メイド戦艦航海日誌
岩井喬
第1話【第一章】
【第一章】
ヒュン、ヒュン、ヒュン――。
多くの閃光が、勢いよく眼前に迫ってきては後方へと流れて去っていく。
実際に音がしているわけではない。この機体のAIが、光学情報から疑似音声を作製して俺に伝えているのだ。
もし音がしなかったら、何とも味気ない場になっていたことだろう。
音がするお陰で、旧世紀の戦闘機パイロットにでもなったような気分になれる。今は戦争なんて起きていないのだけれど。
俺はこの、コクピット内の感覚が好きだ。何と言っても臨場感がある。
この機体は宇宙戦艦の艦載機であり、現在母船と共に、外宇宙の資源惑星探索の任務に就いている。
「よしっ!」
もう少し増速しようと思い、フットペダルに力を込めようとした、その時だった。
《イサム! イサム・ウェーバー少尉!》
ヘルメット内に無線通信が響き渡る。俺は小さく舌打ちをした。
「何でしょうか、バリー・ハミルトン大尉?」
《飛ばしすぎだ! 展開宙域は、本船から前方百二十キロ以内だと言ったはずだぞ!》
「ここは小隕石の集密地帯です。念のため、できる限りの前方宙域を探査すべきと考えますが?」
《あんまり先行しすぎると、わざわざ回頭して戻ることになる。こっちの軌道調整が面倒なんだ。それに今は、僕がお前の上官だ。艦長命令だぞ!》
なんだ、自分が面倒を背負いたくないから命令しただけか。溜息を何とか堪えつつ、俺は『へいへい』と適当に応じた。
すると、向こうからも溜息が聞こえてくる。俺がきちんと『了解』と復唱しなかったせいか。
《とにかく戻ってくれ。次はローテーションで無人機を回す》
「分かりましたよ、っと」
俺は慣性航行をやめ、軽く逆噴射をかけた。
改めて前方に視線を戻す。遠距離レーダーを切ったので、今は真っ暗な空間が広がっている。いや、それだけではない。微かな恒星の輝きが、チリチリと網膜に写り込んでくる。
俺はバイザーを上げ、しばしその光景に見惚れた。
「……綺麗だな」
やがて、後方から接近警報が響いてきた。母船が追いついてきたらしい。
俺はこの艦載機――『ジェット・ブラスター』の操縦桿を手離し、母船――『スペース・ジェニシス』による遠隔操縦に機体を任せた。
※
《気圧調整完了、ハッチ解放します》
その機械音声を合図に、俺はコクピットの仕切りに手をかけ、勢いよく足を回して身体を宙に躍らせた。人工重力が発生するまでの間に、安全に足を床面につけておかなければならない。
艦載機のドックは、金属製の箱状になっている。
スペース・ジェニシスは、小型艦と言っても全長二百メートルの規模を誇る。だから、ドックも広大だ。
今ここには、ジェット・ブラスターの同型機がもう二機並んでいる。
こいつらはAI制御の周回機であり、俺の休息中に働いてくれる。鋭い二等辺三角形の形状に、灰褐色と銀色の混じったボディ。パイロットとしての贔屓目もあるかもしれないが、やはりカッコいいと思う。
それに対し、母艦であるスペース・ジェニシスの形状は厳つい。旧世代どころか旧旧世代の、海戦用の戦艦を連想させる。確か昔の日本のサブカルチャーに、そんな形の宇宙戦艦が活躍する話があったそうだが。
《ドック内、人工重力起動まで、五、四、三、二、一》
「おっと……」
ゆっくりと身体が床面に引き寄せられていく。転倒して頭部損傷、などという馬鹿げた事態は避けなければ。
ブーツの裏を床につき、軽く跳躍する。ふむ。重力は一Gに調整し終わったらしい。
俺はヘルメットを外し、思いっきりドック内の空気を吸い込んだ。狭いながらも、コクピット内よりは遥かに広大な空間の空気。俺にとって、この場での深呼吸は欠かせない。
オイルと金属臭さが混じり合い、あまりいい匂いがしているとは言えない。だが、慣れればこれはこれで落ち着きを覚えるものだ。
それに、今日は一段と甘い芳香剤のような香りが漂ってきて――ん? 芳香剤?
俺が違和感を覚えて、ゆっくりと視線を下げた。そこにいたのは、
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
「どわあっ⁉」
濃紺のワンピース。フリルのついた白いカチューシャ。同様にフリルの付いたエプロンドレス。メイドさんだ、メイドさん。紛れもなくメイドさんである。
目の前の彼女の特徴としては、髪型はブロンドのショートカットに、同系色のくりんとした瞳をしていることが挙げられる。
おまけに、何故かワンピースとエプロンの丈がやたらと短い。しかも純白のニーソックスを着用している。太もものあたり、いわゆる絶対領域を思いっきり見せつけられ、俺はそこから目を逸らせなくなった。
「どうかなさいましたか、ご主人様?」
俺の胸中のドギマギを知らずに、問いかけてくるメイドさん。
すると、突然はっとした様子で口元に手を当てた。
「もっ、申し訳ございません! まだ名乗っておりませんでした! お許しを!」
両手を握り締め、メイドさんは慌てて礼をする。するとちょうど、角度的に胸元を覗き込めるような角度になってしまった。
「ぶはっ!」
鮮血が舞った。俺の鼻血だ。
「ご、ご主人様⁉ いかがなさいましたか⁉ このユメハ、何か無礼を⁉」
ユメハ? そうか、彼女はユメハというのか。
俺は片手で鼻を押さえ、もう片方の手をぶんぶん振り回しながら考えた。
まず、ユメハは一体どこから現れたのか。この船は、最寄りのスペースコロニーから出航して丸一日が経過している。それに、そもそもこれは俺とバリーに与えられた任務だ。他の搭乗員がいるとは聞かされていない。
「きっ、君はどこにいたんだ? どうして、これは俺と艦長以外には知らされていない極秘任務で……」
すると、『はっ! ここ、これはやはり無礼を!』と言って深々と腰を折った。いや、だから!
「や、止めてくれ! 俺はまだ十七歳で、その、め、免疫がないんだ! 女性の胸とか!」
「え? 何を仰っておられるのですか?」
ぐいっと上半身を近づけてくるユメハ。迫る膨らみ、そして谷間。
「う、うわあああああああ!」
俺は後ろ向きにすっ転び、両足をジタバタさせた。再びの鼻血噴出を止めるべく、両手で鼻を押さえる。しかし、
「あ、きゃっ⁉」
「どわっ!」
俺の足に躓いたのか、ユメハは前のめりに倒れ込んできた。むぎゅう、と柔らかい何かに、俺は頭部を圧迫される。否、呑み込まれるといった方が適切か。
その正体が何だったのかは言うまでもない。
「むにゃ? どうしたのにゃ、ユメハ?」
「あっ、フィーネ! イサム様が突然倒れられて……」
「ってユメハ! お前血塗れだにゃ! まさか愛? 愛ゆえに? イサム様に刃を?」
「私はヤンデレじゃないわよ!」
ぼんやりとした視界の中に、ユメハとは別の人影が入ってきた。いや、人なのか? 頭から耳が生えているように見えるのだが……。
「お~い、イサム様~。聞こえていらっしゃいますかにゃ?」
『にゃ』って何だよ、『にゃ』って。
「ううむ、何か強い刺激を受けて、ショック状態でいらっしゃるご様子だにゃ。ユメハ、やはりお主、ご主人様を自分だけのものにしようと――」
「そんなことないってば! 断じて!」
「はっ!」
俺はようやく正気を取り戻した。視界が急に明確になり、先ほどの二人目の少女に焦点が定まった。
「あ、お気づきになられたご様子だにゃ。さあさあ、手を」
引っ張り上げられながら、俺はその少女をまじまじと見つめた。
背丈はユメハよりやや低い。彼女もまた短髪だが、色は金色に近い。目は碧眼で、典型的な西洋美少女といった風情だ。
ロングスカートだったことと、胸が強調されていなかったこと。この二点のお陰で、俺は落ち着きを取り戻した。
「あ、あんたは……?」
「申し遅れましたにゃ。ユメハと同じく、この船の搭乗員お二人をお世話すべく同行させていただくフィーネと申しますにゃ。担当は電子機器の点検及び、有事の際の機材の操縦ですにゃ」
「そ、そうなのか……。ところで、その耳って?」
「耳? ああ、猫耳ですにゃ。百五十年ほど前から地球に伝わる、オタク文化の一端でございますにゃ」
ぴょこぴょこと動く猫耳。ううむ、ネットでよく見かけてはいたが、まさか実物を拝む日が来るとは。
俺は脳みそをフル回転させ、状況を飲み込もうと試みた。その時、
「おおい! うっせぇぞ! こちとら電子回路の組み換え中なんだ、静かにしねえか!」
びくっ、と俺は肩を震わせた。見れば、ユメハもガタガタしている。
「まったく、ユメハはリュンを怖がりすぎだにゃ」
「だ、だって彼女、いっつも怒鳴ってばっかりだから……」
「リュン、ご主人様のお帰りにゃ、お前も挨拶くらいするにゃ~」
「んなこたぁ分かってるよ、ったく……」
すとん、と音がした。そちらを見遣ると、二機目のジェット・ブラスターの上に、もう一人の少女が立っていた。この重力下で、床を蹴って飛び乗ったのか? すごい脚力だな。
「で、あんたかい? あたいらのご主人様ってのは?」
「ああ、どうやらそうらしい」
「なぁんだ、はっきりしねぇなあ……」
リュンと呼ばれた少女は、男らしくがりがりと後頭部を掻いた。
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