act2-1-3

「お母さん、何かお手伝いしましょうか?」

 わたしは台所の玉のれんから頭をのぞかせ、孝心に満ちた声で母の背中に言った。これまでまともに家の手伝いなんかしたことがなかったので、きっとわたしの申し出を聞いて感涙にむせぶに違いない。

 しかし、母は胡散臭そうに一瞥を向け、

「けっこうです。そんなことより勉強しなさい、勉強」

 ……出鼻をくじかれた。

 せっかく娘が親孝行しようとしているのに、どうしてやる気を削ぐようなことを言うかなぁ。親がそんな無理解だと、子どもが夜の街を徘徊したり、自らの死を望んだりといった逸脱行動に走りかねないよ、まったく。

 路線を変更して〝勉強のできる子〟という記憶を残そうかとも考えたけど、それには時間がかかるし、なにより逆立ちしても不可能なので却下。相手がどう思おうが、ここは親孝行路線で押し通すことにしよう。

「いいからいいから、遠慮しないで。あ、この食器を拭けばいいのね」

「あ、こらっ!?」

 わたしは母の隣に強引に割り込むと、水切りかごの中の食器を手に取った――つもりだったのだけど、洗われたばかりでまだ濡れていた皿はわたしの手からつるりと滑り、床に落ちて割れてしまった。

「…………」

「…………」

 いくつもの破片に砕けた皿を呆然と見つめる母とわたし。台所を気まずい沈黙が支配する。

「あ、あのさ――」しばらくしてからわたしは言った。「わたしはただ親孝行がしたかっただけで、決して悪気があったわけじゃないんだよ」

「…………」

「本当だよ」

「…………」

「でもほら、こどもはちょっと困ったちゃんくらいの方が親としてはかわいく思えるんじゃないかなー、なんて……」

「…………」

 わたしは必死に弁解を試みたものの、怒りで肩をわなわな震わせている母は聞く耳を持たなかった。鬼の形相で台所の出口を指差し、怒鳴った。

「出て行けーっ!」

 言われるまでもなく、わたしは脱兎の如く台所から退散した。

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