第10話 王弟一家とのお茶会(2)
あらためて腰を落ち着けると、すぐにお茶と茶菓子が運ばれてくる。
お茶はとても香りがよく、茶菓子は目にも鮮やかだ。
お茶会がはじまってしまえば、男性陣の話題はもっぱら国の政だ。
先程まで無口だったイルハルドが、政についてお父様と熱心に話し込んでいる。
わたしはというと、お母様と共にゼウンやウォルリーカの相手だ。
うわべだけは和やかに、話が進んでいく。
わたしは、お母様とウォルリーカの会話にまざりたくないと心底思いつつも、会話にまざる。
美味しいはずのお茶の味が全くわからない。何にも気付かずぺらぺらとよくしゃべるゼウンに苛立つ。
「そういえば、婚約者探しは順調ですの?いいお相手は見つかりまして?」
ウォルリーカが、微笑みながらそう問いかけてきた。
息子を王女の夫の座に据えたい彼女だ。探りを入れてくることは想定済みだが、こうも露骨に質問されるとは思ってもみなかった。
わたしは驚きつつも答える。
「わざわざ、叔母様に話すような事ではないように思うのですけれど……?そうですね、順調ですよ」
ここで正直に言う必要はない。
わたしはさも順調に事が進んでいるように、余裕な表情を作って見せた。
「そう。それは良うございましたね」
ウォルリーカも、明るく笑いながらそう頷いた。
わたしは首を傾げる。あら、良いの?
ちらりとゼウンを見やれば、彼は不満を隠さない顔でこちらを見ていた。
「いい訳がないでしょう、母上!マリエラの婚約者は私だ!」
声を荒らげるゼウンとは対照的に、ウォルリーカは笑顔を崩さない。
「落ち着きなさいなゼウン。わたくしの可愛い息子に敵う者など、何処に居ると言うのです?王女は結局、貴方を選ぶことになるのですから、ゆっくり待っていればいいのです」
ウォルリーカは平然とそう言ってのけた。
わたしがゼウンを選ぶと、本気で思っているのだろうか?
口を開きかけたわたしより先に、お母様が尋ねていた。
「マリエラがゼウンを選ぶという確証があるのですか?」
お母様が、おっとりと、けれど冷めた笑顔で、二人を見やった。
ウォルリーカは微動だにしない。
「確証?ふふっ。わたくしは、当たり前のことを言ったにすぎませんわ」
馬鹿にしたように笑って、ウォルリーカは言う。
「ゼウンには、全てが揃っているのですもの。次期国王の夫に選ばれて当然ですわ。この子以外が、その立場に立っていいはずがありません」
「……全てが、揃っている?」
お母様の声がにこやかに聞き返し、ウォルリーカは答える。
「ええ。地位も、権力も、魔力も、才能もあります。それに、人の上に立つ者としての器も持ち合わせておりますわ。全てが揃っていると言っても、過言ではありません。年頃にもなってお戯ればかりを楽しんでおられる王女様には、勿体ないほど優秀でしてよ。王女様は、もう少しお立場に相応しい立ち振舞いをなさってはいかがです?品位を疑われましてよ?」
笑顔でウォルリーカが言う。
ゼウンへの評価に首を傾げる前に、激しい怒りがわたしを襲う。
殿方を誑かす遊び人で、王女の地位に相応しくない人間だと言われたのだ。笑顔こそ保ってはいるが、怒りの沸点はとおに超えている。
感情のままに言い返せば、少しはすっきりするかもしれない。だが、それこそ王女としての品位を疑われてしまう。
わたしは心の中で文句を垂れながら、感情を鎮めようと努めた。
品位を疑われるようなことをいつもしているのは貴女の息子でしょうに、よく言えたこと。
一方お母様はというと、さすが穏やかな笑顔を崩さない。
あくまで楽しげに、会話を楽しんでいるふうを装っている。
「うふふ。ウォルリーカにとってゼウンは、自慢の息子ですのね」
「勿論ですわ。魔術学院の成績だけが取り柄の王女様とは違うのですよ」
お母様が何も言わないことをいいことに、ウォルリーカはこれ見よがしにわたしを見て言う。
言い返したいのはやまやまなのだが、お母様に視線で止められ、我慢する。
ここはお母様に任せよう。反撃開始だ。
「あら、貴女にはマリエラがそう見えているのですか?わたくしにとっては、誰よりも努力家な自慢の娘なのだけれど……。確かに、不出来な面もありますから、そう評価されても仕方がないわ」
お母様は、わたしを見て言った。
その言葉を、ウォルリーカとゼウンは面白そうに頷きながら聞いている。
わたしだけは、全く面白くはなかったけれど。
「マリエラは王族の業務の多くをこなしてくれていますが、まだ不馴れな所もございますもの。新たな政策を成功させましたが、陛下の助言があってこそですし。魔術学院では、首席として卒業したセルバーを上回る成績を得ていますが、貴女の息子であるゼウンのように、通常より一年長く学院に留まってまで、学を深めようとはしませんからね。そう思うと、貴女の息子は本当に、よくできていますね」
おっとりと微笑んで、お母様はウォルリーカとゼウンを見回した。
二人が、あからさまに表情を固くしたのがわかる。
「お、お褒めにあずかり光栄ですわ」
おほほ、と乾いた声でウォルリーカが笑って礼を述べた。
表情を取り繕う余裕のあるウォルリーカと違い、ゼウンは挙動不審に目を泳がせている。
ゼウンが魔術学院創立以来はじめての留年者になるという醜態をさらしたことは、まだ記憶に新しい。
それを言及されたのだから、さぞ居心地が悪いだろう。
貴族は、学院卒業と同時に成人を迎え、仕事を始める。
成人を迎えてなお学院に留まり、未成年に混じって教育を受け直すことは、それだけで大きな恥であり、異例中の異例なのだ。
それに加え、ゼウンはセルバーと同年で、わたしより三つ歳上の十九歳だ。
二人とも傍系王族で同年であることからよく比較されるのだが、優秀なセルバーと問題児のゼウンでは、比べようもない。
首席として学院を卒業するほどの実力を持つセルバーと比べられるのだから、ゼウンの不出来さがより誇張されて露呈する形となるのは必然で、これはもう不幸としか言い様がなかった。
「マリエラが王女として不足であると思われてしまうのであれば、残念だけれど、受け入れなければなりませんわ。皆の手本とならなければならない王族が、反面教師となるなんて、冗談ではすまされませんものね?」
困ったわ、とお母様が頬に手を当てて眉を下げ、同意を求めるようにウォルリーカを見やった。
さも優秀さを褒め称える口調で、遠回しに自分たちのことを責められるのだから、二人にとってはたまったものではないだろう。
「優秀すぎて、マリエラとゼウンとでは釣り合いが取れませんもの。ゼウンとの婚約の可能性は無くなってしまいましたね。せめて、セルバーが婚約者として立ってくれれば良いのですけれど」
不安そうな顔を作ったお母様に、ねぇ?と声をかけられ、わたしは慌てて頷いた。
「そうですね……。ゼウン兄様の妻となれる自信が、わたくしにはありませんもの」
残念がる様子を見せて言えば、ウォルリーカは歯噛みする。
先程まで会話の優位に立ってわたしを貶めていたのが、気が付けば立場が逆転しているのだ。
不出来なゼウンには、王女の婚約者が務まるはずがないと、王妃であるお母様に言い切られたこの状況に、焦りを感じているようだ。
だが、ここで言い返すには、幾分部が悪いだろう。
顔色の悪いウォルリーカとゼウンとは対照的に、さすがお母様!と、わたしは心の中で盛大な拍手を送った。
「そんなことは、ございませんわ。我が息子も、ま、まだ至らぬところがございますもの。王女の婚約者を、セルバーに決めてしまわれるのは、その、時期尚早なのでは、ありませんか?」
言葉を不自然にと切らせながら、ウォルリーカはひきつった笑みを浮かべた。
あくまでも、ゼウンは優秀だという主張を曲げない。
そこへわたしは、微笑みかける。
「あら、そうかしら?叔母様のお話を聞いていて、ゼウン兄様がどれほどの優秀さか、とてもよく分かりましたもの。それをわかっていて婚約を申し込むほど、わたくしも恥知らずではございませんのよ?」
わたしの言葉に、ウォルリーカが慌てたようすを見せる。それを見て、お母様がウォルリーカに言った。
「ゼウンにも至らぬところがあるのでしょう?それならば、貴女がきちんと、教育しなければなりませんわね?お互い、子供には苦労させられますね」
お母様に労るような笑みを向けられ、ウォルリーカの頬に朱が散るのだわかった。
親としての教育不足と子の不出来を指摘され、憤っているのか恥じているのかは定かではないが、ウォルリーカはぐっと押し黙った。
それでもすぐに、いつもの勝ち気な表情を浮かべて見せたのだから、驚きだ。
「おほほほ。まったく、その通りですわね」
一瞬、わたしをぎろりと睨んだウォルリーカは、すぐに表情を取り繕ってお母様に顔を向けて笑いかける。
お母様もウォルリーカに微笑み、二人は揃って品のある笑い声を上げた。
わたしも穏やかな微笑をつくる。
その中でゼウンだけが、何故笑えるのだというようにわたしたちを一瞥して、明後日の方向に顔を背けた。
「おや、皆楽しそうだな。何を話していたのだ?やはり女性の笑い声は、華があって良いな」
ふと気が付くと、お父様がイルハルドとの会話を中断して、微笑ましそうにこちらを見ていた。
「子供の教育について、話しておりましたの。わたくしもウォルリーカも、ついつい我が子の自慢話がすぎてしまって。笑ってしまいますでしょう?」
お母様が笑って言うと、お父様もつられたように目を細める。
「そうか、そうか。誰しも、我が子は可愛いものだからなぁ」
わたしを見ていっそう笑みを深くしたお父様が、楽しそうに笑う。
お母様やウォルリーカと違う毒気のない笑顔に、内心ほっと息をつくのは、なにもわたしだけではない。
ウォルリーカやゼウンも、ようやっと助けが来たと言わんばかりに、お父様に話題をふって話をそらしている。
その中で一人、イルハルドだけがうるさそうに顔をしかめて無言を貫いていた。
それからは終始和やかな空気に包まれていたお茶会だが、お父様が居なければとてもではないが居心地悪い場となっていただろう。
お開きになった後、帰り際に振り向いたウォルリーカから、ふと笑顔を向けられた。
とっさに笑い返したわたしだが、その意味深な笑顔に、何とも言えなく後味の悪い思いをしながら部屋を後にした。
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