第22話 お茶会

「マリエラ様、どうかなさいましたか?心ここにあらず、といった様子ですが……」

セルバーの問いに、わたしはどう答えようかとしばし考えをめぐらせた。

わたしは今、セルバーの主催するお茶会に参加している。

学院では、昼の空いた時間や放課後、休日などに、教師が生徒を招いてお茶会を開くことがある。

勿論、情報収集や交流のために行われる生徒間でのお茶会も多くあるのだが、教師に招かれるそれは他と一線を画している。

教師たちが、優秀な生徒や気に入りの生徒ばかりを集めて開くお茶は、招かれるだけでも極めて光栄なことと周知されていた。

成人直後のセルバーだが、首席として学院を卒業した傍系王族だ。

彼からお茶会の誘いを受けた生徒は、わたしを含めて皆喜んで参加している。

「いえ、申し訳ありません。何でもありませんわ、セルバー先生。少し考えごとをしていただけです」

わたしは誤魔化すように曖昧な返事をして、お茶をひと口飲んだ。

訝しんでこちらを見るセルバーや他の生徒に別の話題をふって意識をそらしつつ、わたしは先日のノーラ先生との報告会を思い出していた。

光の印の正体を探るべくノーラ先生に相談し、見事協力を得られたのは、少し前のこと。

わたしたちは定期的な報告会を設けて、互いの進捗具合を報告しあうことにした。

それでも、なかなかわたしの予想を確証へと変えられるものは見付からず、もどかしい思いをしている。

「ところで。マリエラ様は最近、放課後に楽しみができたとうかがいましたが、何を楽しんでおられるのですか?」

わたしと同じようにセルバーに招かれていた生徒の一人が、興味深そうに聞いてくる。

確かに最近、放課後に楽しみにしていることがある。

けれどそれは、話すことのできない秘密だ。

側仕えとしてこのお茶会に参加しているブローシスたちも、後ろに控えた状態で聞き耳をたてている。

放課後を待ち遠しくしているわたしの様子を知っていても、その理由は知らないからだ。

わたしはにこりと笑ってみせる。

「こうしてセルバー先生にお招き頂き、皆様とお茶をしながら会話を弾ませることが、わたくしの楽しみですよ」

「まあ、マリエラ様ったら。お上手ですこと」

「そのように言っていただけて嬉しいです」

軽やかな笑い声につつまれ、場の空気も華やぐ。

セルバーも、微笑ましそうにこちらを見た。

「マリエラ様は実に優秀で、私としても教えがいがあります。そんなマリエラ様と、こうして意見を交わせることができ、私も嬉しく思っていますよ」

「ありがとうございます。セルバー先生」

わたしとセルバーの会話に、一部の女生徒が楽しげに小さな悲鳴をあげる。

「マリエラ様とセルバー先生は、本当に仲がよろしいのですね。もしや、あの噂は本当なのですか?」

「もとはゼウン様とお噂があった、婚約のお話でしょう?わたくしも、気になっていましたの」

きゃあきゃあと騒ぐ生徒たちに、わたしとセルバーは思わず顔を見合わせた。

なんと。すでにここまで噂が広がっているとは、思いもしなかった。

婚約の事は、近しい者やブローシスたちには伝えていたが、周知している訳ではないはずだ。

「ま、マリエラ様……」

控えていたラーシェが、気遣わしげに声をかけてくる。

興味津々な隣席の生徒がこちらへ体を向けてくるのを、クリスタが一歩踏み出して制した。

「あら、マリエラ様。カップが空いておられますね。お茶をおつぎいたしますか?」

アデラがおっとりと微笑みながら、わざとその場に居る全員に聞こえるようにそう言った。

わたしがお茶の追加を求めなければ、ここで退席するという意味になる。

お茶会の途中退席は気分を害したことによるものと相場が決まっているので、王女であるわたしの退席は、とても外聞が悪い。

アデラは暗に、これ以上の言及でわたしを煩わせるのなら、この場に居る全員の名に傷が付くことになると脅しているのだ。

「……」

はっとしたように誰もが黙りこんだ。皆、どうなることかと息をのんでいる。

セルバーは、肩をすくめる仕草をして見せてきた。

「ええ、頂きますわ。アデラ、よろしくお願いしますね」

「かしこまりました」

作為を感じさせない笑顔でやり取りをしたわたしとアデラに、皆ほっとしたように力を抜いた。

「そういえば」

セルバーが気を取り直すように口を開いた。

と、その時。

部屋の扉が大きく開かれ、お茶会に招かれていないはずの何人もの生徒が入室してきた。

その先頭に居たるのは、ゼウンだ。

「……おや、ゼウン様。お茶会にお招きした覚えはないのですが、いかがなさいましたか?」

動揺を隠した笑顔で、セルバーがゼウンに問いかけた。

わたしは、もはや呆れてものが言えない。

卒業できず留年したゼウンが、よく恥ずかしげもなく同年ですでに教師となっているセルバーの前に立てるものだ。

嫌悪の眼差しを向けると、なぜかゼウンは笑顔を返してきた。

お茶会への乱入は勿論ご法度だ。

特に、傍系王族の教師が開いた王女の参加するお茶会などは、参加者でも緊張から発言を躊躇うほどなのだ。乱入など論外である。

お茶会の参加者やそのブローシスたち全員から冷めきった目で見られていることに、気が付いていないのだろう。

ゼウンは堂々とした足取りで、わたしたちの方へ向かって来た。

「招いていないから何だ?私はマリエラの婚約者なのだ。招かれずとも、同席するのが当たり前だろう?そもそも、お前ごときが私に口答えをしてもいいと思っているのか、セルバー?なんと無礼な」

セルバーを見下し、ゼウンが横暴に言う。

普段なら通じる言い分だが、残念ながらここは学院だ。

「あら、無礼なのはどちらでしょうか?ゼウン、この場において最も立場が上なのは、誰でしょう」

わたしの質問に、ゼウンはふんと鼻を鳴らした。

「そのようなことは決まっている。王女であるマリエラと、その婚約者である私だ」

わたしはにこりと笑って、得意気なゼウンの言い分を一蹴した。

「残念ながら、不正解です。貴方はわたくしの婚約者ではないし、この場において最も立場が上なのは、教師であるセルバー先生ですわ。この魔術学院では、その生まれや立場に関係なく一様に、生徒は教師のもとに教えを乞い、知識と技術をご教授いただく立場にあります。故に、相手がたとえ王族であっても、教師の方が高い立場にありますのよ?」

「その通りでございます。ゼウン様、私は教師としての立場から、貴殿に退室を命じます」

セルバーも、毅然とした態度でゼウンに言う。ゼウンは悔しげな表情でこちらを睨んだ。

「馬鹿を言うな!お前の命令など聞く訳がなかろう!ブローシスさえまともに付けられないお前たちなど怖くはないぞ!いつも五人程度しかブローシスを付けられないような王族の不適合者どもめ!」

そう吠えるゼウンに、この場にいる一同がため息を付いて呆れ顔でゼウンを見た。

ゼウンと共にぞろぞろと入室してきたこの生徒たちは、やはり全員が彼のブローシスのようだ。

さすが、非常識が服を着て歩いているような人物だ。ブローシスの存在意義も扱い方もわかっていない。

苦し紛れにも程がある、ひどい言い分だ。

「ブローシスの人数を権力の象徴と勘違いなさっているようですが、それの考えは間違っていましてよ?ブローシスとは、真に力があり信頼を置けるものたちと、未来を共に歩む者としての絆を強めるための制度。主とブローシスは互いに高め支えあい、それぞれの立場に相応しい身の振り方を学んで行くのです。いたずらに人数ばかり多くても、何の意味も成しませんわ」

「低能そうなブローシスばかりを集めて、何を言うか。私のように、より多くのブローシスを率いてこそが、この国の未来の君主として相応しい姿だ」

今聞こえたのは、幻聴だろうか?

わたしのブローシスたちが、低能?ゼウンが、未来の君主ですって?

冗談ではない。

わたしのブローシスたちは、皆わたし自らが才能を見いだした少数精鋭のブローシスだ。

ゼウンのブローシスの半分ほども居ないが、それはそのような人数が必要ないほど、個々が才能に溢れた優秀なブローシスである証拠。

そして、ゼウンがこの国の未来の君主となることは決してない。

わたしと婚約すれば君主の座を奪えるなどと思っているようだが、ゼウンに奪われるほど落ちぶれてはいないし、そもそも婚約もしない。

あまりの怒りに震えそうになるのをぐっと耐え、とびきりの笑顔でゼウンを見つめる。

おそらく、今のわたしは相当ひどい顔をしているのだろう。

セルバーが顔をひきつらせ、すぐ近くに居るテレーシアが息をのむ音が聞こえた。

目の前のゼウンは、いたっていつも通りだが。

「この国の未来の君主、ですか……。うふふ。そのために長年学院に身を置き、貴族としての威厳を高めているとでも言うのでしょうか?確かに、多くのブローシスを侍らせていてとても存在感がおありでしてよ。けれど、その態度は改めるべきなのではなくて?わたくしは、決して貴方とは婚約をいたしませんし、わたくしのブローシスたちは、皆とても優秀ですのよ?ゼウンもわたくしのブローシスとなれば、この子達の優秀さを肌で感じることができるでしょうね」

わたしは、ブローシスを馬鹿にされた怒りを滲ませた笑顔でゼウンへそう言い返した。

ディウラートが義母と異母兄に虐待を受けていると言っていたことから、ゼウンへの嫌悪感が一気に増している。

語気が強くなっても、仕方がないというものだ。

留年しているにも関わらず、恥も知らずにおかしな人数を侍らせて悪目立ちをするなんて、正気の沙汰ではない。

わたしの方が上位である以上、ゼウンをわたしのブローシスとして下らせることも可能だ。

それが嫌なら、わたしの優秀なブローシスたちへの侮辱を詫び、お茶会を台無しにしたこともセルバーとお茶会の参加者全員に詫びて、立ち去りなさい。

と、遠回し言ったのだが。さて、どこまでゼウンに伝わっただろうか。

ゼウンは怒りに震えながら、声を荒らげた。

「わ、私をブローシスにしようとは……!態度を改めるべきはお前の方だ!」

騒ぎ立てるゼウンに、彼のブローシスたちも声をあげて応援にくわわる。うるささ倍増だ。

普通のブローシスなら、これ以上の失態を主に演じさせないよう、助言をしたりするものなのだけれど。

ほら、お茶会に参加している生徒たちは皆引いている。

セルバーなど、愛想笑いが抜け落ちて完全に冷えきった目になっている。

ゼウンがわたしに近づこうと一歩踏み出て、瞬間、誰もがぎょっとしたようにゼウンを見た。

すっ、と騎士コースのクリスタとリオルがわたしを庇うように前へ進み出る。

さすがわたしのブローシス、仕事ができる。

他の三人も、守るようにわたしを囲んで立った。

「それ以上の雑言はお控え下さい。ゼウン様」

「お言葉を慎まれますようお願い致します」

クリスタとリオルが、ゼウンたちへの苦言を呈する。

「マリエラ様のお耳汚しをしないで下さいませ」

「王家への不敬にあたります。身分をわきまえていただきたい」

アデラが言い、ラーシェもおどおどしている普段からは想像のつかない堂々とした態度でそう言った。

テレーシアは、勝ち気な表情を浮かべてゼウンを見据えた。

「マリエラ様への罵詈雑言、この魔術道具に録音させていただきました。国王陛下がお聞きになれば、どのように思われるでしょうか。聡いゼウン様ならば、お分かりになるはずです。この場を引いていただければ、録音は消して差し上げます。どうなさいますか?」

ぴしゃりと静かになり、空気が凍りつく。

この場にいる全員が、ことの成り行きを見守っている。

テレーシアの機転に、わたしも感心した。

今テレーシアは、録音の魔術道具なんて持っていない。

確かに形は似ているけれど、全く別の魔術道具を見せて、テレーシアが笑う。

「さあ。どうなさいますか、ゼウン?」

追い討ちをかけるように微笑んで見せると、ゼウンは慌てた様子でブローシスたちを見る。

本当に信頼関係を築けているのなら、皆助けに入るはずだ。

だが、ゼウンのブローシスたちは皆黙りこくって明後日の方向を見ている。

「おや、孤立無援のようですね。では、ゼウン様。再度退室を命じます」

セルバーが爽やかな笑顔で言い捨て、ゼウンは顔を歪ませた。

「母上に言いつけてやるからな!」

大声で叫んだ後、ゼウンはそそくさと去っていった。捨て台詞のなんと幼稚なことだろう。

せっかくのお茶会が台無しだ。

一方、ブローシスたちがほっとしたように息をつく。

「皆様。わたくしを庇って下さり、ありがとうございます。彼方に非があるとはいえ、傍系王家の者へ物申すのは、勇気が必要だったでしょう?よく頑張って下さいましたね」

労いの言葉をかけると、皆一様に笑顔になる。

「マリエラ様のためですもの。当たり前ですわ」

「マリエラ様をお守りするのが、我らの使命ですので」

どこか得意そうに口々に言うブローシスたちに、わたしはつい頬が緩む。

一人ひとりを誉めてあげれば、得意そうな顔を返してくる姿が可愛らしい。

「マリエラ様、そしてそのブローシスの皆。この場をおさめて頂き、感謝致します。他の皆にも、迷惑をかけてしまいましたね」

セルバーが眉をさげた。

教師でありお茶会の主催者でもあるため、乱入騒ぎの責任は彼にとわれるのだ。

「謝らないで下さいませ。セルバー先生」

「先生に非はありませんわ」

生徒たちは口々にセルバーに励ましの言葉をかけた。

先程のゼウンとは違い、人望のある証拠だ。

「マリエラ様、ご気分を害されましたでしょう?大丈夫ですか?」

普段の社交の場でもよく会う顔見知りの上流貴族の令嬢を中心に、多くの生徒が気遣わしげに声をかけてくれる。

「ご心配ありがとうございます。わたくしなら平気ですわ。さあ、お茶会を仕切り直しませんか?」

わたしはひとつ手を打ちならすと、笑顔でそう口にした。

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