70.蓮薔薇の魔術師
× × ×
「殿下! よくぞご無事で」
「ええ……ご心配をおかけしました。すっかり暗くなってしまいましたが、参りましょう」
「はっ! 準備は出来ております」
「オホン。ところで……何ですかい、殿下ぁ。その妙ちくりんなお召し物は」
「お気になさらず。流石にあのようなはしたない格好で空を飛ぶには……肌寒すぎましたので。サクマ・ソウスケから借り受けました。決して死人の服を剥ぎ取るような蛮行には及んでおりません」
「へっへっ。お戯れを殿下。何も俺ぁ、そこまでは言ってませんよ」
「おい、無礼だぞ」
「へっ」
「ふん。……しかし殿下、よろしいのですか?」
「何の話か」
「ご無礼を。ただーーーー」
「心配には及びません。かの者らには、呪いに関する記憶侵害の水薬を与えてきました。遅かれ早かれ、乾きに耐えかねて口にすることでしょう」
「御意。ただ、畏れ多くも殿下……仮にかの者たちが生き長らえた場合は如何いたしましょうか」
「無論、無策ではありません。水薬に加えて、呪われた山への片道切符を手渡しました。いずれにせよ……彼らはあの深き古の森か、あるいは思い焦がれた地で命を落とすか、あるいは……分かりますね?」
「……審判は女神の思し召しのままに、と?」
「ええ。万が一にも、彼らが呪いに愛されし者であるならば……失われし王国の亡霊が干渉するはずです。そうなってしまえば、あたくし共に手の施しようはありません」
「……御意」
「いやぁ、ですが私はてっきり、あのガキども風情相手に、殿下直々に邪魔が入る前に確実に止めを刺しに行ったに違いないと思いましたがね? まぁ、連中のツラを見る限りじゃ、選ばれしって顔でも、亡霊に取り憑かれてるって顔でもありませんが。そんな連中を、場合によってはモノクロウ火山の灰で埋葬してやろうとは、これまた殿下も粋なことを思い付きましたな」
「貴様ッ、黙れフォーゲル!! 先ほどから殿下にそのような軽口を叩くなど、無礼の極み!! これ以上は聞き捨てならんぞ!!」
「よい。そのようにいわれても仕方のないほど残酷な行いに手を染めているのです。あたくしは……」
「まぁまぁ……ご心配なさらんで下さい、殿下ぁ。手のひらを返すようですが、殿下の御身をお守りすべく戦場に散るなど、我らにとって最高の栄誉。サイモンのバカも、ネリクの唐変木も……きっと、あの世で嬉し泣きしてまさぁ」
「そうでしょうか……。そうであったとしても……あたくし自身には、そのような価値も資格もありませんのに……」
「殿下! どうかそのように卑下なさるのはおやめ下さい。その老兵と意見が一致することこそ、このうえなく不愉快ではありますが、我らが忠義を尽くすものは、決して帝国貴族の肩書きではありません。由緒正しき魔導の英智と人の慈愛に満ちた一族の歴史と栄光……ひいては、殿下ーーー貴女自身に他なりません」
「ひいては、それが今の帝国元老議会の思惑そのものなのですよ、サクソン郷」
「いえ、自分は……! その──」
「へっ、石頭が。お前さん、忠義だの栄光だのを得意げにほざく前に、俺たちが握っているものの正体が分かっているのか?」
「分かっているとも! だからこそ、我らのみならず、こうして殿下直々に異国の地へ赴かれているのではないか!」
「元老院のジジイどもの気まぐれでな」
「その発言には問題があるぞ、フォーゲル郷! 帝国の決定に疑問を持つな!!」
「まぁー、俺も“サクソンどの”の有り難いご意見に異論はありませんがね! それにしても、この若造はちいとばかし回りくどい言い方をする。要するに、俺たちぁどこぞの腐れ元老院のために戦って死ぬのはご免ですが、殿下の崇高なお望みを果たすためなら幾らでもこの命を懸けますし、この口下手な若造に至っては、畏れ多くも殿下をお慕い申しておりますってぇことですわな」
「だっ、黙れフォーゲル!! この場で切り捨てられたいか!?」
「それはあたくしが許しませんことよ、サクソン郷。フォーゲル郷、卿もいい加減に言葉を慎みなさい」
「へいへい……ご無礼を」
「では、卿とはここで。はるばるご苦労でした。引き続き宜しく頼みます」
「はっ、殿下。どうかご無事で」
「卿もどうか気を付けて。武運を」
「チッ。老兵フォーゲル、しくじるなよ……」
「わかってらぁ。お前も追ってきたスパルタクスの連中にケツの穴掘られるなよ、若造」
「…………見て下さい、サクソン郷」
「は……あれは……」
「三叉烏座です……まだ
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