嘘つき詩人の英雄応援歌(ヒーローズ・アンセム)
一矢射的
第一歌 オオカミ少年の詩
第1話
踊るように滑らかな弦さばきが村の広場へもたらすは、歴史を感じさせる
その音楽は聞き手である農民たちを退屈な日常から切り離し、たちどころに神話の戦場へと誘うのでした。やがて桃色の唇が緩やかに物語を紡ぎ出し、その
次から次へと主人公に襲い掛かる苦難、また苦難。聞き手はその度に一喜一憂し、身を乗り出して続きをねだるのです。
―― 魔法の仮面を被りし少年は、いつしか星をも射落とす英雄となり、その名は広く世界に轟いた。悪が現れ、時代がそれを求める時、仮面の剣士は必ずや帰ってくる。今は忘れられた古のヒーロー、その名は……。
そう、旅をしながら歌という娯楽を民衆にもたらす者、それが吟遊詩人と呼ばれる楽師なのです。
主に歌うのは勇者たちの活躍を描いた
されど楽しいひと時はすぐに終わりがやってくるものでございます。
詩人の
そして、吟遊詩人が帽子を脱いで演奏のお代を
「いいんだけどさぁ。ちょっと曲も内容も古臭いよねぇ」
「そうそう、神様の……仮面をかぶった英雄ぅ? 浮世離れしすぎてアタシにはどうもね。パン職人や洗濯女の
「そりゃいい。やっぱ絵空事の活劇よりも、恋愛や仕事だよな。汗水たらした地道な努力こそが人生ってもんよ」
「まぁ、そういうわけだから。お代はこれくらいでいいよね?」
なんということでしょう!
農民たちが詩人の帽子に投げ込んだのは銅貨数枚だけではありませんか。
顔を伏せた詩人は無表情なまま。
されどそれを
「ちょっと待てよ! コラ! お前ら散々楽しませてもらったくせに、お金は出し渋るってのかよ。セコいんじゃないの、大人のくせに」
叫んだのは
プラチナブロンドと呼ばれる髪質で、白髪の中に金色が混じって輝く銀色っぽく見せているのです。かといって老人ではありません。生まれつきそうなのです。
そんな銀髪を短く切り
村人たちは
「なんだ見ない顔だな? よそ者のくせに文句があるのかい」
「おうよ! 楽しんだならキッチリお代を払ってやれよ。面白かったじゃないか」
「まぁ、アンタみたいなチビッ子には
「な、なんだとーお前らー!」
「やめなよ」
少年と村人が口論になりかけたその時、
「止めなよ。その人たちは何も料金を値切りたいから嘘をついているわけじゃない。私の曲がその程度の感動しか生まなかったというだけ。その心に嘘はない、残念だけどね」
「ほ、ホントかぁ? ケチつけてるだけじゃないのかぁ?」
「わかるよ、嘘じゃないと。だって私が嘘の専門家だもの」
ぽつりと零れた思いがけない詩人の言葉に少年は固まってしまいました。
そうして二人が話している間に、村人たちは「それ、今のうちだ」とばかりに散っていくのでした。
少年があきれて肩をすくめる前で、詩人は
しかし、最も特徴的なのは後ろにピンと伸びた角状の飾りです。いえ、角状というより角そのものなのです。枝分かれした鹿の角が二本(邪魔にならないようカットされ、左右の長さは異なりますが)帽子の側面からニュッと生えているのです。
随分と自己主張の激しい帽子なのでした。
詩人が身につけたマントやズボンも全て緑か茶色系統の色、唯一マフラーだけが白と黒のシマシマで、森の自然に溶け込みそうな服装です。
しかしながら、その服を着ているのは金髪
二人きりになった広場で、詩人の少女はニッコリと少年へ微笑みかけました。
「でも、味方をしてくれたのは嬉しかったよ。君きみ、名前はなんていうの?」
「ハービィ、仲間からはそう呼ばれてる。そっちは?」
「ライチ・ライ・バクスター、友達はライライって呼んでるよ、ハービィ」
「はは、ライライね。了解」
ハービィは彼女の気を引けたことが嬉しくてすっかり舞い上がってしまい、その声はどこか上ずっていました。
ですから直後に口をついた村人を
「本当、アイツ等ケチだよなぁ。こんな時代だからこそ娯楽は大切なのに。夢と希望があるからこそ人は生きていけるんじゃないのかよ」
「ふふっ、よく言う。貴方自身は一オーラルだって入れなかったくせに」
「そこはホラ、出世払いって奴で頼むわ。この村には仕事で来てるからよ。たんまり稼いでアイツ等の百倍払うぜ、俺は」
「うーん、それもまぁ嘘じゃないようね、君は英雄
「ああ! なんたって胸が熱くなるからな。俺もいつか歌に残るような英雄になるのが夢でさ、今の傭兵
「あら? ふーん、貴方が傭兵?」
「怪物退治なら任せとけ、プロのダークハンター集団ストレンジャーズとは俺達のことよ。この村が獣人の野盗に狙われるという情報を聞きつけてさ。これから化け物どもとやり合おうってワケ」
ライライは
長いまつ毛に
「それはいい、凄くいいよ。それ、私も見学させて欲しいかな~なんて」
「なんだよ、危ないんだからダメダメ。村人と一緒に避難しろって。知らなきゃ教えてやるから、聞いとけよ。村はずれの教会には秘密の地下室があってさ、緊急時には村民がそこへ隠れる事になってんだと。なんでも脱出用のトンネルまで掘られているらしい。いくらよそ者だって、アンタひとりぐらいなら入れるだろう?」
「んー、そんな
「ネタぁ?」
「そう、時代に合わない古臭い歌なんてダメ。こんな事いったら『森の民の歴史を何と心得る!』なんて母が怒りそうだけど。今の聴き手を喜ばせるには、今の時代に活躍する英雄の歌を広めないと。私は小銭を稼ぐだけの境遇に満足なんてしない。いつかは自分だけの詩を作って、世の中に感動を広めたいと思っているのよ。それには、広い世界を歩き回ってこの目と耳で生の感動を捕まえないとね。どこかに居るはずよ、今まさに羽ばたこうとしている英雄が!」
たぎる情熱のまま、ライライは拳を震わせて力説しました。
ハービィは赤くなった
「いや、詩のネタといっても、俺はまだ雑用係で大した仕事できねーけど」
ライライは何度か瞬きをしてから、失礼なことに腹を抱えて爆笑しだしたのです。
「キャハハハ! 君を見に行くと思ったの? 図々しい~おこちゃまのくせに。君の上役がどんな戦いぶりをするのか興味あっただけだよ」
「な、なんだよ! そうならそうとさぁ~始めからさぁ! 期待させんなよ」
顔を真っ赤にしてそっぽを向くハービィ。
まだ十五やそこらでしょうか。そんな多感な時期にある少年の肩に手をのせると、ライライは満面の笑みを浮かべながら言ってのけたのでした。
「でも、それでこそ主人公だよ。さすがだね」
「へ?」
「私が見込んだ物語の主人公に
そのとき詩人の目に宿った光は、好奇心や興味といった単語では言い表せないほどに純粋で深く、それゆえにゾッとさせる輝きを放っていました。
死肉を目にした
ハゲタカにまとわりつかれた怪我人の気分でした。
「本当に危ないから。この村は丸太の
ハービィは困ってしまいました。
ライライの向こう見ずな考えを何とかしなければいけません。
下手に首を突っ込まれたら「彼らの計画」にも差し
けれど、
えんじ色のバンダナを頭に巻いたカイゼル髭の男性でした。
「おい、銀髪の新入り。いつまでも詩人なんかと遊んでいるんじゃねぇ。飢え死にしたくないならしっかり仕事をしろ。食い
「はーい、アレクの兄貴、すいません。すぐ行きます」
詩人なんか、そう吐き捨てられてライライは口を
「どうせ、歌じゃお腹は
「悪ぃ、アレク兄貴は現実主義者だからよ。夢なんかみてんじゃねーっていつも叱られてんだ。それじゃあ、俺はもう行くぜ。見学なんて馬鹿な真似、しないでくれよ。どうなっても知らないぜ」
最後まで釘を刺しながらハービィは去っていきました。
しかし、上機嫌なライライの口角はそのままだったのです。
二時間後、太陽が西のシャーウッドの大森林へと沈みかけた刻限のことでした。
リトルマッジの村に
「獣人だぁ! 獣人が来たぞ! 獣人強盗団セリアンスローピーだぁ!」
見張り台からの叫び声に村はいっとき
けれど、そのような事態に備え避難訓練は日頃から行われていたのです。それに、今回は村を守る傭兵部隊ストレンジャーズも出番を待ちかねているのです。
村人たちは貴重品と非常食を
そして当然ですがライライの姿はその中にありませんでした。
人っ子ひとりとして居なくなった白昼の寒村、居るのは防衛戦を任された傭兵たちのみ。ですが、その様子はどこかおかしかったのです。
まず武器が
一方で村の入り口に視線を移せば、なんとこちらでは傭兵どもが勝手に落とし戸を開こうとしているではありませんか。えっちらおっちら、男たちが三人がかりでハンドルを回し、ようやく開いた村の門。そこからこうべを垂れて入ってきたのは、やけに覇気のない獣人たち。
獣人というのは狼男のことです。全身が毛むくじゃらで、体は人間ですが頭は狼なのです。森の民が獣の皮を身につけ、魔法で変身した姿なのだと言われています。
ですが村の門をくぐって入ってきたこの連中ときたら!
遠目には獣人に見え、見張りヤグラの男も
けれども近くで見れば、単に
「よぉーし、お前ら。よくやってくれたな」
先程アレクと呼ばれたバンダナの男が偽獣人に話しかけました。
すると先頭に立った子どもが狼の被り物を脱ぎながら応じるのでした。
「兄貴、こういうあくどい真似はこれっきりにした方がいいんじゃないかな?」
オオカミマスクの下から現れたのは
そう英雄志願の少年、ハービィだったのです。
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