解決編2 / 義母の愛、天使の愛
『レイン、弱みを持ってはだめよ』
それが、私の義母の口癖でした。
『あなたはまだ弱い。自分すら守れないあなたが、誰かを守ろうとすれば一緒に傷ついてしまうだけよ。私は可愛い私の娘が傷つくところを見たくないの。だからお願い。
レイン、神と私だけを愛してちょうだい。弱みを持ってはだめよ』
私は「はい、お義母様」と答えていました。
その意味も知らず。
私には義母と別に、乳母がおりました。天使長の集めた子どもたち全員の義母です。
義母は私達全員を平等に愛してくれましたが、母親にはなってくれなかった。
ある日、私達と天使長の政敵たちが同席しているパーティで、娘の一人が忍ばされた毒を煽って死んでしまいました。
その時のお義母様の嘆きようは疑いようもなく本物で、私を含めた子どもたち全員が大いに泣きました。
お義母様は死んだ娘を胸に抱きながら叫びます。
「私の可愛い娘から一人、死ななければならなかったなんて!」
その日の夜、乳母が私だけを呼びつけて、説明してくれたのです。
使われた毒は舌が焼けるほど味が強く、運悪く味覚障害でもなければ到底致死量を飲めるはずのないことで有名な、警告に使うための毒なのだと。
『あのパーティでは他にも、頭を曖昧にさせる毒が娘たちに振る舞われていた。それを飲まなかったのは今晩あなただけ。だからあなたにだけ教えるわ。
お義母様を心から愛しなさい。でも決して心を許してはだめ。
天使長は心を読めずとも表情を読める。だから笑顔でいなさい。
気づいていることを気づかせても駄目。
何も知らない馬鹿な娘のフリをするのです。
自分の命を守るため、他の娘たちが、知らずに死の罠の底で笑っていたとしても、一緒に笑っていなさい。
そしてあなただけ、偶然を装って罠を抜けなさい。』
その日私が毒を煽らなかったのは、単にそのぐずでのろまでばかな娘が、毒の入ったぶどうのジュースが好きで、私の分をこっそりあげたから。
それだけだったんです。
死んだ子は、娘たちの中で、一番ぐずで、のろまで、ばかで素直な、いい娘でした。
お義母様は、娘たちの敵を除く最も効率的な手段として、娘一人の命なら釣り合うと考えたのです。
『死ななければならなかった』娘を選んだのは、お義母様でした。
それから私は、必死にお義母様のお気に入りになれるように努力しました。
勉強と修練と、隠れて演技を磨きました。
怖かった。
あの話をしてくれた次の日に、乳母が違う人に替わったから、とても怖かった。
前の乳母は急な実家の都合で帰ったなどと、私は信じていません。
そうしてこの数年を過ごしました。
半年前のことです。
私が見習いから相談役に内定したその日、私の家族は皆殺しにされました。
野党が押し入って強盗を働いたのだと言われました。
でも私は半信半疑でした。
お義母様の言葉を覚えていたからです。
『レイン、弱みを持ってはだめよ』
私の弱み。天使長の手が伸びないよう、我慢して連絡を断っていた私の家族。
暇を与えられても帰らず、手紙を送らず、届く手紙すら読まずに焼いていたのに。
「もう他人です」と、天使長にはきちんと何度も伝えていたのに。
『念の為』なのでしょう。念の為程度のことで、私の家族は。
私なんて生まれなければよかった。そうすれば、家族は死なずに済んだ。
私は、それに気づいた日、お義母様にこう言ったのです。
「ありがとうございます、お義母様」と。
そう言えなかった娘たちは、生き残らなかった。
私と同じ乳母の元にいた17人の娘のうち、健康で生き残っているのは、今は私を含めて4人です。
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