処刑
目を覚ますと、そこは小ぎれいな部屋だった。
窓のそばには白い花が花瓶に突き刺さっている。
外の夕日に照らされてその白さをより一層引き立たせる。
その花には顔がついていた。
目があって口がある。
これはなんなのだろう?
俺が寝ていたのは清潔なベッドの上だった。
洗剤の匂いが鼻を刺す。
人工的なその匂いは不思議な感覚を脳に伝えた。
ベッドの横にはベッドライト用の小さなテーブルがあり、そこにコップ一杯の飲み水が置いてあった。
俺はその水を一思いに飲み込んだ。
一気飲みした水は喉を激しくのたうちながら落ちていく。
それがすごく爽快だった。
俺は自分のいる部屋を一周見渡すとなぜかこの部屋に見覚えがあるような気がした。
きっと異世界転生する前にこんな部屋に住んでいたのだろう。
すると、乾いたノックが部屋に響いた。
「入るわよ」
入ってきたのはアリシアだった。
「気がついたみたいね」
「もう綿棒は脱いだのか?」
アリシアは綿棒を脱いで普通の普段着を着ている。
俺はそれを見て心底ホッとした。
本当にホッとした。
よかった。
この子は普段からずっと
「ええ。綿棒は脱いじゃった。それより調子はどう?」
「最悪だ」
「そうでしょうね」
アリシアはウンウンと首を縦に振って頷いている。
『そうでしょうね。じゃねーだろ! じゃあなんで調子を聞いたんだよ』と、思ったが口にはしなかった。
「それよりここはどこ?」
「ここは私の家よ」
「君の家?」
「ええ。あなた、しばらくここに住んでいいわ!
どうせこの部屋使っていなかったし、行くとこないんでしょ?」
「
俺は即座に丁重にお断りした。
「はあっ? なんでよっ? 行く宛でもあるっていうの?」
「行く宛はない。
でも、その、君の、その、言いにくいんだけど、君はどう考えても頭がおかしいやばい奴にしか見えないからお断りさせてください」
俺は言いにくいとは言いながらも、かなりはっきり言った。
「コイツ。言いにくいと言いながら、はっきり言ったわね!」
アリシアは続ける。
「私の頭がおかしいって綿棒を着ていたからでしょ?
あれは着たくて着ていたわけじゃないわ。
この世界にはパワーワードっていう特有の概念があって通常考えられないような台詞を口にするとそれだけで強くなれるのよ」
「だから綿棒を着ていたのか!」
そのことを差し引いても若干頭がアレな気がするがそれは黙っておいた。
「あなた今、そのことを差し引いても若干頭がアレな気がするとか思ってないわよね?」
す、鋭い。
「思ってないよ!」
「本当に?」
「思っていないよ!」
「そう。それと怪我の具合は全治三日ってところね。
よかったわね、直前にパワーアップしていて」
「パワーアップっていうと、あの『パワーワードを感知しました。ケンの能力が向上します』っていうやつか?」
「そうよ。パワーワードを口に出すと、身体能力が少し向上するのよ」
「パワーワードで強くなるのはわかった。だけど、もっと詳しく説明してくれないか? まだ頭が混乱しているんだ」
「わかったわ! パワーワードで強くなるためには、
一、二人以上の人間がいる場で行うこと。
二、パワーワードつまりインパクトのあるセリフを口にすること。
三、口にしたパワーワードにまつわる能力と身体能力が向上する。
わかり易くするために、例を出すわね!
例えば、さっきの綿棒の例で言うと、
一、ケンと私がいる場所で行った。
二、『綿棒を着ているの?』と発言する。綿棒は通常着るものではないから、パワーワード認定される。
三、私とケンは“綿棒を服として着る能力”と、身体能力が向上した。
っていうことよ。
パワーワード認定の条件もいくつかあるんだけどそれは複雑になっちゃうからまた今度説明するわ。
どう? なんとなくわかった?」
「ああ。なんとなく」
「分からなくてもおいおい覚えていけばいいわ」
「さっきの戦いでは『綿棒を着ているの?』って発言していなかったらやばかったってことだよな?」
「ええ! あれのおかげであなたの身体能力が上昇したの。
あれがなかったら全治三週間くらいになっていたと思うわ!」
「そ、そうだったのか」
アリシアはちょっと変わった子かもしれないけど、俺のことを助けて、治療までしてくれたんだ。
もうちょっと感謝してもいいかもな。
「アリシア、助けてくれてありがとう!
俺に何かできることがあったら言ってくれ! なんでも手伝うよ!」
「
アリシアは目を輝かせながら言った。
彼女の蜂蜜色の目は爛々と輝いて、まるで太陽の輝きのようだった。
それを見て俺は怖くなった。一体何をお願いされるのだろう?
「なんでもって言ったけど、綿棒になってとか、綿棒を一気飲みしろとか、綿棒を一気食いしろとか、綿棒を目に入れるとかはなしな!」
「私をなんだと思っているのよ。
私のお願いは、ズバリ、私と友達になってもらうことよ!」
「え? 友達?」
「そうよ」
「それだけ?」
「ええ」
「そりゃもちろんいいけど。だってこれからここに住んでいいんだろ?」
「いい? いいって言ったの?」
「え? あ、うん」
「言質とったからね! やったーーーーーーーーーー!」
アリシアのはしゃぎようは眼を見張るものがあった。
まるで生まれてから一度も友達がいない人間のような反応に思えた。
「変わったやつだな。それより、なんだかお腹が痛くなってきたから横になるよ」
「わかったわ。じゃあ安静にしておいてね。あれ?」
その瞬間、嫌な影を感じた。
灰色の何かが俺の心の上をゆっくりと滑っていく。
「ん? どうした?」
「コップに入れて置いておいた
「なんで枕元に置いておくんだよーーーーーーーーーー!」
そして、俺は全治三週間の大怪我を負った。
腹のなかから全身が焼けただれ、発疹が全身の皮膚を覆い尽くした。
喉から溶けたルビーのような鮮やかな血液が溢れ、目からはドス黒い液体が流れ出てきた。
死神がもし本当に存在するならば死神が目を背けたくなるんだろうな。
そう思うほど俺の体は綻んだ。
まるで車に轢かれた後に、町中引き摺り回されて、暴走族にリンチされて、ライオンのオリに放り込まれて、全身をミキサーにかけて、その後、蘇生させた後に、死んで、また生き返って死んだ人間のようだった。
最後に頭に浮かんだのは、『だめだこの女』と、いう失礼な一文だった。
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