生まれたての十八歳/2

「神さまにも霊層があるんだ。親のそれが上がれば、子供も一緒に上がって成長する。陛下は常に努力をして、霊層を上げてる。だから、その子供も上がるし、親戚だって甥だって上がる」


 心が成長すれば、子供の体――霊体も成長するという法則。肉体がないからこその話で、奇跡来は大いに感心した。


「それでか。人が入り込めないほど、ロイヤルファミリーだ……」


 どんな神々かはわからないが、城などがあるほどだ。さぞかし、威厳があるのだろう。しかし、コウは首を横に振って、銀の長い髪を揺らす。


「家系じゃないぞ。人間の中身が大切だ」

「そうだね。確かにそうだ。心が重要だ」


 空の青が向かいのビルの上のほうに映っているのを見上げながら、奇跡来はアイスクリームを口の中に入れた。


「それに、甥は甥で、皇家には含まれない。SPもつかない。ただの家だ」

「なるほどね。確かに何の業績もないのに、ロイヤルになったらおかしいね」


 みんなに平等な世界が、雲の隙間から垣間見えた気がして、奇跡来はさくっとワッフルコーンをかじった。


 呑気にアイスクリームを食べている人間の女に、コウは一言忠告する。


「名前が多くなってきたから、どこかにメモしておけよ。ノートでもパソコンでもいいから。まだまだ神さまの名前は増えるぞ」

「そうだね。忘れるのも失礼だもんね」


 奇跡来にとっては、神さまの話も名前もすでにどんなものより大切な宝物だった。家に帰ったら真っ先にそれをしようと意気込みで、アイスを食べるスピードをアップさせた。


 急ぐ必要などどこにもないのに、前のめりな魂を見て、コウはニヤニヤしながら、残りのアイスクリームを大きな口を開けて、一口で食べた。


「じゃあな、もう行くぞ。俺は大忙しだからな。厳しい現実に生きろよ〜!」


 すうっと消え去った小さな神さまに、心の中で手を振っていたが、ふと何かに気づいて、奇跡来の表情は曇った。


「生まれてすぐに十八歳……。大人としてやっていけるのかな? 大変じゃないのかな? それとも、神さまだから平気なのかな?」


 消えたと思ったのに、コウの銀の長い髪は再び姿を現した。


「おっと言い忘れた。神さまの世界は、真実の愛がないと子供は絶対に生まれないからなあ〜」

「行為をすれば、望んでなくても生まれるってことはないってこと?」

「そうだ。それはこの世界の厳しい修業だけで十分だろう。お互いを思っている心がないと無理ってことだ」

「そうか。そのほうがみんな幸せになるよね」


 どこまでも、心を大切にする世界だと、奇跡来は思い、さらににっこり微笑んだ。コウは本当に忙しいらしく、淡い霧のように消え去りながら、


「今度こそ、じゃあな」


 そして、一人きりのテーブル席で、奇跡来はアイスクリームを頬張って、バニラビーンズの香りに酔いしれる。


「嘘が通じないっていうのは、素晴らしい世界だ」


 霊感というものは厄介なもので、人が嘘をついているのがわかってしまう。魂の言っている言葉と、実際声で出てくる言葉が二重に聞こえるのだから。


 人と話すことがわずらわしい――。さっき渡ってきた横断歩道を横切っている人々の中で、誰かのためを思って嘘をつくのではなく、自分を誤魔化すために嘘をついている人は何人いるのだろうと、奇跡来は思った。


    *


 黒塗りのリムジンが一台、陛下がおわす城に面した大通りを走り抜けてゆく。荘厳なクラシック曲が、クリーム色のリアシートに降り注でいた。


「夕霧? あなたはどのような仕事につくのですか?」


 独特で優雅な声が車内に、エレガントに舞った。その声色は、こんな言葉は存在しないがこうとしか言いようがない。遊線が螺旋を描く芯のある、若い男のものだった。 


「俺は父と同じように、国家機関へ入る」


 さっきの声とは真逆の性質で、落ち着きが非常にあり、地鳴りのような低さで真っ直ぐだった。


 車窓から入り込む春風に、肩より長い紺の髪が揺れる。


聖輝隊せいきたいですか?」

「いや、躾隊しつけたいのほうだ。光、お前は?」


 風に触れる遊びの部分がないほど短い髪は、深緑色をしていた。氷雨ひさめ降るほど冷静な水色の瞳がもう一人の男――夕霧命を見つめた。


「私は母の影響を受けているみたいですから、音楽家として仕事をしていきます。ですから、恩富隊おんぷたいへ入りますよ」

「そうか」


 無感情、無動のはしばみ色の瞳は、斜向かいに座っている従兄弟――光命の返事にうなずくと、車中はまた静かになった。


 しばらく行くと、教会から白いウェディングドレスを着た花嫁と花婿が、ライスシャワーを浴びながら外へ出てくるのが見えた。


 十八歳だが、実際はまだ一ヶ月前に生まれたばかり。世界の何もかもは色彩と活力に満ちていて、光命の肌も生き生きとしていた。


「夕霧、恋というものはどのようなものなのでしょう?」


 三日遅く生まれた夕霧命は何の感情もなく、従兄弟の問いかけをバッサリと切り捨てる。


「知らない。生まれたばかりの俺に聞くな」

「そうですか」


 今のは罠であって、夕霧命に好きな人がいるのかどうか確かめるためだった。そう思いながらも、光命は優雅な笑みを絶やさないまま、平然とただ相づちを打った。


「光は恋に興味があるのか?」

「ないといえば嘘になりますが、どのようなものか予測がつきません」


 頬にかかった後毛を、光命は神経質な指先で耳にかけた。夕霧命は腰の低い位置で腕組みをしながら、恋にこがれているような従兄弟に真っ直ぐ言葉を送った。


「お前が先に結婚するかもしれない」


 結婚式に夢中になっているのかと思ったが、どうも光命は違うようで、後ろ髪引かれることなく、軽く曲げた人差し指をあごに当て、夕霧命に振り返った。


「そうとは限らないのではありませんか?」

「なぜ、そんなことを言う?」


 不思議そうな顔をした従兄弟に、生まれたての十八歳で策士の光命は、優雅に微笑みながらこんな言葉を口にした。


「可能性の問題です」

「可能性……?」


 夕霧命にはなぜ今この言葉が出てきたのかわからなかったが、光命にしてみれば、彼は何も嘘はついていないのだった。

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