すれば操ることができる。俺の手足のように動かせるのだ。そして俺の感情の高ぶりによって強度、量、質が変わっていくのだ。俺は右腕の前に棘の塊を作った。棘をまとめて剣のように固めて天に掲げた。

 そして、棘を媒体に棘の塊の中に【気体の剣(サファイアソード)】を発動した。

「【歪な剣(ディストーテッドサファイア)】発動」

 棘の塊の中から無数の宝石が飛び出ている。美しい宝剣のようだった武器は、見る影もない惨たらしい狂気となった。

¬¬ そして、飛びかかってきた分身のうちの二人に向かって勢いよく振りかざした。次の瞬間ゼリーにスプーンをつきたてた時のように何の抵抗もなくスッと獲物は両断された。本当に何の抵抗も感じなく空を切ったようだった。【気体の剣(プラチナソード)】は棘に当たった瞬間粉々に砕け散った。

 瞬殺された分身を見て残りの他の分身の手が止まる。

「何をやっている分身ども! そんな出来損ない早く殺せ!」

分身の後ろの方から本体が声をかける。

そして分身達に攻撃させながら、本体が俺に話しかけてきた。

「まもる! 俺はグリーンの体の中からお前のことをずっと見ていた。能力発動中も俺の意識はあるんだよ。お前は出来損ないだ。才能がない。俺の分身であるグリーンと同じようにな」

その瞬間俺はピタリと手を止めた。

「あいつの人格は俺が作り出したんだよ。あいつが過去を思い出せないのは俺がそう設定したからだ。その方が都合がいいんだよ。過去を誰かに聞かれても思い出せませんで通るからな」

「そんなことのために記憶をなくしたのか? あいつは苦しんでいた。記憶をずっと探していた、自分が誰なのかもわからずに」

俺は頭から血の気が引くのを感じた。何だこの感情は?

「そうだ! 元々俺の身代わりのために生み出されたあいつにはちょうどいい。何のために生み出されたのかも分からずに必死で頑張って、できもしないことを何度も何度も。知っていたか、あいつがお前のことを本当の兄弟のように感じていたことを? お前は、家族のいないあいつにとって初めての繋がりだった」

薄ら笑いを浮かべながら殺人鬼は嬉しそうに言った。

俺は何も答えなかった。体の奥底から感情が湧き出てくる。

「あいつは記憶をなくしているという同じ境遇のお前に親近感を感じていたんだ。お前もグリーンも同じように才能がなかった」

今まで感じたことのない感情に支配されだした。

「笑っちまうよな。才能がないのに。毎日毎日必死で頑張って。あいつに才能がないのも、俺のせいなのによ」

もうこの感情に全てを委ねてしまおう。その時この感情が何かわかった気がする。この感情がきっと殺意なんだ。

「俺がそういう風に設定したんだよ! 才能があって能力が高いと目立つからな。暗殺者の身代わりには適さないんだ。あいつが人より頑張っても人より成果が出ないのは俺の設定のせいなんだよ!」

「お前ももしかしたら誰かの哀れな分身なのかもな。だからどれだけ頑張っても頑張ってもできないんだ。たかだか【気体の剣(サファイアソード)】程度できたくらいであんなに喜んで、いい笑い話だよ。才能がない奴は引っ込んでいろ。人生のレースで最初から負けが決まっているんだ。お前に出る幕はない。勝つのも、チヤホヤされるのも、うまい汁をすするのも頑張った奴じゃない。才能がある奴だ!」

 もう殺人鬼の戯言は俺の耳には届いていなかった。

「まずいな。【選ばれしもの(ジハード)】を使うと感情の暴走が懸念される」

ジャックが呟いた。

俺は殺意以外の全ての感情をなくした。すごく気分がいい。心の中にある温度が次第になくなっていく。暖かさ、愛情、勇気、友情。何もかもがどうでもいい。ただ目の前の獲物を殺したい。殺したらグリーンは帰ってくるのか? いや、あいつも一緒に死ぬんだ。殺したら俺の心は晴れるのか? いや、曇ったままだ。殺したら俺の人生が変わるのか? いや、何も変わらない。そんなことわかっている、だけど殺したいんだ。殺したい。目の前にいる奴を殺したい。殺してやる。殺す!

 俺は両手を天に向かって掲げた。まるで棘に操られているようだ。俺は空を見上げた。ジャックとひかりちゃんが必死の形相で俺に何か言っている。きっと俺のことを止めようとしてくれているんだろうな。だけど、どうでもいい。そして俺の体を包んでいた棘はより禍々しくより残酷に渦巻き出した。辺りに不穏な空気が張り詰める。だけど、それがすごく心地いい。風の音しか聞こえない。静かだ。

そして、爆発音とともに地面からすざまじい量の棘が生えてきた。辺りは一面野原になった。近くにあった湖畔は干上がり魚が土の上を跳ねている。殺人鬼の分身は一人残らず消し飛び、本体だけが地面に蹲ってガタガタ震えている。俺はそいつに近寄って言った。一歩。一歩確実に歩み寄っていく。獲物を狩る肉食獣になったような気分だ。殺人鬼は何か喚いている。殺人鬼? いや、こいつはもう獲物だ。殺人鬼は俺だ。そして俺は獲物の前まできた。さあ殺そう。

 俺は手を前に掲げた。そして、乾いた唇を動かした。

「ファイナルエリ」

 その瞬間、俺の意識が消し飛んだ。真っ暗な海の中に沈んでいくようだった。電源が切れたようにただひたすら意識の海の底へ沈んでいった。


[数時間後]


 俺は自室のベッドから目が覚めた。心配そうに顔を覗き込むひかりちゃん。

「まもるちゃん? 大丈夫?」

ひかりちゃんが言った。

「俺はどうなったの?」

ひかりちゃんの質問を無視して聞いた。

「殺人能力(キリング)が暴走した後、殺人鬼に近寄って行って何かしようとしていたわ。そこで急に倒れたの」

最後に覚えているのはあいつを殺そうと手を前にかざしたことだ。何を発動しようとしていたのか思い出せない。

「あいつは? あいつはどうなったの?」

あいつとはもちろん殺人鬼のことだ。

「今は警察署の牢屋に入れられているわ。大人しくしている」

「そうか」

「それよりも心配したわよ。まもるちゃん、私とジャックの声もほとんど聞こえていないみたいだった」

「そんなことどうだっていいよ。あいつのいうとおり俺に才能なんてないし」

「よくないよっ! ばかっ!」

初めてこんな大声で怒られて気がする。

俺はあっけにとられて何も返せない。

「どれだけ心配したと思っているのよ。あなた死んでもおかしくなかったのよ」

そういうとそっと手のひらを俺の頬に当てた。ひかりちゃんの手はすごく温かくて優しかった。【選ばれしもの(ジハード)】が暴走した時と全く逆の温度だった。手のひらを通して俺の残酷な殺人衝動は吸い取られてしまったようだ。さっきまであれほど血を欲していた俺はもういなかった。

「もうあの力は使わないで。言ったでしょう。殺人能力(キリング)は一歩間違うと危険な力なのよ。なんでも都合よく願いが叶う魔法なんてこの世に存在しないの」

ニコッと笑顔で笑ってくれた。さっき怒られたからすごく優しく感じる。

「うん、せっかく手に入れたけど。そうするよ」

「うん、なら良かった」

「これでようやく終わったんだな」

「ええ。もうこれで全て終わりよ」

殺人鬼のようやく捕まえた。街に平和が戻ったのだ。俺はホッとした。もう戦わなくていいんだ。やっと平穏な日常に戻ることができるんだ。

「ねえ。ひかりちゃん。お願いがあるんだけど」

「何?」

「あいつに会わせて欲しい」


[刑務所内]


 刑務所の中に着いた。ひかりちゃんが牢まで案内してくれた。

「じゃあ。外で待っているから。くれぐれも気をつけて。おとなしく捕まっているけど相手はあの殺人鬼よ。もうグリーンじゃないの」

「うん。わかった」

そして俺は牢の目の前まできて足を止めた。牢の中の作りは簡素だが頑丈だ。壁は相当分厚いに違いない。窓は一つもない。格子も頑丈そうで守衛が何人もいる。きっと殺人能力(キリング)対策だろう。コストさえ支払えばこんな牢屋すぐに出ることができる。だけどこれだけ頑強な作りの牢なら、それ相応のコストを支払わなければならない。もしろうから逃げおおせてもまともな生活はできないだろう。その頑丈な牢の中にあいつはいた。殺人鬼はぐったりとして横になっている。能力の反動だろう。寿命も相当削れたに違いない。殺人鬼は俺に気づいた。

「何の用だ?」

「グリーンに会わせてくれ」

「あいつに? 会ってどうする? あいつは能力で生み出された人格で、本来この世に存在しない」

「そんなことどうだっていい。できるのかできないのか? 答えろ」

「可能だ」

「ならやれ」

「なんで俺がお前のために」

ガンッ。俺は勢いよく牢を蹴った。

「いいからやれよ! あいつはお前にために生み出されて利用されてきたんだ」

「わかった。話が終わったらもう一度俺の正体を宣言しろ。それが能力解除のキーワードだ。【暗殺者の信念(アサシンクリード)】発動」

そういうと殺人鬼はベッドに横になった眠りについた。


五分待った。


十分待った。


 そして、グリーンはベッドから起き上がった。

「え? ここはどこ? まもる君? なんで僕はこんなところにいるの?」

そして俺は何もわかっていないグリーンに全てを説明した。説明を聞いている間、グリーンは大人しかった。ただ俺の話を聞いてたまに相槌を打つくらいだ。俺はそんなグリーンの態度が逆に辛かった。全てを悟って受け入れている。もし俺が存在しない存在だったらどんな気持ちになるかな。いきなりそんなこと言われて戸惑うだろうな。逃げ出したくなるかもな。だけどグリーンは違った。大人しく運命を受け入れている。

そして、俺はグリーンといろんなことを語り合った。どんなことをしたかったのか。どんなとこへ行ってみたいか。グリーンにはもう何もできないし、何処へも行けない。お互いわかっているけど口には出さなかった。

そして、別れの時はあっという間に来た。

「もう行かなきゃ」

「うん、またね」

グリーンともう会うことはない。だけどグリーンはまたねと言った。

「ああ、またな。グリーンお前が暗殺者の正体だ」

そういうと俺は牢を後にした。後ろを振り返ることはできなかった。今頃、再度殺人能力(キリング)を解除されて本来の人格に戻っているのだろう。だけどそれを確認したくなかった。後ろを振り向かなければいつまでもグリーンがグリーンのままでいてくれるような気がした。


[翌日]


「まもるちゃん大変。きて」

 真っ青になったひかりちゃんに叩き起こされて手を引っ張って広場へ連れていかれた。

¬¬ 殺人鬼は捕まえた。平和が戻った。そう思った。

 広場に着いた俺は恐怖で身が凍った。広場の中心にある時計の大きなモニュメントに串刺しにされて見せしめのように殺されていたのだ、昨日捕まえた殺人鬼が。時計台に標本のように劔で串刺しにされている。血が地面まで時計台を伝って垂れ流されている。床に血で水溜りができている。時計の針が必死で時刻を表示しようとしているが、死体が邪魔をして時計の針は動かない。まるで時間が止まっているようだ。時刻は真夜中を指していた。

「そんな、どうして? 全て終わったんじゃないのか? なんで殺人鬼が殺されて串刺しにされているんだよ?」

変わり果てたグリーンの姿を見て俺は呟いた。

「あいつが殺人鬼でまず間違いないと思うわ。昨日あなたに襲いかかってきたし」

俺はその言葉は耳に入ってこなかった。時計台におそらく死体の血で書かれたであろう文字が目を引いていた。

『俺はリップマン まだ殺人は終わらない。次はお前だ』

「私たちは勘違いしていたのよ。殺人鬼は最初から二人いたのよ」


¬¬ その時、時計台に書かれた血文字にノイズが走った。パリッパリッ。

「なんだこれ?」

 俺以外の人間は気づいていないようだ。俺にしか見えていない。血文字は変化して別の文字に変わった。

『まもる。お前に危険が迫っている。俺は龍王。活字を通してお前にコンタクトをとっている』

「なんなんだよ! いつも、いつも影から俺を助けて、お前は一体誰だ? 何が目的だ?」

周囲の人間が俺を見つめる。周囲の人間には突然俺が叫んだように見えたのだろう。だが気にしている場合じゃない。

血文字はまたノイズを出しながら別の文字に変わった。

『俺の正体を言ってもお前にはわからない。お前を助けようとしているんだ。信じてくれ』

 ざわつく周囲を無視して俺は続けた。

「信用できないな。俺を助けたいなら殺人鬼の正体を教えてくれ。いまここで」

『わかった。仕方がないな。かなりコストを消費するがいいだろう。殺人鬼の名前は』

¬¬ そしてそこでノイズが走り、別の文字に変わった。

『俺はリップマン まだ殺人は終わらない』

元の血文字に戻ってしまった。

「なんだ? 殺人鬼の名前を教えてくれるんだろう? なんとか言えよ。おいっ!」

その後いくら待っても叫んでも血文字は変わらなかった。

 一人目の殺人鬼であるは警察署に閉じ込められていた。しっかりと開かないように鍵をかけていたが外から破られていた。もちろん夜勤のガードマンが何人かいたが皆殺しだったそうだ。一夜のうちに何人でも殺せるのだ。おそらく殺人の人数制限も何もなく殺しているに違いない。明らかに厄介だ。それにこっそりと殺すとか見つからないようにしようとする意思が感じられない。見つかるのを恐れずに堂々と殺しを楽しんでいる。

[その日の帰り道]

 ひかりちゃんに龍王のことを相談しながら帰った。

「あなたにしか見えない文字?」

「ああ。活字を通して龍王ってやつが俺を助けてくれるんだ」

「で、その龍王の正体に心当たりは?」

「全くないな、だけど俺の父親なんじゃないかって思っているんだ」

 前からずっと思っていたことを口に出した。

「あなたの、父親。どうして?」

「さあね。なんとなく」

 理由は俺にもわからない。心のどこかで引っかかっている何かが俺にそう思わせた。

「血の繋がりが、殺人能力に影響を与えることはよくあるわ。お父さんだといいわね」

 ひかりちゃんはそう言ってくれたけど、俺は気づいていた。俺は認めるのが怖かっただけだ。俺の願望は、家族はまだいると願うただの妄想でしかないのだ、真実を認める勇気がないんだ。

 ひとりぼっちになってしまったと言う真実を。


[未来のある日、その一 たつひこ視点]


 台所から美味しそうな匂いがしてくる。今日のお昼は僕の大好きなチャーハンかな? ママの作るチャーハンは世界一だ。どんなに元気が無くても食べれば元気が出てくるんだ。

「たつひこーご飯よー」

 とママが僕を呼ぶ声。

「はーい メール打ったら行くよ」

そして僕はパソコンに文章を打ち込んだ。

『早く逃げろ! その女は後ろに武器を持っている。お前を処分するよう指令が出た。俺を信じろ! 俺はお前の味方だ。俺は竜王。死んでもお前を必ず助ける』

 僕はパソコンに向かって手をかざした。

「【竜王の系譜(インペリアルジニオロジー)】発動」

次の瞬間パソコンの画面に、

『メッセージが送信されました』

 と出た。


「絶対に僕が生き返らせてあげるからね! 竜王の系譜は途絶えさせない。僕以外の全ての人間が諦めても僕は諦めない。あなたがそうしたように」

僕の瞳から一粒の涙が頬を伝った。



 少年の目には悲しみと勇気が同居している。そして光る瞳の中に一瞬だけ澄んだ青色が輝いた。


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