チェックメイト
王様の剣での一撃が黒髪の少年を大きく後方に吹き飛ばす。彼の持っていた銀の剣は力なく私の前方に落ちた。私の背後の壁に少年が鈍い音を立ててぶつかる。今、王様が玉座の中央にいて、少年が私の背後の壁のそばにいる。少年と王様が私を挟み込んでいるような形だ。
「もう諦めろ」
王様の冷徹な声が私の鼓膜に刺さる。冷たい振動は脳の中に入り込んで、私を痛めつけた。
「いやだ」
私は持っている剣を見た。剣は根元からへし折れて唾と持ち手だけになっていた。私はそれを地面に落とした。
「お前たちの負けだ。わしの装備している能力を見せてやろう」
王様は右手を高らかに空中に掲げた。すると、空中にポップアップウィンドウが次々と現れる。
『重力を装備しています』、『火炎を装備しています』、『海水を装備しています』、『岩石を装備しています』、『影を装備しています』、『窒素を装備しています』、『砂を装備しています』、『ヤギを装備しています』、『飴玉を装備しています』、『ダイオキシンを装備しています』、『鯛を装備しています』、『矢を装備しています』、『とりもちを装備しています』、『ガラスを装備しています』、『アリを装備しています』、『幻覚無効を増備しています』
空に次々と表示されていく。
『弓を装備しています』、『火事を装備しています』、『泥棒を装備しています』、『三角形を装備しています』、『引き算を装備しています』、『棍棒を装備しています』、『血を装備しています』、『末期ガンを装備しています』、『銀色を装備しています』、『ライトノベルを装備しています』、『台詞を装備しています』、『笛を装備しています』
中には相変わらず、武器として成立しているのかよくわからないものも多かった。だけど、これら全ては武器として利用される。
「わしはこの国の王。幾千もの強力な装備を有している。対してお前たちは、病人とホームレス。装備も少ない。お前たちに勝ち目なんて万に一つもない。希望も未来もないのだ」
「それが何?」
私はガクつく膝に力を込めて立ち上がった。
「私(ホームレス)には希望も未来もずっとなかった。そんなものなくても私は諦めない」
私は右手をまっすぐ前に向けた。指先一つ一つに力を込める。痺れに似た何かが背筋を上る。ぼやける視界がまっすぐに地面に落ちた剣に向かう。
私の背後で黒髪の少年が、体勢を立て直し、
「お前は休んでいろ」
そう言いながら念動力を使って剣を空中に浮かせた。そして、剣を横に倒したままの形で水平に自分の手元に手繰り寄せる。ゆっくりと剣が空中を滑ってくる。
「嫌だ! 私は何があっても、どんな逆境でも絶対に諦めないっ!」
私は心の奥にある最後の炎をたぎらせた。目の前に滑る剣に向かって手を伸ばして掴もうとする。
「その怪我じゃ無理だ。俺に任せろ!」
そして、彼の言った通り、私は膝から崩れ落ちた。体の限界だった。私の強い意思に反して私は地面に座り込んだ。諦めたくない。その言葉は時に呪いのように人間の心を蝕む。希望の言葉のように見えるが、実際は人のことを傷つける悪意のような言葉だ。自分の諦めたくないという決意は、諦めざるを得ない状況に負けてしまう。そして、人の胸を苦しませる。この苦痛から逃れるのは簡単、最初から諦めていればいい。そうすれば傷つくことなどないのだから。
そのまま剣は私の真上を通り過ぎていった。私の背後で、
パシっ。
誰かが剣を掴む音が聞こえた。私は少しだけ振り返った。剣を掴んでいたのは黒髪の少年ではなかった。少年は信じられないとばかりに目を見開いてこちらを見ている。
私はゆっくりと背後を振り返る。私の首の動きとともに、景色がゆっくりと回転して、背後にいた人物と目があった。
「先生?」
目の前には、笑顔でいっぱいの先生がいた。先生は電撃で作られた大きな手で剣をキャッチしていたのだ。先生は何も言わずに私に、先生のいつも使っていた銀の剣を渡してくれた。
先生は生きていた。
先生が私のことを助けてくれた。
私は、そんな都合のいい妄想を頭の隅に押しやった。
そして、妄想ではなく。今度は本当にゆっくりと背後を振り返る。そこには誰もいなかった。私は心の底から何かがこみ上げてくるのを感じた。心臓が熱くなる。血潮が激しい波となる。皮膚が沸騰する。
胸の中にわずかに残っていた残滓は、再び音を立てて燃え上がる。私の心は燃え盛る火炎によく似ていた。気づいたら目の端からは大粒の涙が次々と頬を滑っていた。
絶望がすっかり消え去った。心の中で希望だけが白い炎となっている。その炎が液体になって涙からこぼれ落ちる。私は自分が泣くのを止めることができなかった。
次から次へと魂が涙となって頬を滑り落ちる。私の心臓は喜びで鳴いている。こんなに嬉しい思いをしたのは、生まれて二度目だ。今までの全ての努力と全ての苦労が報われたような気がした。
私の背後で剣を掴んでいたのは、私の体から伸びた、青白い電撃の手だった。
電撃は静かに音を立てる。最初は小さな破裂音のようだった。それは次第に大きくなり、鼓膜を破るほどの炸裂音となった。
この電撃は先生のとは比べ物にならないほど力強かった。触れれば質量を感じ取ることができるほど濃厚で、雷なのに反対側が透けて見えない。私の頬から落ちる涙は空中で電撃に当てられて沸騰する。
私はもう一度剣に右手を伸ばす。電撃でできた手はゆっくりとこちらに戻り、私の右手と重なった。まるで電撃の衣をその身にまとっているようだ。
完全に雷が私の体に重なると、しっかりと先生の形見の剣を握りしめた。弾けるような音が、鼓膜に突き刺さる。目も眩むほどの光撃は、私の目の中に飛び込んで網膜を焼く。
私の体から発生された電撃は、抑えきれなくなり、そのエネルギーを辺りに放つ。体から漏れた電流はのたうちながら周囲の地面を舐めていく。青白い電流は床の絨毯を一瞬で醜い炭に変えた。私は振り返り、血の繋がった他人の顔をまっすぐ見つめた。左手で両の目の涙を拭う。
右手でつかんだ剣の切っ先を突き刺すように、王様に向ける。
冷え切った私の体の中の残火が再び燃え上がる。燃えるような想いだけが胸の中から溢れていく。絶望の泥の中にいた私はもういない。
今、炎だけが私の心の中にある。
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