努力という名の重荷

[同時刻 愛(ホームレス)視点]

私の大振りの斬撃が左右から、兵士の体を舐める。兵士は剣で全ての攻撃を防いでいる。右からの大振りを左に受け流し、左からの大振りを上から沈める。戦況は一対一で私の優勢。にも関わらず、相手は余裕の表情だ。


私は飛び上がり、空中から相手を切りつける。斜め頭上から二発、頭の後ろから一発。それらの全てが敵の体をかすめた。少量の出血が生じる。空気に混じった血の匂いが私の鼻を突く。

「さっさと装備している武器を使えば?」

「嫌だ。使いたくないんだ!」

「ならさっさと負けて!」


私は相手の攻撃を躱しつつ攻撃を送る。敵の突きを飛んで躱し、その剣の上を転がる。そして、攻防一体となった奇抜な攻撃がついに相手の喉元を切り裂いた。急所を攻撃されて兵士はたまらず距離を取る。

「逃さないっ!」


私は追い打ちをかける。私の剣が軌跡を描き、空を駆ける。空気と空気の合間を縫うようにして、烈火のような突きを繰り出す。激しくのたうつ剣先が相手の体をかすめていく。兵士は私の攻撃から逃げるように距離を取る。私はそれを先読みして、回り込む。逃げ場をなくし、追い込み、追い詰める。まるで、集団で狩りをする肉食獣のようだ。

完全に、力ではこちらが上回っている。いける。このままゴリ押せば、彼が装備している何かを発動する前にカタをつけることができる。

「大人しく降伏して、そうすればあなたも装備を発動しなくていい」

「断る」

冷たい空気が、場の温度を下げた。


「残念ね」

私は剣を大きく振りかぶる。右手の細い筋肉に力を込める。腰を捻り、体重をかける。そして、剣を思いっきり振り切った。

空気と地面を血が汚す。体外に流れ出た赤い宝石は、美しい輝きを放つ。その美しい血が出たのは私の体からだった。


ふらつく頭を必死で動かしながら体勢を立て直す。口元の血を拭う。右の脇腹のあたりをさすって痛みを和らげる。

(今、明らかに誰かに、右側から蹴られた)

ピントのぼやける目で辺りを探る、が何もない。私は兵士の方を見た。

「ぎゃああああああああああ」


彼は鶏をくびる時のような叫び声をあげていた。体には一切の傷がない。私の斬撃は彼には当たらなかった。叫び声の理由は、装備している何かと関係があるのだろう。

私は周囲の警戒を怠らないようにする。私と彼の他には何もない。ただ孤独な空間に彼の悲痛な声だけが響く。そして、私は急な吐き気に襲われて嘔吐した。

嗚咽を漏らしながら吐瀉物を見ると、それは泥と砂利だった。


「何これ? こんなもの食べていない」

何が起きているのかわからずに、兵士の方を見る。彼は苦痛に悶絶しながら地面にうずくまっている。

「あなた何を装備しているの? もうやめてっ! あなたにも危険が及ぶんでしょう?」

だが、私の声は彼に届かない。そして、私の全身が急に震え始めた。毛穴が完全に閉じて鳥肌が浮き出る。つま先から頭のてっぺんまで、体は大きく震え始めた。

「何が起きているの?」

私は思わず自分で自分の体を抱きしめる。その瞬間、言いようもないほどの孤独感に襲われた。世界に自分だけしかいなくなってしまったようだ。

「一体何なの、これはっ!」


私は怖くなって叫び声をあげた。彼は一体何を装備しているのだ? 見当もつかない。

次の瞬間、鈍い音とともに突如私の体に亀裂が走った。右肩から左足にかけて大きく斬撃による裂傷が生じた。

「何で斬られたの? 誰に斬られたの?」

燃えるような痛みよりも先に、疑問が脳を埋め尽くす。そして、次に、誰かに後頭部を思いっきり鈍器で殴打された。脳裏を激しい電気信号が飛び交い、それらが混線を起こす。

再び兵士の方を見た。

「来るな! 来るなー!」


兵士は何もない空間に向かって、声を張り上げている。喉が避けて吐血しながら大声をあげている。地面を後退するようにして後ずさる。恐怖でほとんど体が動いていないように見えた。

「あなた一体何を装備しているの? 何であれやめて! このままじゃ二人とも死ぬ!」

私は痛みと恐怖で縮こまる体を無理やり立ち上がらせ、兵士のもとに走った。足が棒のようだ。感情を押し殺し、恐怖を肋骨の中に抑え込む。そして、兵士を突き飛ばして見えない何かから助けた。


その瞬間、私の全身から悪寒が消えた。私は兵士に馬乗りになって、

「一体何をしたの? もうやめて!」

兵士は虚ろな目をこちらに向ける。私の顔を確認すると足で私を突き飛ばした。私は後方に吹き飛ばされた。

「まだ死んでいなかったのか? ならもう一度装備を使う」

「あなたも死んでしまう! やめて! お願い」


そして、兵士はもう一度同じ能力を使った。兵士は身悶えしながら悶絶の表情を浮かべる。周囲の空気の電圧が上がる。空気が音を立てて弾ける。空が割れて、大地が鳴いている。彼が何をしようとしているのか分かった気がする。

「あなたが装備している物が分かった」

私はそう呟くと、今までの彼から受けた攻撃を思い出した。


まず、右側からいきなり蹴られたような衝撃を感じた。次に、泥と砂を吐き出し、孤独感を感じ、斬撃を喰らい、後頭部を殴打された。


そして今、彼は先生が装備していた電撃を、先生と同じように装備している。彼の体から淡い電気の因子が飛び交う。空を切りながら嫌な音を奏でる。目に見えるほどの電気は質量を孕んで彼の体にまとわりつく。

そう。私が彼から受けた不可解な攻撃は全て見覚えがある。一度どこかで食らったことや経験したことがある物を再度食らっただけだ。


「あなたが装備しているのはトラウマね」

最初に感じた右側からの蹴りは、ホームレス時代に、黒髪の少年から食らったものだ。泥と砂はホームレス時代の食事。孤独感はホームレス時代の夜の恐怖。斬撃と後頭部への攻撃はジャックと行った任務での怪我。


そして、私の人生の最大のトラウマ、無駄になった努力(電撃)が私の目の前に立ちふさがる。

「その通り、俺の装備しているのはトラウマ。見ての通り発動の際に俺の体もトラウマに襲われる」

「あなたの体を見て! 攻撃を行っている側なのに、あなたの方がダメージを負っている」

彼の体はもうボロボロだった。あちこち綻んで、今にも壊れそうな布でできた人形のようだ。

「この攻撃は諸刃の剣だ。相手が死んだら俺も死ぬ」

「あなたたちはどうしてそうまでして戦うの?」

「さあ、何でだろうな?」


私は唇を強く噛み締めた。この世にはどうしても分かり合えない相手もいる。私はそのことをよく知っている。

「俺の攻撃はお前のようなホームレスの弱点だ。ホームレスは地獄の底のような生活だ。日々トラウマに苦しめられる」

彼の体から発せられる電撃が強まる。青色が熱を持って輝いている。

「刺すような空腹が体を襲い、泥と砂利を必死で口に押し込む。夜は孤独感が体を締め付ける。朝になると安堵する、まだ生きていると」

彼の右手が電撃に貫かれた。そして傷口から電撃が生える。植物のように電撃が伸びてやがて一本の剣のようになった。

「今、俺の体には電撃が装備されているな? これがお前のトラウマなんだな? 普通相手のトラウマは感知できないんだがな、これほど大きいトラウマを見るのは初めてだ。大方死ぬほど努力しても勝ち得ることのできなかった物か何かだろ?」

私は何も答えない。

「トラウマになる程必死で頑張ったんだろ?」


私は口の端を強く結んだ。

「人間は辛い過去を忘れることができない。幸福な出来事や、楽しかったことなどすぐに忘れてしまうのにな」

電撃が激しく音を爆発させる。

「誰よりも頑張ったのに、誰よりも一生懸命頑張ったのに、その努力がお前の体を苦しめる。痛めつけて、弄んで、苦しめる」

私は過去の修行を思い出した。何千、何万回も練習した。そして、未だに電撃は装備できないでいた。

「もう諦めろ。どうせ無理だ」


彼は斬撃の構えをとった。私もそれに応えるように斬撃の構えをとる。私は頭の中に、今までの全ての努力を鮮明にフラッシュバックさせた。これらはトラウマなんかじゃない。私の努力の証。誰よりも一生懸命頑張った。誰よりも必死で修行した。胸が苦しいのは、本気で頑張ったから。心が張り裂けそうになるのは、悔しいから。


私はもう一度電撃を装備しようとする。右手の剣に全ての努力を乗せる。

(お願い。ここで電撃が発動しなかったら私は負ける。自分のトラウマにだけは勝ちたいの。お願い! 発動して!)

私は声に出さずに、女神様に祈った。

そして、兵士と私は反対方向から同時に駆け寄り、思いっきり剣を近づける。お互いがお互いを引き合う巨大な惑星のように、剣と剣は互いを求め合う。

「お前なんかに電撃を装備することは無理だ!」

激しい音とともに、剣はお互いを切り裂いた。

そして、彼が言った通り、私は電撃を装備することはできなかった。私は、電撃を装備することなく、通常の斬撃だけで、電撃を上回り勝利した。

爽やかな風が吹く、透明な空気だけが音を生み出す。心の中に濁っていた何かは燃え尽きてどこかへ行ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る