第83話 忍び寄る二つの影

ヴィムが先程感じた視線は勘違いなどではない。

確かに、ヴィムたちの様子を伺っていた者たちがいたのだ。


「アイツ、今こっち見ましたよ! しかも凄い怖い顔で!」


 赤髪を短く切り揃えた真っ白な肌の女が言った。


「ああ、完全に気配を消していたつもりだったんだがな」


 それに答えるのは同じく赤髪の筋肉質の男だ。


「アイツ、やっぱりヤバいんじゃないですか?」

「いや、アイツもまだ半信半疑だろう。完全に油断している所を狙えば勝機はある」


 赤髪の男がニヤリと笑った。


「あいつを暗殺出来たら一生遊んで暮らせるだけの金が手に入るんだ。こんな美味しい話はないだろう」

「そうっすね。でも、アイツにそれだけの価値があるんですか?」

「今はSランクの冒険者だが、その前は帝国の宮廷魔術師をしていたらしい。まあ、裏に色々あるんだろ」

「なるほどっす」

「ただ、今はそんなことはどうでもいい。アイツを暗殺すればそれでいい」


 立場上、ヴィムの事をよく思っていない人間も数多い。

狙われるのは一度や二度ではない。

ヴィムはもう、立派な標的なのである。


 やがて日は落ちて当たりは暗闇に包まれる。

静寂の中で動く影が二つ存在する。


「ここだな。注意を怠るなよ」

「はい」


 赤髪の暗殺者二人はヴィムが泊まっている宿へと足を踏み入れる。

そしてその二つの影はヴィムの部屋へと静かに入った。


「拍子抜けしたな。もう少し歯ごたえのある奴かと思ったんだがな」

「今回の仕事は簡単でしたね」


「「死ね」」


 暗殺者の二人はベッドの膨らみにナイフを突き刺した。


「何!?」


 暗殺者は驚きの表情を浮かべた。

それもそのはず、刺した感覚が完全に人間の感覚ではなかったのである。


「何をそんなに驚いているんだ?」


 後ろからドスの効いた声が聞こえる。


「ヴィム・アーベル……」


 ヴィムは暗殺者二人に口角を上げた。

その黒い笑みに二人は少し後ずさる。


「お前らが俺の事を見てるのなんてバレバレなんだよ」

「流石にそんなに簡単じゃなかったか」


 赤髪の男は新たなナイフを取り出す。


「お前には死んでもらわないと困るんだよ」


 そのままナイフを持って突っ込んで来る。


「あんた、本当に暗殺者か?」


 ヴィムは顔の前に突き立てられたナイフを人差し指と中指の間に挟んで受け止める。


「う、動かねぇ」

「そりゃ、持ってるからな」


 そのまま、一瞬で間合いを詰めると、鳩尾に拳を叩き込む。


「カッ……!」


 肺の空気が押し出され、男はその場にうずくまる。


「貴様、魔術師じゃねえのか?」

「魔術師が体術使ったらだめなのかよ?」


 もう一発蹴りを入れると大人しくなった。


「次はあんただ」


 ヴィムは赤髪の女に視線を送る。


「待て」

「待たねえよ」


 女の腕を掴むをそのまま壁に向かって投げ飛ばす。

気絶したのか動かなくなった。


「何の騒ぎですか?」

「ヴィムさん、大丈夫ですか?」


 この物音を聞きつけた隣の部屋で休んでいたであろう、ハナとミサがやって来た。


「俺は大丈夫だ。それより騎士団の誰かを読んできてくれ」

「分かりました!」


 その声にハナが急いで部屋から出て行く。


「そいつらは?」

「暗殺者みたいだ。俺の事を殺そうとして来たから返り討ちにしてやったけど」

「ヴィムさんを殺そうとするなんて一体何者なんでしょう」

「おそらくは、帝国の人間の差金だろうな」


 ヴィムは少しだけ心当たりがあった。


「帝国の……」

「ああ、一度聞いた事がある。帝国には自国の不利益につながるような存在を専門に始末する暗殺部隊があるって」

「それは、私も聞いたことはありますが」


 ミサも元々は帝国に居た人間。

それも、近衛騎士ならそれなりの地位である。

噂ぐらいは耳にしたことはあるだろう。


「でも、本当にそんな組織があるんですか?」

「正直、俺もわからん。こいつらを問い詰めれば分かるかもしれないがな」


 ヴィムは気絶している二人に視線を落とした。


「ヴィムさま、騎士団の方たちを呼んできました」


 ハナが騎士団を連れて戻って来た。


「コイツらを拘束してくれ。俺を殺そうとした人間だ」

「「承知しました!」」


 騎士三人が手際よく拘束するとそのまま連行した。


「しかし、帝国がグリフィント皇国内で問題を起こすとも思えませえんが……」


 ハナが言った。

確かに、他国の人間が他国で問題を起こすとは国際問題に発展する。


「アイツらにとっては俺が死ぬという事の方が重要なんだろうよ」


 レオリアに居たら手が出せないかもしれないが、他国に居るなら警備の手も緩くなる。

いかにも帝国のバカが考えそうな事である。


「さて、ゆっくり寝るとするかね。明日も朝からだし」

「よく、こんな状況で寝れますね」

「まあ、寝てなかったしな」


 ヴィムはを制圧するために睡眠をとっていなかった。


「二人もちゃんと休んだ方がいいぞ」

「はい、そうします」


 ヴィムはベッドに入るとやがて意識を手放した。

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