リセットしたあと異世界召喚されたけど五京円あるので大丈夫!?

@zitavata

過労死しました

俺は加賀かが 朗志ろうじ、冴えない働き者だ


九つの時に親父の会社が倒産し俺に休日という概念は無くなった

そもそも親父は自殺、代わりにお袋が子供二人を育てるために働きに出た

おのずと家事は俺の仕事となり空いた時間も内職をコツコツこなしていた


そして俺は義務教育を終えるとすぐに働きに出た

もちろん高校に…欲を言えば大学にも行きたかったが家にそんな金は無い

せめて七つ下の妹には不自由はさせまいと馬車馬の様に働いた


昼には本職の土方を、夜には副業で(年齢詐称して)深夜バイトを


遊ぶ暇なんて無いし遊びたいとも思わなかった


目まぐるしく汗を流していたらあっと言う間に24

もう少しでアラサーに差し掛かろうとしていた時、親父が親戚や知り合いから借りていた金を返し終えていた


残り1年分の妹の学費も貯まり俺は金という呪縛から解放された


俺の人生はようやく始まる

彼女を作っても幸せに出来るし

趣味を作って没頭出来る

何処へだって行けるし

俺が二十歳になる前に身体を壊したお袋にだって親孝行出来る


人生が薔薇色に輝きだす!



はずだった



昼夜問わず

72時間ぶっ通し労働


今までもちょくちょくあったものの歳を取る度に辛くなっていた


俺も借金完済でテンションが上がってたんだ

だからこれが俺のラストパフォーマンスだと舞い上がっていた

現に俺はこの仕事が終われば10連休する予定だった


予定なんて無いがこれから決めればいい



三日間フル稼働させた手足に感覚は無かった

フラフラと立ち眩みを繰り返しながら帰宅すると風呂も飯も放置してリビングのソファーに倒れ込む


これが俺の最後の記憶



「よう働き者」


気が付くと俺の目の前にオッサンが居た

丸いテーブルを挟んで威風堂々と足を組むオッサンは煙草に火を着ける


オッサン以外にも男が二人、女が一人

さほど大きくもないテーブルを囲み座っていた


「ビールでいい?」


「僕はワインで」


「出来ればハーブティーで…」


金髪の男が各々の注文通りに飲物を持ってくると俺の前にもビールを置いた

酒を呑んだ事がないので俺は正直コーラか水がいい


というかそういう問題じゃない


「何なんだあんたら?ここはどこだ?」


見たところシックな感じの洋館

しかし窓からは何も見えない

暗いとかではなくただひたすら真っ白だった


もう一人の男は優男風の青年だが白髪に黒い十字のメッシュを入れていて新手のヴィジュアル系バンドのようだ

瞳の色も藍色だし日本人でもなさそうだ


唯一の女は美人なのにどこか落ち着きがない

何かに怯えてるようでもあるがただ気弱なだけかもしれない



全員に共通して言えるのは俺とは全く面識が無いということ

どれだけ記憶の引き出しを開けても俺のフォルダにこいつらの顔は保存されてない


「簡単に言うとな、オメーは死んじまったんだ」


金髪の男がビールの大ジョッキを揺らしなが言う


酒のつまみにするには悪質な冗談だ


「ふざけんな!変な犯罪グループならもっと金持ってるやつ狙えよ!」


俺を誘拐したところで一文にだってなりやしない

臓器でも売る気ならせめて意識が無い内に終わらせてほしかった


「お袋達は無事なのか!?もし何かあったらただじゃ…っ」


仕事以外には無気力系の俺だが流石に頭に血が上る

オッサンの胸蔵を掴みまくしたてると鎖骨辺りに衝撃が走った


「動揺すんのもわかるけど話くらいちゃんと聞けよ、坊ちゃん」


おそらくそれは金髪の踵落としだった

椅子ごと床に叩き付けられた俺が衝撃の走った場所を確認すると鎖骨から脇腹にかけて削り取られた様に歪んでいた


確実に骨は折れてる

その内側にある肺もとんでもない事になってるだろう


だけど不思議と痛みは感じなかった



「その身体は話やすい様に僕が作っただけだから、痛覚とか余計な物はないよ?」


俺がアホみたいな顔をしていたからか、優男が俺の疑問に答えてくれる


「作ったって…どういうことだよ?」


「だから言ってただろ?君は死んだんだ」


言っている事は簡単だが訳がわからない


俺が混乱しているとオッサンに首根っこを掴まれ新しい椅子に座らされた


「魂だけじゃ喋れもしねーからな」


「リアルタイムの君の身体は今こんな感じ」


優男が指を鳴らすとビールジョッキのガラスに何か映し出された


「これ…俺か?」


朝日が上るリビングのソファーで青白い顔の俺がお袋と妹に囲まれていた

目の下にもはや消える事のない隈こそあれど俺の顔はこんなに血色は悪くない


それにお袋も妹も悲しそうに泣いている


こんな一つの映像で血の気が引く

脳を置き去りにして先に身体が反応していた


「察しの悪いお前でももう解っただろ?お前は過労死したんだよ」


そんなはずはない

片手で食える物だが飯もちゃんと食ってた

ただ72時間動き続けてただけだ


そんなもんで人が死んでたまるか


「まぁ、信じなくてもお前に出来る事は無いけどな」


「すいません…ここは黙って言うことを聞いてもらえると私も早く帰れて胃に穴が空くリスクが下がり大団円です」


美人なのに苦労人風の彼女が胃薬を飲み始めたので俺は少しだけ冷静になれた気がする


「もし仮に俺が本当に死んでるんだとして…お前達は俺に何の用があるって言うんだ?それとも閻魔か何かなのか?」


「おいおい、一日に何人死んでると思ってんだ?アイツが一人にこんな時間かける訳ねーだろ、あんなもん流れ作業だ」


死んだ事なんて今まで無いんだからそんな基準はわからない

投げ槍で当てずっぽうな推理も外れていよいよ見当がつかない


「肩書なんてどうでもいい、俺らはただお前に与えるだけだ」


「与えるって、何を?」


オッサンは怯える美人の頭を優しく撫で回すと「頼んだ」呟いた



岩の様に厚くてゴツいその手の何処にそんな力があるのだろうか

彼女の強張った顔がいくらか和らいだ気がした


「では左手を出してください」


彼女の落ち着いた声に俺は素直に応える

怪しさ極まりないが俺に抵抗は出来ない


「この者に富を与える」


そんな畏まった物言いで彼女が俺の左手首を指差すと一瞬淡い光を放ち¥マークが浮かび上がった



「うわぁ…ダセえ」


今時中学生でももっとましなセンスしてるぞ


俺が思わず不満の声を漏らすとオッサンと金髪は声を上げ笑った


「確かにクソダセえな!」


「センスの欠片も無ぇ!」


「無理矢理呼び出しといてこの仕打ち…あんまりです」


昔親父がまだ生きていた頃に「ふてくされる女ほど面倒臭い生き物はいない」とか言っていたが…

泣きそうになっている彼女を必死にあやしだすオッサン達を見てるとそれもあながち間違いじゃあなかったのかと思わされる


10分ほど待たされ最終的に落ち着いた形は肩を揉みケーキを食べさせ団扇で仰ぐという、これでもかという女王様スタイル

まさに至れり尽くせり


「いいか少年、女はなるべく泣かせない方がいい」


「せやな」


「まぁいじめ過ぎるのは良くないね」


情けない男達の言葉に説得力は無い


「んで、これは何だ?」


「金だ、ちなみに5京円分」


このオッサンは俺の理解出来る台詞を吐く気が無いらしい


一、十、百、千、万、億、兆、京…


俺が一つずつ頭の中で処理しているとオッサンがほくそ笑む


「お前はこの金を持ってまたお前として産まれる」


「え、あ…ん?」


「次は上手くやれよ?」


「じゃ、またね」


まともな説明もないまま

俺は優男に突き落とされた


部屋の中に居たはずなのに

椅子と共に崖から落ちたかの様な感覚



どこまでもどこまでも落下していく中で俺はいつの間にか眠るように意識を失っていた




そして気が付けば




「………」



見覚えのある病院で二回目の産声を上げていた



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