はじめの1歩(2)

 おっと、今は神様の生活なんて置いといて……あのスマホは一体何をする為に取り出したのだろう。

 ……まあ大方の予想はつくが、一応念の為に聞いてみよう。


「そっちの暮らしについてはわかったが、そのスマホを取り出して何をする気なんだ?」


『テレビで見るなっていうから、このスマホであの娘の事を見るだけよ』


 やっぱりか。

 本当に、何もわかっていないな。


「テレビだろが、スマホだろうが盗撮なのはかわらだろうが! そのスマホを没収する!」


『はあ!? これはアタシのだからあんたに渡すわけがないでしょ!』


 くそっ空中を自由に飛ばれてしまうから、スマホを奪えない。

 だが、こればかりは譲れない。

 神野家は俺が守る!


『あ~も~! しつっこい! わかった、家の中は見ないから!』


 わかってくれたようだ。


『も~仕方ないわね~。あの家の玄関の前で見張って来るわ』


 ……え?

 そう言って、メイティーが窓を開けてが……まさか、直接見張る気か!?


「ちょっまっ――」


『あの娘が出てきたら呼びに戻るから、それまでトーストは食べちゃ駄目だからね~』


 止める間もなく、メイティーが飛んで行ってしまった。


「……しまった!! 監視できない分こっちの方が不安になるじゃないか!」


 かと言って、飛んで行ったメイティーを捕まえられる手立てがない。

 直接追いかけようにも、俺は神野さんの住んでいる家の場所はわからない。

 完全に終わった。



 メイティーが飛び出してから約20分。

 俺の体感的に1時間は経っている気がする。

 今も1分1秒が長く感じる。

 まるで、時計が止まっているみたいだ。


「……んん?」


 みたいじゃなくて、デジタル時計の秒を現す点滅が止まっているじゃないか。

 スマホは……反応しない。

 これはもしかして……。


『あの娘が家から出たわ! 時間を止めているうちに行くわよ!』


 メイティーが窓から帰って来た。

 玄関を使うという考えはないらしい。


「やっぱりお前が時間を止めていたのか。お前、神野さんに何もしていないだろうな?」


『玄関を見張っていただけで何もしていないわよ! ほら、早くトーストを持って外に出た出た!』


 メイティーが俺の背中をドンドンと叩いて催促してくる。

 どうして、外にトーストを持って出る必要があるんだ。


「おい、ちゃんと説明をだな……」


『説明は移動しながら話すわ! とにかく早く!』 


「痛い、痛い! わかったからそんなに背中を叩くなって!」


 結局、外に出てしまった。

 何だって言うんだ。


『よし、それじゃあアタシについて来なさい』


 ついて来いって、飛んでいるお前に走って追いかけろって言うのか。


「待て待て。俺を魔法で浮かせたり、手を掴んで飛んだり……」


『それじゃあ、今からアタシの考えた恋愛術を説明するわね』


 これは駄目だ……俺の言葉が全く耳に入っていない。

 仕方ない、走るか。


『アタシが指定する場所に着いたら、貴方はトーストを口に咥えて曲がり角に向かって走るの。そして、あの娘と衝突する』


「はあ?」


『そして、ひと悶着のち貴方は立ち去る。その後、貴方があの娘のクラスに転校生として現れて、空いていた隣の席に座る。で、貴方とあの娘は様々な紆余曲折の末に、やがて恋に落ちる……どお? 完璧な作戦でしょ!』


 でしょと言われましても、それって恋愛漫画によくあるド定番シーンじゃないか。

 そもそも、それはヒロインがやる事であって男の俺がやるのはおかしいぞ。

 つか俺は在学生だし、神野さんの隣の席は空いてないし……穴だらけの作戦じゃないか。


『フッ……完璧すぎて、声も出ないようね』


 呆れてツッコミの言葉すら出ないだけだよ。

 何で、そんなに自信満々の顔をしているんだか。


「ん? この辺りは……」


 メイティーと話をしているうちに住宅街に入った。

 この辺りは初めて来たけど、見覚えがあるような……そうだ、昨日神野さんの帰宅で見た風景だ。

 なるほど、この辺りに住んでいたのか。


『着いたわ。え~と、それじゃあこの辺りに待機してもらって~』


 位置なんて大体でいいだろう。

 わざわざ石を使って地面に線を引かんでも。


「あのさ、俺は一言もやるとは――」


『あっもう時間が動き出すわ。じゃあ、アタシが合図をしたらあの角に向かって走るのよ! いいわね!』


 メイティーが飛び上がって行った。

 まーた、俺の話を無視してからに。


 ――ガヤガヤ


 人の声や物音が聞こえだした、時間が動き出したみたいだな。

 メイティーは一定の方向を凝視してこっちを見ていないし、このまま学校に行こうかな。

 ……いや待てよ、さすがに走ってぶつかるのは危険だが、歩いて曲がり角に入って鉢合わせって感じにすれば神野さんと会話出来るよな。

 

『――来たわ!』


 腐ってもあいつは女神だ、つまりこれは神託と言える。

 なら、やるだけやってみる価値はあるか。


『今よ!』


 腹をくくれ、俺!

 この曲がり角に入る1歩は、神野さんと仲良くなれるはじめの1歩に……って、あれ? 神野さんの通学って、確か――。


「っ!!」


 ――そうだ、自転車だ!

 まずい、この1歩を踏み出してしまうと神野さんとぶつかってしまう!

 ストップ! ストーップ!


 ――ビュン


「きゃっ!」

「――あだっ!」


 俺の目の前を、自転車に乗った神野さんが通過して行った。

 あっぶねぇ……無理やり自分の体を止めたからバランスを崩して尻餅はついたけど、事故はなんとか回避できた。


「種島くん! 大丈夫!?」


「あっ」


 神野さんがわざわざ引き返して来てくれた。


「ごめんなさい、怪我は無い?」


 そして、手を差し伸べてくれた。


「だ、大丈夫。飛び出しかけた俺が悪いから気にしないで!」


 本当なら、その手を取りたかったが……流石に自業自得なので自力で起き上がろう。


「……本当に大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫! ほらっ」


 怪我をしていないアピールをするんだ。

 これ以上、神野さんに心配を掛けたくない。


「命、おはよ~」


 この声は。


「あ、香夏子ちゃん」


 やっぱり香夏子だ。

 あいつもこの通学路を使っていたのか。


「あれ? 春彦じゃん。どうしてここに居るの? ここは通学路じゃない」


「うっ」


 これはまずい。

 正直に話しても信じてもらえないだろうし、変な奴と思われてしまう。


「えと……その……ジョ、ジョギングだよ! 今日からジョギングを始めたんだ!」


 これでどうだ。

 これなら、自然だろう。


「ジョギング? こんな時間に、しかも制服で?」


 全然、自然じゃなかった。

 むしろ不自然すぎる。


「いやーそれはー……きっ着替えるのが面倒だから制服で走っていたんだよ! おっと、時間がもうないな、じゃあまた後でー!」


 この場は逃げるのが一番!

 あの女神のせいで、神野さんに変な奴と思われたかもしれない!

 くそおおおお!!


「あ、うん。……変な春彦、いくら面倒だからって制服で……ん? どうしたのよ、命。何か嬉しそうだけど」


「初めて、私の顔を見ながら話してくれた……」


「え、なに? 小声で聞こえなかった」


「あっううん、何でもない。ただの独り言だから気にしないで。ほら、早く学校に行こ」


「? ……変な命」

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