いきなりのパパ/2

 あまりにも急な話についていけない彼を置いて、不動明王は化身の子供にかがみ込んで、にっこりと微笑んだ。


「それでは、葛、禄、パパと一緒にママを探しに行きましょうか?」

「は〜い!」


 元気にうなずくと、瞬間移動で子供もろとも、不動明王は消え去った。残された孔雀明王はぶつくさとぼやく。


「相変わらず、あの野郎、話納得すんのはいえな。何でもかんでも前向きに解釈していきやがって。けどよ……」


 化身から急に子供になってしまった男の子のふたりに振り返ろうとすると、威勢のいい男の声が冷やかし混じりにかけられた。


「兄貴! パパっすか?」

「てめえらまで、オレをパパって呼ぶなよ」


 特に何をしたわけでもないのに、ありがたいことに自分を慕ってくれた野郎ども。彼らが孔雀明王のまわりを取り囲む。


「かっこいいっす! 俺たちも、早くパパになるっす!」


 兄貴は渋く微笑んで、野郎どもを鼓舞した。


「そうか。いいんじゃねえのか? いい女見つけてよ、家族仲良く平和に暮らすっつうのも。もう誰も邪魔しなくなったんだからよ」


 悪ときたら、人が幸せになるのを許せないものだから、結婚したと統治者に知られたら、引き裂かれるのが常だった。物質界で言えば、急な左遷させんだ。会うことも許されない、離れ離れの刑。


「おっす!」


 野郎どもはうなずいて、新しい生活へと旅立ってゆく。


「兄貴! じゃあ、俺たちも家に戻るっす!」

「時々遊びに行くっす!」

「何かあったら声かけてくれっす。兄貴とまた何か一緒にしたいっすから!」


 孔雀明王は情に熱く、野郎どもの背中に向かって、大きく手を振る。


「おう、すまねえな。じゃあ、元気で暮らせよ」


 そして、惑星の地表には誰もいなくなった。たった今父親になった結婚歴のない男と、五歳の子供がふたりだけ。


 孔雀明王はしゃがみ込んで、子供に目線を合わせる。


「ガキども、オレと家族すっか?」

「するする〜!」


 大喜びで子供が答えると、親子三人も惑星からいなくなった。神界にも霊界にも悪はいなくなった。ただ、地球にその記憶だけを残して。


    *


 撮り溜めていた映画を見ていた女に、コウがふと話しかけた。


「お前の魂の名前って何だ?」

「え……? 肉体と一緒だよね?」


 字幕を読みながら、女は聞き返す。そして、コウからこんな不思議な話が出てきた。


「それは、生まれた時から死ぬまで、魂が入れ替わらなかった時だろう」

「魂が入れ替わる?」


 聞いたこともない話に驚いて、女はリモコンの一時停止ボタンを押した。コウはふわふわと宙を浮きながら、彼女の頭のまわりをくるくると回る。


「よく聞くだろう? 人が違ったみたいになったって」


 女は少し考えたが、記憶の片隅から合致するものを引き出してきた。


「あぁ、そういうの聞くね」

「あれって、魂が入れ替わってるんだ。だから、本当に人が違ってる」

「なるほどね。で、それが私とどう関係するの?」


 女はウンウンとうなずいて、リモコンのボタンに手をかけた。人ごとだと思っていたことが、コウによって当事者となる。


「お前の肉体に昨日まで入ってたやつは抜けて、別のやつが入った。だから、魂の名前は違うだろう?」

「あぁ、そういうことか」

「ちなみに前のやつは、広菜ひろなって言うんだ」

「それで今は?」

奇跡来きるく

「奇跡来さんね、わかった。覚えておこう」


 神さまのすることだ、人間が想像もつかないことだって平然とやってのける。子供たちから聞く話は、今までだってそうだった。だから、昨日と魂が違うと言われても、奇跡来にとっては自然と通り過ぎてゆけることだった。


 コウの赤と青の瞳がどこかずれているクルミ色のそれをのぞき込む。


「で? 何か変わったことないか?」

「え……? どういうこと?」


 少し再生された映画だったが、すぐさま一時停止に戻った。


「さっき言っただろう? 魂が入れ替わると、人が変わるって。だから、自覚症状がないかって聞いてるんだ」


 言われるまで気づかなかった。と言っても、こんな経験は初めてで、どこがどう変わっていると言われても、魂が鏡に映るわけでもなく、確かめようがない。


「ん〜? 特にないかな?」


 コウは腕組みをして、何度もうなずく。


「そうか。じゃあ、お前にその魂はあってるんだな」


 子供ではないと言う大人の神さまは、また不思議なことを言った。奇跡来のまぶたはパチパチと瞬きする。


「どういうこと?」

「肉体にも個性っていうのはあるんだ。だから、それにあった魂じゃないと、お互いの個性を生かせないだろう?」

「そんなのあるんだ」


 コウの銀の長い髪が、室内なのに風もないなのに、さらさらと横に揺れる。


「誰でもいいってわけじゃない。今まで悪があったからさ、ほとんどの人間は魂と肉体があってなくて、入れ替えたんだ。それにもれずに、お前も入れ替わったってこと」

「そうか。神さまには感謝だね」


 今日から奇跡来になった女は、珍しく微笑んだ。コウは組んでいた腕で解いて、少しあきれた顔をする。


「お前って本当に素直だよな」

「どういう意味?」


 奇跡来はまだ気づいていなかった。このあとおかしな体験をすることになると。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る