第30話 王への懇願(1)

数日後、わたしはお父様へ謁見の予約をした。

襲撃について、そして王弟一家についての新たな情報があると伝えれば、謁見の日時はすぐに決まった。お父様とお母様に、一度家族でゆっくり話そうと誘われたが、それほどの余裕はわたしには無い。

処刑日まで、日がないのだ。

わたしは謁見の間の前に立ち、大きく息を吸った。

いよいよだ――。

そう思うと、息も苦しくなってくる。何より、謁見の間はディウラートの処刑を知らされたトラウマがある場所。何もしなくても、勝手に心臓が暴れだす。

意を決し、わたしは謁見の間へ足を踏み入れた。

お父様とお母様、近衛騎士団長に宰相が、一斉にこちらを見た。

既に決定している罪状を左右しかねないことから、襲撃直後の謁見には同席していなかった宰相も、今回は同席している。

それでも人が極端に少ないのは、そうして欲しいとのわたしの申し入れを、受け入れてくれたからだろう。

わたしは前へ進み出ると、静かにその場に膝をついた。

頭を垂れ、最も格式高い礼法を取る。

一瞬にしてその場が緊張に包まれたのがわかる。空気が、視線が、全身を刺し貫くかのようだ。

わたしはゆっくりと瞳を閉じて息を吸うと、瞼を上げて一点を見据えた。

「アレクシス国王陛下、ユーデリア王妃殿下、アルヴェン近衛騎士団長、ラインフェルト宰相。この場を設けて下さいました事、心より感謝申し上げます」

ひとりひとりの名を呼んで目を合わせていくと、わたしはさらに体勢を低くした。

この場がどれ程重要な場か印象付けるためであり、素直な感謝の心のあらわれでもあった。

「既にお伝えしました通り、この場でお話させて頂きます事柄から、王弟一家への処罰について、お考え直し下さいますよう、お願い申し上げます。また、秘匿とすべき内容も含まれておりますので、その事柄について以後どのようになさるかも、お決め頂きたく思います」

わたしは、毅然とした態度を崩さぬよう、淡々とそう述べた。

頭を下げているために、今は誰の顔色もうかがう事はできない。

わたしは呼吸を整えながら、声を掛けられるの待った。

「考え直す必要があると判断すれば、勿論そのようにしようと思っている。何より、王女である其方からの情報故、重要なものとして慎重に扱うつもりだ」

お父様の言葉に、ほっと息をつく。

「ありがとうございます」

わたしが言うと、お父様は僅かに頷いて促した。

「ああ。では、早速話を聞かせてもらおう」

その言葉を受け、宰相がすかさず問いかけて来た。

「して、王女様は王弟一家の処罰を、どのように変えたいとお思いですか?」

皆が一番、気になっている所だろう。

わたしとて多くを望もうとは思わないが、しかし――。

考えながら、慎重に口を開いた。

「そうですね……。わたくしの一番の希望は、ディウラートの死刑回避です。けれど本心としては、彼の無罪と、王家での彼の保護を望みます」

ふっ、と。重い息を落とすように、場の空気が重量を増す。

お父様が、表情を厳しくした。

「……無罪?その上、保護を望むのか」

「はい」

「それは不可能だ。病弱とはいえ、事件に関わっているかも知れないのだぞ?関わっていないにしろ、家族の復讐のため、どのような行動に出るやも知れん。それを防ぐため、一族全員を処罰するのが通例だと、其方も知っているであろう?」

身体にのし掛かってくる重たさに屈しないよう、わたしは背筋を伸ばした。

「ええ、存じております。けれどもし、ディウラートにその可能性が全く無かったら、どう致しますか?それどころか、彼もわたくしと同じように、王弟一家の被害者だったら?保護するべき正当な理由があったら……?」

「何?」

お父様は、訝しむように眉をひそめる。

「王女様、それはどういう意味ですか?ディウラート様に関しては、記録どころか、まるで存在しないかのように何の手掛かりもない。そんな彼について、情報があると仰る?」

宰相が、やや前のめりになった。

彼らには、ディウラートの情報が大きく欠落している。

そしてその事実に気付き、ディウラートに興味を持ってその情報を集めようとしているのが、宰相だと聞き知っている。

「ええ、勿論です。わたくしは以前より、ディウラートとの交流を持っていました。そして今回の事件で、彼はわたくしに襲撃を知らせてくれました。セルバーの命を助けた密告者は、ディウラートなのです」

穏やかに微笑み、わたしは声高らかに主張した。

その言葉に、四人ともが驚愕の表情を浮かべる。

わたしはすかさず、側に控えさせていたエマとリュークを振り返る。二人は頷き、エマがしずしずと前へ進み出た。

「こちらがマリエラ王女の元に届いた、ディウラート様からの密告書でございます」

お父様は一度こちらを見ると、わたしが頷くのを確認して手紙に目を通した。

四人は順に手紙にまわして行き、最後に目を通した騎士団長が、手紙の汚れを指でなぞって顔をしかめた。

「……王女、この血痕は?」

無意識に噛んでいた唇を、ゆっくりと開ける。

「ディウラートのものです」

ざわりと、室内が驚きに染まっていく。

わたしは手の甲をきつく握り、ゆったりと顔に笑みの形を浮かべた。

わたしはまず、改めてあの離宮が王弟所有の建物である事をお父様に確認する。

使われていないと言えど、管理者が必要だ。そこに名乗りをあげたのが、王弟だったそうだ。

「その離宮に、ディウラートは産まれた時から幽閉されております。犯罪者を縛る、手枷の腕輪をはめられて……」

どこからか、ひゅっ、と喉の鳴る音が聞こえてきた。

わたしは更に、彼が病弱であるという王弟一家の主張を否定した。また、彼が教えてくれた生い立ち、彼が虐待を受けていること、彼の身体中に刻まれた傷痕などについて話す。

皆の顔が、徐々に凍り付いて行った。

「まさか、そんなはずは……」

お父様が顔を青くして力なく首を振った。実弟であるイルハルドの所業に、心底驚いている様子だった。

「それを事実と証明できる何かが必要です。証言だけでは判断しかねる……」

「確かに、その通りです。それに、虐待の有無だけでは、彼が密告者だとは分かりかねます」

宰相と騎士団長がそう申し出た。

わたしは頷くと、ある人物の入室許可を求める。

「セルバーの入室を、許可頂けますか?彼が全てを証明してくれるでしょう」

「……許可しよう」

この事件の被害者であるという点も配慮し、お父様が許可を出して下さった。

まだ完治していないその姿は痛々しいけれど、セルバー自身がこの場に立ちたいと言ってくれたのだ。

「この度の事件に置いて、私は被害者です。けれどこの場では、占師として証言させて頂きたく思います。もし密告がなく、何の準備もない状態で襲われていたなら……私は命を落としていたでしょう。密告者について、占わせて頂きたいのです」

セルバーの真剣な眼差しに圧倒されるように、占いの許しが出た。もとより占師の中でも屈指の実力を持つ彼なので、確かな情報が得られるという思いもあるだろう。

今回行う占いは、占師が占いによって知り得たものを、映像として他者にも見えるようにするという高度なものだ。

展開した魔法陣の中心に立ったセルバーが、仄かに光を纏う。

呪文が唱えられる度に光の粒子が宙を舞い、やがて映像を映し出した。

そこに映し出しされたのは、わたしでさえ見たことのなかった、ディウラートの痛ましい姿だった。

暴言を吐きディウラートを足蹴にするゼウン。

目に余る酷すぎる暴力を振るうウォルリーカ。

無理矢理ディウラートから奪った魔力を手に口角を歪に吊り上げるイルハルド――。

ディウラートは全身に傷を作って出血し、何度も倒れ込んだ。

顔には血の気がなく、表情は無に近い。まるで、人形の様だ。

永遠と繰り返される映像は、幾度となく、何年もの間ディウラートが受けてきた、酷すぎる仕打ちをわたしたちに教えてくれた。

そして最後に映し出されたのは、わたしへ宛てた手紙を息も絶え絶え書く、ディウラートの姿だった。

占が終わると、途端に沈黙が降りた。

セルバーは万全でない状態で多くの魔力を使用したため、体調を崩して早々に退室して行った。

けれど最後に。

「どうかディウラート様に。我が命の恩人に。慈悲ある判断をおくだし下さいますよう、お願い申し上げます」

そう言って、セルバーはお父様を見据えていた。

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