第176話 石鹸の匂い

「……いい匂い。それに温かい」

「起きたか? 傷はもう良さそうだな」


石鹸のキツすぎない香りが鼻腔を抜ける。

掛けられた布団の中は人肌よりも少し温かいくらいで心地いい。


なんだか開いた薄目がまた閉じてしまいそうだ。


「まだ眠るつもりか?疲れも溜まっているようだな」


さっきから声がしていた事には気付いていた。

ただこの状況に触れる事にどうしても躊躇してしまって……。


……なんで俺、この女性と一緒の布団に入ってるんだ?


「ええっと、あなたはだ――っつ!」

「傷が傷だっただけに完全に治るまでは時間が掛かる。急いでいるのは知っているが尚更今は安静にしておくことだ」


起き上がろうとすると脚に痛みが走った。

それを察した女性は俺の肩にそっと手を当て、寝かし付けようとする。


抵抗する言い訳も浮かばない俺は女性に言われるがままゆっくりと身体を沈めた。


そうでなくても女性の手からは柔らかくも、力強さを感じ俺の力ではそれを退ける事は出来なかっただろう。


この女性、相当強い。


「その、治療ありがとうございます。でもあんまり近づかれると……」

「近い方が妾のスキルによる回復効果が高まる。急いでいるのなら我慢してくれ。……全くこの程度で照れるようなお前にどうして妾達はあんなに警戒していたのだろうな」

「それは仕方ないと思います。あなた達と人間の間に何があったか……なんとなくですが想像出来ます」

「そうか……。あまりあの時の事は妾も話したくはなかったので助かる」


女性の表情が曇る。

この話は今後も出来る限り控える事にしよう。


「そういえばお前はあそこまでして何故ここに立ち入りたかったのだ?アイテムがどうのこうの言っていたが、この集落にそこまで目ぼしい物があるとは到底思えないのだが……」



コンコンコン。



女性が話を切り出した時、部屋の扉を叩く音が響いた。


あれ、女性と2人布団の中って見られたら相当まずいよな。


「失礼します。セレネ様。てる……人間の容態はいか――」


部屋に入ってきたメアは言葉を失くししてしまった。

それもそのはず、隣にいる女性は布団を掛けたまま起き上がったのだが、服を着ていなかったのだ。


しかもなんでか俺も服脱がされてるし……。


「うむ。もう大丈夫そうだ。だがもうしばらくは安静にさせて……妾ももう少しスキルを掛け続けさ――」

「大丈夫そうならベッドから出てくださいっ! あ、あと服着てくださいっ! 相手は人間ですよ!」

「この人間がそういう男でないと最初に言っていたのはメアではなかったか?」

「そ、それは、そうですけど……と、とにかくセレネ様と人間には食事を用意したので、こっちのテーブルに来て済ませて下さい」

「ふふふ、可愛い嫉妬娘だ。しかしいつもの食事係が来ないという事は、他に妾に用事があるというのか?」

「はい。単刀直入に申し上げるとこの人間にセレネ様のシーサーペントを1匹譲って頂きたいと思い、ここに参りました」

「シーサーペント……なるほど、何か人間に入れ知恵をしたのはメア、貴様だったか。まぁいい、食事をしながら話を聞くとしよう」

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