51.交絡するシンパシー
「サクマさんまで、こっちに来なくていいですから!! ちょっと、クリスティーナも……! いい加減にしないと、私、怒りますよ!?」
セトメが慌ててクリスティーナを押しのけ、美しい二輪の百合に挟まれようと目論んでいた壮亮がガックリ肩を落とす。そんな光景をすっかり気の抜けた様子で、肩を組んで笑いながら眺めるフランシスとコリンズ。そして、呆れ返った上に心底白けた様子で「なんなの」と、行き場の無くなった毒を吐き捨てるレラ。隣のレラと同じ気持ちかどうかは分からないが、アニーは、冷たい表情と視線で、小首をかしげながら、目の前の光景を見据えている。
クリスティーナが、真っ赤なドレスに付いた泥汚れを手で払う。
「……さ、行くわよ。フランシス、コリンズ。今日のとこも、明日も明後日も──この子たちに用は無いわ」
「キヘヘ。言われなくても、分かってますよぉ」
「悪かったな、お前ら」
「ああ、いや……うん。魔法については、こっちもやり過ぎたかもだし。すみませんでした」
……ただ。本当に、これで良かったのだろうか。結局のところ、セトメとあの三人の間にはどのような因縁があって、なぜ彼女は相も変わらずみかじめ料を支払わなければならないのだろうか。どうにもこうにも、何かが腑に落ちず、もどかしい気持ちが壮亮の心に居座り続ける。しかし、彼には、自らを冷たく突き放したセトメへ、これ以上真意を問う勇気は残っていなかった。彼女を思い、案ずることにすら、臆病になっていたのだから。
「……皆さん、申し訳ありませんでした。私の個人的な面倒ごとに巻き込んでしまって」
「ま、あたしは別に。よくわかんねーけど、話がついたなら、よかったじゃん」
「私は、随分と酷い目に遭わされたわ……。頭が重いし、なんだか記憶も曖昧だけど、最後にどこかで
特に後に尾を引く様子も無くケロっとしたレラとは対照的に、具合が悪そうにしているアニー。気分が優れない様子で、片手で頭を押さえながら、ゆらゆらと身体をふらつかせている。
「まさか、あなたたちと知り合いになってしまったばかりに、こんなところで囚われのお姫様を演じることになるとはねぇ」
アニーが気怠げに嫌みを口にする。視線は、ぼんやりと壮亮を捉えている。
「別に……俺のせいではないだろ。それに、囚われのお姫様は『だいじょうぶに、見えるワケぇ? あんたバカぁ??』なんて、助けに来た王子様に向かってお下品な言葉は吐かねーよ」
「あら、王子様? さっきはそんな暇無かったかもしれないけれど、口上だけで大丈夫? もしも、お姫様が怪我なんてしていたら、大変なんじゃないかしら」
ここで、軽口を叩くアニーとは裏腹に、壮亮が何かを思い出したようにハッとして、神妙な顔付きになる。
「……足の擦り傷は? アレ、けっこう酷いと思うぞ。さっき縄を解いたときに見たけど、本当に大丈夫なのかよ。もう血とか、出てないのか?」
壮亮の真っ直ぐな言葉に、アニーがキョトンと面食らう。そして、具合が悪いことを忘れたのかのように、ニヤニヤと薄ら笑みを浮かべながら、壮亮へとにじり寄る。
「……実はね? この傷じゃあ、もう歩けないと思っていたところ。……そんなわけだから、ソースケ? お得意の
「は!?!? いや!? 歩ケヨ!? 歩いてたダロ!?」
わざとらしい上品なお嬢様口調混じりにすがりついてくるアニーに、たじたじの壮亮。必要以上に大声を出して、アニーを牽制する。
「お姫様は言い過ぎだけど、ソースケの基準だと、私はどこかのお屋敷のお嬢様にでも見えるわけでしょう? でしたら、それなりの扱いをして下さっても良いのではなくって?? 嗚呼……ソースケ様?
「ちょwwおまwwそんな!? や、やめろってwwベタベタすんなし!!」
まんざらでもない様子で、一応嫌がる素振りは見せながら、ちょっかいを出してくるアニーとイチャつく壮亮の二人。そんな二人に冷たい視線を浴びせるレラとセトメ。
「『箒のれば?』って、言えば。セトメが」
「嫌です。レラが言って下さい」
レラが舌打ちをする。そして、『なんで自分がこんな役割を引き受ける羽目になるのか』と、心底気に食わない様子で、嫌みったらしく毒を吐く。
「お二人さんさぁー?
レラの言葉を耳にした壮亮とアニーが、ギクリと身動ぎする。
抜群のコンビネーションで窮地を脱した二人ではあるが、現在に至る理由のひとつともいえよう喧嘩別れの事実を強制的に思い出してしまい、そうなると俄然、お互い気まずそうに口を噤んでしまう。そんな二人へ畳み掛けるように、レラは鼻をほじりながら淡々と煽り文句を続ける。
「それとも、アレかい? 言葉よりも《身体で語り合う》方がお好きなら、席を外すけど? ま、あんたらが気にしねーなら、面白そーだから、別にそのまま《おっ始めても》良いけどさぁ」
「ぁあ!? レ、レラお前なに言ってんだバッカじゃねーの!?!?」
上擦った声で激しく動揺する壮亮。顔を真っ赤にしてゆらゆらしながら、地面を蹴り続けるセトメ。そして、怖い顔でレラを睨み付けた後に、もっと怖い顔で壮亮を睨み付けるアニー。
おおおおっぱじめるっておまwwwww それは俗に言う《仲直りッ[自主規制]》をしろと!?
この
……それなんてエロゲ??
壮亮の、ある意味ピュアな視線が、アニーを舐め回す。
「……何よ。おっ始めるの?」
「ファッ!? いや、しないし!? しませんけどォ!?」
大層おっかない形相で俺のことを睨み付けていたアニーが、ここでも軽口を叩く。
何考えてんだこの
「……悪かったわね。知ったような口を利いてしまって」
そんな戯れも早々に、アニーが喧嘩のことについて、気まずそうに謝罪してくる。しかし、激しく動揺中の壮亮の勘違いは止まらない。
「ハァ!? いやいやいやwwwその言い方だと、まるで俺がアニーとその――――ここで、いかがわしいことをおっ始めて、仲直りしたがってるみたいだろ!? や、やめろよ!」
間髪入れず、アニーが魔女帽を投げつけてくる。いい加減、彼女も薄ら頬を染めているようだ。
「その話はもういいっ!! いやらしいわね! そうじゃなくて、『昨日は酷いこと言ってごめんなさい』っていう意味なのだけれど!?」
「あっ」
嫌なことを思い出した。クソみたいに恥ずかしい勘違いをしてしまったけれど――――それどころではなく、俺は、腹の奥からこみ上げてきた申し訳なさと情けなさで胸が一杯になり、切ない苦しみに耐えきれなくなる。
思い込みで、知ったかぶりをして相手のことをこき下ろし、批判したのは、俺も同じだ。しかも悔しいことに、自分でその過ちを認めるよりも前に、そこにいる年下の
……あーあ。最低だな、俺は。この期に及んで『俺の方がごめん』なんて、言えない。言いたいのに、言えるはずが、ない。
「……それだけ。ごめんなさい」
……言えない。
「あと……その……助けてくれて、ありがとう。魔法も、上達が早くて感心しちゃった……」
言えない。
「……じゃ、私はここで――――」
言えない――――
「まって!? ごめん!! 俺、ごめん……俺……」
言えた。泣いちまったけど。
「俺の方こそ、ごめん……。アニー……ごめん……俺……アニーのこと、何にも知らないのに訳分かんねー設定でお前のキャラ勝手に作って、酷いことばっか言って――――そもそもお前、現実で引きこもりクソニートの俺に魔法なんてスゲーこと教えてくれたのに、教え方が悪いとか、自慢がウザいとかそんな自己中ばっか言って――――俺、うれしかったくせに――――アニーの気持ちまでぜんぜん考えて無くて――――」
半べそで、鼻を
「な、何も泣くことまでないじゃない……。今回は、お互い様でしょう? えっ、やめてよ……ちょっと……」
「あ?……てね、し……泣いて……ねから……。でも……泣くくらい、申し訳ないとは、思って、る……」
少しの沈黙の後、レラが、大げさに咳払いをして地下道の隅に痰を吐き捨てた。
しばらくして、壮亮が泣き止むのを見計らったように、アニーが口を開く。
「ともだち」
「……あ?」
「私、ソースケが思うような良いところのお嬢様なんかじゃないし、私と関わったって、あなたには何も良いことなんて無いかもしれないけれど……」
放った魔女帽を拾い、軽く汚れを払ってから深く被るアニー。
「あなたとは、友達になれる気がして――――友達になりたいって、思ってたの。失礼かもしれないけれど、私たち……どこか少し、似ていると思ったから」
「似てる……? 俺と、アニーが……?」
「もちろん、私が勘違いしているだけかもしれない。ただ、確かに言えることは――――」
「――――あなたも、私も、この国の人間では無いし、ここにいるべきでは無い。でも、自分の意思でここにいることを選んでいるはず。今、私が言えることはそれだけ」
……!?
アニーの、潤んだ大きな瞳が、真っ直ぐに、壮亮の心の奥底を見透かすかのように輝いている……。
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