第116話・『MIA』レイネス・フォーミュラ②

 噴かしたスラスターで後方へ飛びながら、ナギは灰色の追っ手に対し右手のバルカン砲で応戦する。敵の機体は上下左右の三次元機動で弾幕を掻い潜り、彼女ヘ急接近した。


 右手に持った斧型のブレードを振り上げ、ナギの頭部目掛けて振り下ろす。甲高いサウンドを響き渡らせながら、上方から急降下してきたザイツが割って入り、白刃の高周波ブレードでそれを受け止めた。


「今だッ!」


 打ち合わすブレードから火花を散らし、眼前の敵機を睨みつけながら、ザイツが背後のナギへ叫ぶ。彼女はザイツのすぐ右へ移動し、目の前の敵へバルカン砲を向ける。


 敵機の女兵士は舌打ちし、鍔迫り合いを切り上げて急上昇する。


「ヴァルチャースリー! 九時方向!」


 ナギがザイツの左方を睨みつけながら叫んだ。ザイツはサブブースターを吹かせて後方へ急加速する。


 開けた射線の向こう、三十ミリのアヴェンジャー機関砲を突き出しながらこちらへ突っ込んでくるもう一機の敵へ向け、ナギはバルカン砲を乱射しながら、自身の主翼部分に搭載されたポッドからミサイルを五発射出した。


 敵機は機体をロールさせながら、進路を左へ修正し、チャフとフレアを射出しながらナギのすぐ隣を抜け、そのままミサイルを振り切るために彼女から離れて行く。


『後ろだ!』


 無線機からシェラの声が飛ぶ。ナギがサブブースターで姿勢を変え、後ろに向き直る。


 先程退けた斧のワルキューレが再び彼女に接近していた。横に薙ぐ形で斧型ブレードを振りかぶり、真っすぐナギの方へ突っ込むコースだ。


 ザイツがメインブースターを点火させ、二人の間に割って入ろうとするが、敵のスピードが速く、間に合いそうにない。


 ナギは右手のバルカン砲を振り上げ、それで体を防ぐように縦に構えた。


 左から右へ振り抜かれた斧型のブレードがバルカン砲の砲身を真っ二つに斬り裂き、束ねられていた5本の銃身が支えを失ってバラバラに落下して行った。ナギはすぐさま腰に据え付けられている二十ミリの機関砲を敵の方へ向ける。


 その時のわずかな隙をついて、ナギの懐へ入り込んだ敵機がその機関砲の銃身に手を掛け、自身に当たらない方向へ押しやる。右手に持った斧型のブレードを振り上げ、ナギの頭へと振り下ろす。


『エンブレス、身を引いて』


 無表情な、少し気の抜けたような声が無線機から流れた。ナギはその声に従って身を力いっぱい後ろへ引く。


 その瞬間、腹を揺らす様な重低音が鳴り、目の前の敵ワルキューレが被弾する。被弾箇所が炸裂し、敵機は思わずナギから手を放した。


 ナギはこの好機を逃さず、サブブースターで後ろへ逃れる。


『そーれ! もう一発!』

 

 軽い、快活そうな声だった。カイエの声だ。彼女が言い終わるのと同時に、またあの重低音が響き渡り、眼前の敵機の背中が爆発する。推力と翼を失った彼女は、エンジンから黒煙を垂れ流しながら、眼下の森へ墜落していくのが見えた。


「ヴァルチャーフォー! ファイブ! 助かりました! 合流地点はすぐそこ?」


 ナギが言う。無線機を介して彼女の隊全体に流れたその声に、カイエが反応した。


『そう、ここからもう五百メートルも離れてない』

『お帰り! ナギ!』


 カイエの声が続いて流れてくる。その時、ナギの背後から、赤いレーザー光線が左右に伸びるのが見えた。光線の先、そこから黒煙を焚き上げて墜落していく敵ワルキューレの姿を見るに、シェラが長距離狙撃で敵を撃墜したようだ。


『ヴァルチャーツー、状況は芳しくない。すぐに撤収部隊と合流するんだ!』


 彼女の声が無線機から響く。ナギがレーザーの出所に視線を向けると、アーマーを纏い、狙撃用のレーザーライフルを携えた彼女の姿が見えた。シェラは単騎で敵部隊を迎え撃っている様で、彼女のすぐ下には森の中を全速力で駆けずり回る装甲車が見える。


「……レインは!? 近くに見えますか!?」


 ナギはシェラに問う。シェラは言った。


『彼が近くまで来ているのか!?』

「はい! 砂漠用迷彩を施された車体に、太いタイヤを装着した車です!」

『……駄目だ、近くにそれらしい車両は見当たらない』

「そんな……!」


 その時、シェラの部隊の無線機に介入して、ニールの声が響いた。


『こちら、H.O.U.N.D.S隊長ニール・フラナガンだ。これより、我々は当作戦エリアを離脱する』


 無慈悲に告げる彼に対し、ナギが叫んだ。


「でも、レインがまだ……!」

『彼一人の為に、全隊員を危険に晒すわけにはいかない。我々の任務は、あくまで捕虜の救出だ』

「そんな……! 見殺しにするつもりですか!?」

『そうだ。彼は決められた時間に合流地点へたどり着けなかった。それがすべてだ』


 淡々と言い切り、ニールは無線を切った。


『あの冷血漢がッ……!』


 シェラの声が響く。


「……分かりました。そちらへ合流します」


 ナギが言う。そして続けた。


「シェラ、落ち込まないで」

『……作戦行動中はコールサインを使え。ヴァルチャーツー』


 シェラの忠告を聞き流し、ナギが言う。


「レインは来ます。絶対に」

 




   

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