嘘つき詩人の英雄応援歌(ヒーローズ・アンセム)

一矢射的

 

第一歌 オオカミ少年の詩

第1話

 そでからのぞく か細い指が楽器のげんをつまびくと、集まった聴衆たちは思い思いの表情で前奏に耳を傾けたのでございます。


 踊るように滑らかな弦さばきが村の広場へもたらすは、歴史を感じさせるおごそかで勇壮な竪琴たてごとの調べ。


 その音楽は聞き手である農民たちを退屈な日常から切り離し、たちどころに神話の戦場へと誘うのでした。やがて桃色の唇が緩やかに物語を紡ぎ出し、そのりんとした美声は丘のように巨大な怪物や、立ち向かう英雄の勇姿を顕現化ぐげんかさせました。

 次から次へと主人公に襲い掛かる苦難、また苦難。聞き手はその度に一喜一憂し、身を乗り出して続きをねだるのです。



 ―― 魔法の仮面を被りし少年は、いつしか星をも射落とす英雄となり、その名は広く世界に轟いた。悪が現れ、時代がそれを求める時、仮面の剣士は必ずや帰ってくる。今は忘れられた古のヒーロー、その名は……。



 そう、旅をしながら歌という娯楽を民衆にもたらす者、それが吟遊詩人と呼ばれる楽師なのです。


 主に歌うのは勇者たちの活躍を描いた英雄譚サーガ。今と違って他に楽しみは何にもないものですから。それはそれはどこへ行っても歓迎されるエンターテインメントだったのでしょう。


 されど楽しいひと時はすぐに終わりがやってくるものでございます。


 詩人の竪琴たてごとが最後の一音を弾き終わり、勇者が新たな旅立ちの時を迎えると ――あらゆる幻想は消え去り、そこはやっぱり辺鄙へんぴな田舎の村でしかないのでした。




 そして、吟遊詩人が帽子を脱いで演奏のお代を催促さいそくする仕草を見せた途端、先ほどまで酔いしれていたかに見えた聴衆たちが口うるさい批評家へと豹変ひょうへんしたのでございます。



「いいんだけどさぁ。ちょっと曲も内容も古臭いよねぇ」

「そうそう、神様の……仮面をかぶった英雄ぅ? 浮世離れしすぎてアタシにはどうもね。パン職人や洗濯女のうたなんてないのかね?」

「そりゃいい。やっぱ絵空事の活劇よりも、恋愛や仕事だよな。汗水たらした地道な努力こそが人生ってもんよ」

「まぁ、そういうわけだから。お代はこれくらいでいいよね?」



 なんということでしょう!

 農民たちが詩人の帽子に投げ込んだのは銅貨数枚だけではありませんか。


 顔を伏せた詩人は無表情なまま。

 されどそれをこころよく思わず、声を荒らげる者もこの広場には居たのでした。



「ちょっと待てよ! コラ! お前ら散々楽しませてもらったくせに、お金は出し渋るってのかよ。セコいんじゃないの、大人のくせに」



 叫んだのはまばゆい銀髪の持ち主でした。

 プラチナブロンドと呼ばれる髪質で、白髪の中に金色が混じって輝く銀色っぽく見せているのです。かといって老人ではありません。生まれつきそうなのです。

 そんな銀髪を短く切りそろえた少年。モミアゲだけは伸ばしてお下げを編んでいるのが何とも垢抜あかぬけけていましたが、顔つきはまだまだ子どものそれで背丈も小さいのでした。旅人がよく着るなめし皮の衣服に身を包み、狐のように鋭い目つきで聴衆を睨んでいました。

 村人たちはいぶかしげに彼を見つめました。



「なんだ見ない顔だな? よそ者のくせに文句があるのかい」

「おうよ! 楽しんだならキッチリお代を払ってやれよ。面白かったじゃないか」

「まぁ、アンタみたいなチビッ子には英雄譚えいゆうたんも良いだろうけどさ。でもね、アタシ等にはちょいと子どもだましなのさ。だいたい、勇者さまが世の中を救ってくれるというのならもうとっくにそんな人が現れていなきゃおかしいだろうに。少しは現実を御覧よ」

「な、なんだとーお前らー!」


「やめなよ」



 少年と村人が口論になりかけたその時、仲裁ちゅうさいに入ったのは他ならぬ吟遊詩人でした。その瞳はしっかりと少年だけを見据えていました。



「止めなよ。その人たちは何も料金を値切りたいから嘘をついているわけじゃない。私の曲がその程度の感動しか生まなかったというだけ。その心に嘘はない、残念だけどね」

「ほ、ホントかぁ? ケチつけてるだけじゃないのかぁ?」

「わかるよ、嘘じゃないと。だって私が嘘の専門家だもの」



 ぽつりと零れた思いがけない詩人の言葉に少年は固まってしまいました。

 そうして二人が話している間に、村人たちは「それ、今のうちだ」とばかりに散っていくのでした。


 少年があきれて肩をすくめる前で、詩人は委細いさい構わず小銭を革袋につめ竪琴を背に担ぐと帽子を被りなおしました。それは山部分のトップが丸くなったフェルトの帽子で、ツバにりがあって、私達がボーラーハットとか山高帽子とか呼ぶものに似ていました。色は切り株を覆うコケのように深みがある緑色。ピンクのリボンがかけられ、ワタリ(リボンの中心)の部分を四つ葉のクローバー型のバッジで留められているようでした。

 しかし、最も特徴的なのは後ろにピンと伸びた角状の飾りです。いえ、角状というより角そのものなのです。枝分かれした鹿の角が二本(邪魔にならないようカットされ、左右の長さは異なりますが)帽子の側面からニュッと生えているのです。

 随分と自己主張の激しい帽子なのでした。

 詩人が身につけたマントやズボンも全て緑か茶色系統の色、唯一マフラーだけが白と黒のシマシマで、森の自然に溶け込みそうな服装です。

 しかしながら、その服を着ているのは金髪碧眼へきがんの少女。恐らく少年が一番引き付けられた点を上げるなら、角飾りでも、竪琴の技量でもなく、猫のように挑発的な澄んだ瞳だったのでしょう。

 二人きりになった広場で、詩人の少女はニッコリと少年へ微笑みかけました。



「でも、味方をしてくれたのは嬉しかったよ。君きみ、名前はなんていうの?」

「ハービィ、仲間からはそう呼ばれてる。そっちは?」

「ライチ・ライ・バクスター、友達はライライって呼んでるよ、ハービィ」

「はは、ライライね。了解」



 ハービィは彼女の気を引けたことが嬉しくてすっかり舞い上がってしまい、その声はどこか上ずっていました。

 ですから直後に口をついた村人をおとしめるような発言もそこまで悪気があったわけではないのです。



「本当、アイツ等ケチだよなぁ。こんな時代だからこそ娯楽は大切なのに。夢と希望があるからこそ人は生きていけるんじゃないのかよ」

「ふふっ、よく言う。貴方自身は一オーラルだって入れなかったくせに」

「そこはホラ、出世払いって奴で頼むわ。この村には仕事で来てるからよ。たんまり稼いでアイツ等の百倍払うぜ、俺は」

「うーん、それもまぁ嘘じゃないようね、君は英雄たんが好きなの?」

「ああ! なんたって胸が熱くなるからな。俺もいつか歌に残るような英雄になるのが夢でさ、今の傭兵稼業かぎょうをやってるのも、その修行みたいなもんさ」

「あら? ふーん、貴方が傭兵?」

「怪物退治なら任せとけ、プロのダークハンター集団ストレンジャーズとは俺達のことよ。この村が獣人の野盗に狙われるという情報を聞きつけてさ。これから化け物どもとやり合おうってワケ」



 ライライは俄然がぜん興味を持ったように身を乗り出してきました。

 長いまつ毛にふちどられた大きな瞳がキラキラ輝いていました。



「それはいい、凄くいいよ。それ、私も見学させて欲しいかな~なんて」

「なんだよ、危ないんだからダメダメ。村人と一緒に避難しろって。知らなきゃ教えてやるから、聞いとけよ。村はずれの教会には秘密の地下室があってさ、緊急時には村民がそこへ隠れる事になってんだと。なんでも脱出用のトンネルまで掘られているらしい。いくらよそ者だって、アンタひとりぐらいなら入れるだろう?」

「んー、そんな勿体もったいないことしない、しない。だって凄く良いネタの匂いがするんだもの」

「ネタぁ?」

「そう、時代に合わない古臭い歌なんてダメ。こんな事いったら『森の民の歴史を何と心得る!』なんて母が怒りそうだけど。今の聴き手を喜ばせるには、今の時代に活躍する英雄の歌を広めないと。私は小銭を稼ぐだけの境遇に満足なんてしない。いつかは自分だけの詩を作って、世の中に感動を広めたいと思っているのよ。それには、広い世界を歩き回ってこの目と耳で生の感動を捕まえないとね。どこかに居るはずよ、今まさに羽ばたこうとしている英雄が!」



 たぎる情熱のまま、ライライは拳を震わせて力説しました。

 ハービィは赤くなったほおをかきながらボソッと応じたのです。



「いや、詩のネタといっても、俺はまだ雑用係で大した仕事できねーけど」



 ライライは何度か瞬きをしてから、失礼なことに腹を抱えて爆笑しだしたのです。



「キャハハハ! 君を見に行くと思ったの? 図々しい~おこちゃまのくせに。君の上役がどんな戦いぶりをするのか興味あっただけだよ」

「な、なんだよ! そうならそうとさぁ~始めからさぁ! 期待させんなよ」



 顔を真っ赤にしてそっぽを向くハービィ。

 まだ十五やそこらでしょうか。そんな多感な時期にある少年の肩に手をのせると、ライライは満面の笑みを浮かべながら言ってのけたのでした。



「でも、それでこそ主人公だよ。さすがだね」

「へ?」

「私が見込んだ物語の主人公に相応ふさわしい。いいよ、君。すごーく良い」



 そのとき詩人の目に宿った光は、好奇心や興味といった単語では言い表せないほどに純粋で深く、それゆえにゾッとさせる輝きを放っていました。

 死肉を目にした屍食鬼グールでも、これほどギラついた目などしてはいない事でしょう。ハービィは詩人に見込まれて感じたのは、嬉しさや照れよりも怖さだったのです。

 ハゲタカにまとわりつかれた怪我人の気分でした。



「本当に危ないから。この村は丸太のさくに囲まれているけど、そんなもん獣人は楽々と乗り越えてくるからな」



 ハービィは困ってしまいました。

 ライライの向こう見ずな考えを何とかしなければいけません。

 下手に首を突っ込まれたら「彼らの計画」にも差しさわります。

 けれど、躍起やっきなってハービィが説得しようとしてもライライの瞳は輝いたままなのでした。そうこうしている内に、ハービィの仲間が彼を探しにやってきました。

 えんじ色のバンダナを頭に巻いたカイゼル髭の男性でした。



「おい、銀髪の新入り。いつまでも詩人なんかと遊んでいるんじゃねぇ。飢え死にしたくないならしっかり仕事をしろ。食い扶持ぶちを減らすぞ」

「はーい、アレクの兄貴、すいません。すぐ行きます」



 詩人なんか、そう吐き捨てられてライライは口をとがらせました。



「どうせ、歌じゃお腹はふくれませんよーだ」

「悪ぃ、アレク兄貴は現実主義者だからよ。夢なんかみてんじゃねーっていつも叱られてんだ。それじゃあ、俺はもう行くぜ。見学なんて馬鹿な真似、しないでくれよ。どうなっても知らないぜ」



 最後まで釘を刺しながらハービィは去っていきました。

 しかし、上機嫌なライライの口角はそのままだったのです。











 二時間後、太陽が西のシャーウッドの大森林へと沈みかけた刻限のことでした。

 リトルマッジの村に警鐘けいしょうが鳴り響いたのです。この村は木こりとなめし革職人の集落なので、森からの恩恵に頼らざるを得ない一方、そこからの脅威には常時目を光らせていたのでした。


 

「獣人だぁ! 獣人が来たぞ! 獣人強盗団セリアンスローピーだぁ!」



 見張り台からの叫び声に村はいっとき騒然そうぜんとなりました。

 けれど、そのような事態に備え避難訓練は日頃から行われていたのです。それに、今回は村を守る傭兵部隊ストレンジャーズも出番を待ちかねているのです。


 村人たちは貴重品と非常食をたずさえて村はずれの教会へと急ぎました。

 そして当然ですがライライの姿はその中にありませんでした。


 人っ子ひとりとして居なくなった白昼の寒村、居るのは防衛戦を任された傭兵たちのみ。ですが、その様子はどこかおかしかったのです。

 まず武器がさやに納められたままです。ノロノロと兵たちが村の中を歩き回り、互いに顔を合わせてはニヤニヤと笑うだけ。とても戦に挑む男の態度ではありません。

 一方で村の入り口に視線を移せば、なんとこちらでは傭兵どもが勝手に落とし戸を開こうとしているではありませんか。えっちらおっちら、男たちが三人がかりでハンドルを回し、ようやく開いた村の門。そこからこうべを垂れて入ってきたのは、やけに覇気のない獣人たち。


 獣人というのは狼男のことです。全身が毛むくじゃらで、体は人間ですが頭は狼なのです。森の民が獣の皮を身につけ、魔法で変身した姿なのだと言われています。


 ですが村の門をくぐって入ってきたこの連中ときたら!

 遠目には獣人に見え、見張りヤグラの男もだまされてしまったのでしょう。

 けれども近くで見れば、単にかぶり物で変装をしただけの子どもなのは明らかでした。



「よぉーし、お前ら。よくやってくれたな」



 先程アレクと呼ばれたバンダナの男が偽獣人に話しかけました。

 すると先頭に立った子どもが狼の被り物を脱ぎながら応じるのでした。



「兄貴、こういうあくどい真似はこれっきりにした方がいいんじゃないかな?」



 オオカミマスクの下から現れたのはまばゆい銀髪と少年の仏頂面ぶっちょうづら

 そう英雄志願の少年、ハービィだったのです。


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