第4話 決意したこと
「なるほど。それでその後、劇的な再会を果たした二人は一瞬で恋に落ちたと……」
ユウナさんは、テーブルの向こう側で腕組みをしながらしばらく考え込んでいた。そして、つむっていた目をくわっと見開き、
「で、それ何ていう少女マンガ?」
「ち、違います! 昨日あった、本当の話です」
わたしの抗議に、ユウナさんは右手をひらひらさせて、
「そんなジャストタイミングに幼なじみの初恋の彼が現れるなんて、少女マンガか乙女ゲーの世界でしかありえないって。普通ないない」
「あったんです! いえ、その、二人が恋に落ちたってことはなかったですけど……」
「落ちてないの? でも、再会は果たしたんでしょ」
大きく首を横に振るわたしを見て、「話しかけてもないわけ?」とユウナさんは呆れたように言った。
「走って倒れて、メイクも服装もボロボロだったんです。あの状態で話しかけたら、わたし……嫌われちゃいます」
「ああ、そりゃまあ確かに」
話しかけづらいかもねと、ようやく同調してくれたユウナさんは、自ら買ってきた缶ビールを自ら開けて飲んでいた。
いつのまにかテーブルの上はお酒とジュースとお菓子だらけになっている。まるでちょっとしたパーティーのようだった。友達がずっといなかったわたしは、自分の部屋に人を招くなんてしたことがなかったから、その光景が珍しく、そして少し嬉しかった。
昨日、なんとか家にたどり着いたわたしは、安堵からかそれまで感じていなかった疲れがどっと出てきてしまい、ベッドに横になったとたん寝込んでしまった。
今日になっても回復せず、その状態でたまたまユウナさんから『最近、ログインしてないね』と連絡があったものだから、つい甘えて過呼吸で倒れたことを伝えたところ、わたしを心配してお見舞いにきてくれたのだった。
初めはひきこもりのきっかけになった梓と夏葉の言動について真剣に怒っていたユウナさんであったが、三缶目の缶ビールに口をつけた頃には酔いが回ってきたのかトロンとした目をわたしに向けてくるようになり、瑞季くんとの再会に話が及び、言葉巧みに彼が初恋の人だったと白状させられたころには、話題の中心がそちらに移ってしまった。
「それにしても弾き語りの男子が幼なじみの彼だってよく分かったよね。最後に会ったのは幼稚園のころでしょ? そら似じゃないかって思わなかった?」
「それが、すぐに分かったんです。毎日想像していた『高校生になった彼』の姿にそっくりだったので」
「え? 想像の……何だって?」
「あ、いや、その」まずいことを口走ったと悟ったわたしは、「おひねり用に置いてあったギターケースに、彼の名前がうっすら書いてあったのを見つけて、本人だと分かりました」と補足した。
「持ち物に名前を書くなんて、小学生みたいだね」と笑いつつ、「でもさ、カスミが相手に気づいたとしても、相手がカスミに気づかないかもだよね。メイクするようになってから、雰囲気が大分変わったと思うからさ。正直、ファミレスで会ったときのカスミは少し暗くて、イケてなかったもんね。キョドっててさ。それがこの変わり様だもの」
「そんなに変わりましたか」
「変わった変わった、大変身だよ。今のカスミだったら男なら誰でも、いや初恋の彼だって絶対振り向いてくれるって。
そうだ、昨日彼に会ったのも今ぐらいの時間だったんでしょ。これからあたしがそのアーケードに行って、初恋の彼、捕まえてこようか? 男子高校生なんて、あたしにかかればすぐよ、すぐ」
色っぽいフェロモンを出して男性を誘惑するユウナさんを想像して、確かに男子高校生なら一発で撃沈だなと思いつつ、
「いえ、その、今日も路上ライブしているかどうかなんて分からないですし、それに、今はまだ会えないって思っていて……」
「彼だって幼なじみに久しぶりに会ったら普通に嬉しいと思うけどね。――あれ、ちょっと待って」
ビールで喉を湿らせたユウナさんは、わたしのちょっとした一言を聞き逃さなかった。
「カスミ、今はまだ会えないって言ったよね。それってさ、初恋の彼には話しかけたいけど、ひきこもっている自分は見られたくないから、今はまだ会えないって、そういうこと?」
その通りだった。今のわたしには瑞季くんに会う資格はないと思っている。だから、まだ会えないのだ。ただ、ひきこもりを知られたくないというのは理由の一つでしかなく、本当の理由はもう一つ別にあった。
「今はまだ、っていうのが何か引っかかるのよね。今はまだ会えない。じゃいつになったら会えるわけ?」
どうやらわたしへの質問ではなく、自問自答であるらしかった。ユウナさんはおでこに手を当て、考え込んでいる。そしてふと思いついたかのように聞いてきた。
「カスミさ、初恋の彼に会ったことで、何か決意したこと、ある?」
指摘が鋭すぎて、すぐに返答が出てこない。
ユウナさんは私のリアクションを見て何かを確信したのか、黙ったまま、わたしが話し出すのを待っていた。あたしに話すことがあるんじゃない? とでも言うような沈黙だった。
すべてお見通しのようだ。ユウナさんには適わないなと、心の中でつぶやいた。
実は今日、ユウナさんがうちに来るまでの間、ベッドの中でずっと考えていたことがあった。
人に知られたら恥ずかしいし笑われるような内容だったから、誰にも言わないでおこうと思っていたのだけれど、ユウナさんは聞く気満々だ。どうやら言わないという選択肢はなさそうだった。
わたしはアップルジュースを飲み干して自分に気合いを入れた。
「これから恥ずかしいことを言います。あの、最後まで笑わずに聞いてもらえますか?」
「当然」
にんまりとしながら、ユウナさんはテーブルに頬杖をついている。
わたしは胸に手を当て大きく息をついた。
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