「探検幽霊屋敷」2020年9月 一連文物語
本作は、一文で完結しつつ、続きもののように読める一文物語
1
全く遊べなかった夏の終わりかけに少年たちは、誰もいない場所で遊ぶならいいよなと、丘上のまだ威厳の残る長期間誰も住んでいない屋敷に潜入し、湿った生ぬるい空気の中、友が一人増えていることに気づかず、進む。
2
きしむ廊下をそっとそっと歩いていると、ピチピチと金魚が一匹跳ねていて、私の金魚がどこにいったから知らない、と現れた空の金魚鉢を持った少女の幽霊に聞かれた少年たちは肝を冷やして、目を瞑ったまま走り逃げ、屋敷の玄関にたどり着いたが、扉は開かない。
3
玄関の壁にかけられている大きく立派な飾り縁の姿見には、自分を老けさせた姿で映り、その背後にお手伝いさんが何人も真っ白い顔をして立っていて、白髪の老人執事が、どのような御用ですか、と鏡の中から声をかけてきた。
4
今まで点いていなかった電灯がチカチカと点滅し始めると、少年の腕時計の針が、時間を見つけられず、高速に回転していて、ついに文字盤を打ち破って、恐怖の館の奥へ飛んでいってしまった。
5
少年たちの肩や頭に滴が落ちてきて、見上げると、天井に空いた無数の穴に、瞬きをすることのない女の目が、遊ぶ子供たちをこっそり見張っているかのように、こちらを覗き見ている。
6
入ってはならないその屋敷の中にいる間、屋敷の外にいる人は、屋敷の中の人の存在を忘れてしまうので、しばしば、現実から逃れようと侵入する者もいるが、非現実的な恐怖を味わってすぐに屋敷から逃げていく。
7
何年も使われていなかった扇風機を勝手に回した幽霊は、暴れ狂う強い風にたなびいて、消えかかっている。
8
屋敷の開かない玄関で、突然、扉の外からノックされ、無理やり開けるように扉が乱暴に揺れると、少年たちはわめきながら二階へ階段を上がっていく途中、階段がすべり台のように真っ平になった。
9
滑り落ちると、地下の真っ暗な水溜りに落ちて一回転した少年たちは、大騒ぎしながら光の出口を求めて這い出ると、世界が逆転したかのように、足元に天井があって逆さまで呆然と立ち尽くし、ずぶ濡れになった服からは水滴が床に昇っていく。
10
逆さまになると、今まで見えなかった屋敷の中で忙しなく働く人たちが見え、宙を泳いでいる金魚を追いかける少女もいて、どこからからか、こっちこっち、と幼い年の子の声が聞こえ、行ってみよう、とまだ気づかれていない一人増えた見知らぬ少年に促されて、天井を歩き始めた。
11
声のする部屋の壁をすり抜けるが、誰もおらず、ボクの部屋だよ、と言ったずっと一緒だった見知らぬ少年の一人で写る写真に、その場にいた少年たちがじわじわと写り込み、その少年の名前を無理に思い出そうとしているが、思い出せない。
12
見知らぬ少年が、一緒に遊ぼうよ、と白く、丸く、指が入る穴も空いたボールのような頭蓋骨を、笑顔で投げつけてきて、その場にいた少年たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
13
お香のする方へ行くと、隙間から煙がもれる扉の脇に灰になった線香が放置されていて、その扉をそっと開けると、燃え盛る炎に飲まれた広間の大きなテーブルを囲って、火達磨になっても笑顔で食事をする屋敷の住人たちが見えた。
14
天井を逃げ回ると、落ちていた髪の毛が、埃のように舞い上がる。
15
屋敷の袋小路の壁に掛けられた金魚鉢を抱える少女と猫の絵から、朧げに抜け現れた化け猫に、少年は猫パンチされるも、飛びかかられても、体をすり抜け、透き通る化け猫の腹の中では、金魚が泳いでいた。
16
給仕の女が、調理場の料理人に、企みある笑顔で液体の入った小瓶を渡そうとしてするも頑なに断られ、自分でティーセットに小瓶の液体を数滴落とした後、庭で談笑する貴婦人らのもとへ運び、しばらくして椅子から崩れ落ちる貴婦人らを見て、ほくそえんで悲鳴を上げる。
17
充満した湯気の奥で、浴槽に下っ腹すらつかれずにいる大きな金魚が、茹でタコのように真っ赤になって、口をパクパクさせて、ギョロリと目玉がこちらを向くと、ぼとりと落ちた。
18
勢いよく逃げた少年は、逃げこもった先のトイレのドアに寄りかかって早まる鼓動の音を聞いていると、薄茶色いヘラヘラした若い男の幽霊が、少年の胸を通り抜け出てきて、便器の排水に何度も楽しそうに飛び込んでいく。
19
廊下に積もったホコリを一切立てずに、ゴミを拾う幽霊は、透明な袋のようにも見える自分の体にゴミを入れるたびに床に落とすのを見た少年は、もう怖くもなく、床のゴミに手を伸ばすと、少し細いが、真っ白な人の骨だと気づいた。
20
響き渡る女性の悲鳴で、目が覚めたように逆さまだった視界は元に戻り、何度も聞こえてくる悲鳴のもとへ散らばっていた少年たちは駆けつけると、錆びついた扉を、一人の少年が笑顔で、不穏に開いたり閉じたりさせていた。
21
その部屋は、木々が鬱蒼と茂って霧の立ち込める森になっていて、どこに続いているのかわからない線路が、部屋の奥へと伸びている。
22
少年たちとずっと一緒にいた見知らぬ少年は、その部屋の線路を辿ると戻って来れなくなり、自分と同じ目に合う、と必死に忠告するも冒険好きの少年たちは先へ進み、立ち止まる見知らぬ少年は涙ぐみ、天井の雲から少ししょっぱい雨が降る。
23
見知らぬ少年の涙は、ダムのごとく放水されて、床が抜け、階下の水をいっぱいに含んだ布団に、べちゃりと体を受け止められた。
24
その部屋を出るには、綿アメの中を進むように、幾重にも重なる蜘蛛の巣を払い続けなければならず、除け払った腕はどんどん太く重くなる。
25
カタカタと音のする部屋に入ると、無人でフィルムが回って、まだ幼く純真無垢の笑顔を見せる見知らぬ少年が、屋敷の庭で両親や少女、侍従らと一緒の映像が映し出されていて、これが僕の記憶そのものなんだ、と見知らぬ少年の悲しい声がナレーションのごとく部屋に響いた。
26
屋敷の住人たちに毒を飲ませて殺した侍従の女が廊下を通り過ぎるのを見た少年たちは、あとを追うと、女が息を上げながら、地下の閉ざされた扉の鍵穴に、いくつもある鍵束の鍵を何度も試して、ついに開けた。
27
その地下室には、頭部のない子供ほどの白骨死体だけがあり、少年たちは無言でただそれを見つめていると、見知らぬ少年が、抱え持っていた白いボールのような頭部を元あった位置に置き、これは僕なんだ、という乾いた声が反響する。
28
屋敷の後継になるはずの少年は、病気がちで期待にそわないという理由で、地下室に閉じ込められて無き存在とされたが、見かねた侍従の女が屋敷の住人を亡き者にし、少年を救いに行くも、すでに遅く、屋敷の誰もが成仏できず、いまだに魂だけが屋敷に住みついている。
29
その屋敷で顔見知りになった少年の案内で、蹴破られた窓から、無事、日が沈み始めた外に出ることができた少年たちは、友達となった彼から差し出された手を握り返すも、実感はなかったが、笑顔でお別れした。
30
日をあらため、少年たちは、廃れているがまだ威厳の残る屋敷の前に、花をたむけると、窓に顔見知りになった少年とかつての住人たちが、別れか誘いなのかわからない笑顔で手をいつまでも振っていた。
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