54.兆し
× × ×
「――――ハァーッ!! ハァァァ……!?」
何が何かも認識出来ず、自分自身が自我と思考を兼ね備えた知的生命であることも忘れている。視覚という情報が、己を一人の
俺は、佐久間壮亮……だよな? 何だ……何があった?
――――誰かが、俺の身体にぴったりと寄り添っていることにやっと気が付く。
「……ケホッ、ゲホッ」
乾いた喉に唾と空気が引っかかり、むせる。
「……落ち着いたか? バカ」
まるで、抜け落ちた時間の空白に捕らわれていたとでも言えばいいのだろうか。完全に前後不覚の俺は、できるだけ冷静に周囲の状況を確認した。
腰掛けているのは、座り心地の悪いがらくた。隣には、レラ。震える身体。ガチガチと自分の歯が鳴っている。さらに、俺は自分で手に取った覚えの無いぼろ切れを身に纏うように両手で握りしめていて、目の前では、串刺しの魚が、焚き火に燻されて炭のようになっている。そして、少し冷たいそよ風が、静かに頬を撫でる。
えっと……俺は、確か、下層街からどこかへ行く途中で……? いや……。
「……どうやって?」
「急に、気でも触れたみてーに、暴れて泣きじゃくりながら
――――そうだ。俺は、覚えている。自分の傍に寄り添ってくれる《二人》のことが――――いや、何かが――――うん。何もかもが、急に怖くなって──ああ。そのとき、確かに、誰かの声が俺に囁いたんだ。
『お 前 は 死 ぬ 。過 ち を 犯 し て い る』
「……なんか言えよ。バカ。頭でも打ったか?」
「どうして」
「あ?」
「放っておけばよかっただろ。オレのことなんて――――」
“バチンッ!!”
「――――え?」
一瞬、目の前が真っ白になる。
何か、憑き物が取れたように我に帰ると、レラが瞳からボロボロと涙を零していた。恐らく、今しがた思いっ切りビンタされた俺の頬以上に、顔を真っ赤にして、本当に恨めしそうに、俺を睨み付けながら、静かに怒り、泣いている。なんで、お前が泣くんだよ……。
「……よくも! オマエ、よくもそんなクチが利けるな!? あたし……おまえにっ……。ほんとに心配してやったのに……」
心配? ……違う。そんなこと……あり得ないだろ常考? お前が俺の心配なんて……しないだろ? だって、お前は……えっと……?
「……ごめん」
「だから、『ごめん』じゃねぇんだよ!! いい加減にしろよ!!」
『…… な ぜ だ。 何 故 …… オ マ エ ハ――――』
「邪魔したかしら」
……いいや。きっと、大した時間は経っていない。
でも、レラにビンタされてから、とてつもなく長くて気まずい時間を過ごした気がする。ゆっくりと視線を上げた先では、魔女帽とローブ姿のアニーが箒を片手に立っていた。
風が吹いている。涼しげだが、今までとは少し違う風だ。
「行くわよ」
……え?
「行き先は、あなたが決めればいい。仕方がないから、もう少しだけ、面倒をみてあげるわ」
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