おっぱいがいっぱい。『おっぱいは楽園にのみ存在する天使の調べ』

俺が目を開けると、そこはおっぱいの谷間だった。

「うわ、ご、ごめん」

「ん、別にええよ。事故やし……あれ? 君……桜くんよね?」

俺が突っ込んだおっぱいの持ち主は、方言を使う外人女子だ。長いクルクルした赤毛を肩まで伸ばしている。青い瞳が白い肌の中で目立ち、日本人のものとは比べ物にならないほど巨大な巨乳がふたつ胸に装備されている。


「俺の名前を知っているの? んんっ? 君……朋子ちゃん? 小学校の時同じクラスだったよね?」

彼女は小学校の時赤毛をからかわれていじめられていた朋子だ。あの時は、自分に自信なさそうにいつも俯いていた。だけど、今の彼女は自分に自信満々。

凶悪な破壊力を持つ破壊兵器が胸に二つ付いているのだ。


クォーター所以の整った目鼻立ちは成長するにつれからかわれるより、褒められるようになったのだろう。

俺とは正反対になってしまったようだ。自信に溢れ、人生を楽しんでいる。

「久しぶりやんな! 元気にしとったん?」

「うん……まぁまぁかな」

俺は口をまごつかせた。


「なあ君、このゲームどう思う?」

「わからないでも、部屋の中央の死体は作り物には見えないな。もし――」

そこで冷たいアナウンスが、再び部屋に音を注ぎ入れた。

『では、第一夜の時間だ。各々のカードに殺害したい人物の名前を書いてくれ』


「くそっ! もう投票時間か? 早すぎないか?」

(だがどうする? とりあえず適当に誰かの名前を書くか?)

俺は熱くなる頭を必死で凍らせる。冷静になれ。

赤髪クォーターの朋子は、

「なあ……」

「なんだ?」

「うちはあんたの名前だけは書かんよ」

彼女は頬を少しだけ赤らめながらそう言った。


「え?」

「君小学校の時いじめられていた私を庇ってくれたやんな? 覚えとぉ?」

「そんなことあったか……」

俺にも昔はそんな時があったのか。まだ生きることに幸福を感じていて、世の中に絶望していなかった時。



脳内に過去の映像がフラッシュバックする。

そこは小学校の小さな教室。朋子の周りに三人の男子が集まっている。明らかないじめの現場だ。

えーんえーんと教室の隅で泣く朋子にいじめっ子が、

【悔しかったら母ちゃんに言いつけろよ! あ、そうだった! お前の母ちゃんもうとっくに死んだんだっけな!】

両親がいない俺は、彼女のことを放って置けなかった。俺は彼女といじめっ子の間に体を滑り込ませて、

【やめろよっ!】

【おい! またヒーロー気取りか? この人数に勝てるわけないだろ……それに……お前なんかに何ができるんだよ……?】

今じゃいじめられている人を助けるなんて考えられないな。



過去の映像は消えて、瞳は現在を映す。

大きく成長した朋子が、大人の表情で、

「あの時助けてくれたんまだ覚えとぉよ……」

俺は不覚にも彼女の表情に照れ臭さを感じてしまった。


『カードに名前は書き終わっただろうか? 必ず利き手で記入するように。無記入の場合は、カード保持者の名前が自動的に書き込まれることとなっている』

「そんなことより、早く書かなきゃ! どうする? とりあえず自分の名前を書くか? 投票が割れた場合、処刑は起こらないだろう」


俺は残りのゲームプレイヤーの名前がわからない。それに今はとりあえず投票する以外の選択肢がない。

「そやね……絶対に一緒に生き残ろな!」


俺は自分の名前をサラサラとカードに書きながら、

「そうだな! 生きて一緒にここを出よう!」

「そしたら……その時は、桜くんさえよければ……あの、うちと––––」

そこで俺の意識は途絶えた。

朦朧とする意識にアナウンスが割り込んでくる。

【では一夜目の投票を終了する。諸君らには、十二時間眠ってもらう】



[十二時間後]

まどろむような夢心地。できるならずっとこの世界にいたい。そうすれば傷つかないし、怖いことも起きない。

だけどいつかはみんな起きて現実と向き合わないといけない。

それがこんなに早く訪れるとは思っていなかった。

「う……いて……」

俺はコンクリートの上で直接寝ていたようだ。痛む体をさすりながら体を起こした。

どうやら処刑は免れたようだ。


「ふぁあ……本当に十二時間寝ていたみたいだな。なあ……朋子?」

だが返事はない。俺は目を擦りながら――

「無事か? 朋子?」

俺はゆっくりと朋子がいるはずの場所に視線を合わせた。


「え……何で……?」

そこには天井からロープで吊るされている変わり果てた朋子の姿があった。

ギギギギと鈍い音を立てながら、彼女の遺体は回転する。そして、はっきりと俺と目があった。彼女の恐怖に見開かれた目と、青ざめた表情が俺に現実を突きつける。

「そんな……」

【どうやら最初の死人が出てしまったようだな。残念だ】

俺は震える体を動かし、彼女の手を握った。完全に冷たくなっている。


朋子は死んだ。


その瞬間、全身に悪寒が縫い込まれるような衝撃が走った。

「よくも……!」

俺は背後を振り返る。そこには残りのゲームプレイヤーが呆けたような表情で死体を見つめていた。俺はそいつらに向かって、

「この中の誰かが投票したんだ! なんで? 殺す意味なんてないだろ! 俺たちは全員人狼じゃないんだ! 全員が自分に投票すればもうゲームエンドだったのに!」


すると、カサッ! と何かが地面に落ちた。俺が朋子の死体に触れたことにより彼女が持っていたものが地面に落ちたのだ。

俺はかがみ込み、それを拾い上げた。

それは彼女の役職カードだった。表面には、『狩人』とだけ書かれている。

そして、俺はゆっくりと裏側を見た。


その瞬間、全身に針のような電流が巡った。まるで血液が全て抜かれたみたいな衝撃だった。

そこには、『死ね! 桜』と書かれていた。


俺は朋子の表情を見つめた。彼女の目は恐怖に見開かれていたんじゃない。俺への殺意で澱んでいたのだ。

「俺に投票していたのか? 朋子……俺を殺そうとしたのか? なんで……?」

情け容赦のない騙し合いの殺し合い。

嘘に嘘が重ねられ、人が人を食い合う。


これは人狼不参加型の人狼ゲーム。

人狼なんかいなくても、人が人を食うゲーム。


もしかしたら人間こそが人狼なんかよりもっと恐ろしい化け物なのかもしれない。



俺たちは朋子の死体を地面に下ろすと、少し離れた場所に円を作った。

全員少し落ち着いたのか、冷静さを取り戻した。

次の投票までは十二時間もある(アナウンスに質問して聞いた)。

だからその間になんとしてでも誰が朋子に投票したか暴かないと。

そして、朋子はなぜ俺を殺そうとしたのか。


金髪のヤンキーが言った。

「今なんつった? お前正気か?」

「ああ。お前たちの役職カードを見せろ」

俺の左隣のおかっぱ女子が、

「でもそんなことしたら名前がバレちゃう……」


「名前はバレても大丈夫だ」

俺はそう言いながら自分の役職カードをみんなに見せた。

表面には『村人』、裏面には『桜』と書かれてある。

「マジかこいつ本当に見せやがった」


通常人狼ゲームで役職をバラすことはできない。それができてしまうとゲーム性が崩壊するためだ。

だがこれは人狼不参加型の人狼ゲーム。ゲームマスターの言っていることが本当なら、見せても大丈夫なはずだ。


「ゲームマスター、質問がある」

【どうぞ】

「このゲームには誓って人狼がいないのか?」

【現在のゲームでは人狼はいない。疑わしいのなら全員の役職カードを見せてもらえ。ちなみに役職カードは偽造不可能だ】


「もし次の投票で全員が自分の名前を記入すればどうなる?」

【全員が自分の名前を投票した場合、得票率が全員同じになるため、その時点でゲームクリアだ。誰も死なないし、全員この場から生きて出られることを保証しよう】

「本当に保証できるか?」

【もちろんだ。ただの虐殺なら、こんな面倒で手のかかることはしない。わざわざ自宅まで赴いてリスキーな誘拐という手段をとったのは、諸君らにこのゲームを楽しんでいただきたいからだ】


金髪ヤンキーが、

「楽しんでだと……舐めやがって……!」

「このゲームのクリア条件はなんだ?」

【このゲームは人狼に全員が食い殺されるというゲームエンドがない。なぜなら人狼不参加型だからだ。よってこのゲームのクリア条件は、ゲームの停滞だ】

「ゲームの停滞?」

【そうだ。ゲームをこれ以上続けても意味がないと判断された瞬間に諸君らの勝ちだ。具体的には、全員が自分の名前に投票すればいい】

「逆にゲームの敗北条件は?」

【もちろん諸君らが全滅することだよ】


「異能とはなんだ?」

【答えられない】

「お前の目的は?」

【答えられない】

「誰が何のためにこのゲームを仕組んだ?」

【答えられない】

この分じゃ重要な質問は全部これだろうな。


「何か他に俺たちに開示できる情報はあるか?」

【私が対応できるのは、

ゲームのルールの確認

役職カードとペンの再発行について

直近の投票の投票率

に関してだけだ】


直近の投票率? それがわかれば、朋子がなんで死んだのかわかる。

朋子の死は明らかに不自然だ。絶対におかしい。

なぜならあの時、俺は自分に一票を投票していた。さらに朋子から裏切られ一票投票されていたことになる。俺の名前がカードの裏に書かれているのをこの目で確認した。


ゲームマスターが言うには、カードが偽装不可能だ。

と言うことは、確実に俺には二票が入っている。

朋子が死んだということは、朋子は二票以上入れられた可能性がある。

朋子と俺はみんなの前で名前を呼び合った。あの一瞬で、頭の切れるやつなら俺か朋子に投票したはず。


俺が思惑に耽っていると、アナウンスが、

【言い忘れるところだった】

「なんだ?」

【誰に投票したかは…………指で消すことができる】


その瞬間、ほぼ全員が一斉にカードを取り出し指でゴシゴシと名前を消した。

「お、おい! やめろ! 何やっているんだ!」

だが時は巻き戻らない。

(くそ……もう誰が誰に投票したかわからなくなった)



ほぼ全員が名前を消した理由は察することができる。この中の誰かが朋子や俺に入れたんだ。ひょっとしたら全員かもしれない。


「ゲームマスター、直近の投票の得票率を教えてくれ」

【よろしい。その場合、ゲーム参加者全員の名前を発表することになる。そのため全員が名前を発表することに同意していただく必要がある】


俺は他のメンバーの方を向いて、

「ふぅ……なぁ。もうこの際誰が朋子に投票したかはいい。だが全員役職カードを見せてくれ。ゲームマスターのいう通り、ただの虐殺ならこんなに金も時間もかかることしないだろう。人狼はいないはずだ。

それに、得票率を見ておいた方が、お前たち自身の生存率が上がるだろ?」


全員は黙り込み、誰かが口を開くのを待つ。

みんな突飛な状況と命の危機で回避行動を取っているのだ。

仕方がない。


俺は役職カードを再び見えるようにしながら、

「俺は桜。男だけど桜っていう名前だ。高校二年。両親はいなく一人暮らしだ。最初に死んだ朋子とは小学校が同じだ」

俺は朋子の役職カードも見せた。表には『狩人』、裏には……

『死ね 桜』と書かれていた。


「みんな……俺たちは敵じゃない。こういう風に不安になり、疑心暗鬼になっていたらこのゲームは絶対にクリアできない。誰が朋子に投票したかはもう追及するつもりはない。だから役職だけでもいいから教えてくれ」


このゲームが本当に人狼不参加型なら、役職だけは開示できるはずだ。

「わぁーったよ! チッ! ほらこれでいいんだろ!」

なんと最初に口を開いたのは態度の悪い金髪ヤンキーだった。


「俺の名前は、正義だ」

ヤンキー正義の役職は、『村人』。

いいぞ! いい流れだ!

「そうか。これでお前が人狼じゃない証明になった。ありがとうな」

俺は視線を次の人に投げて、

「君も教えてくれるか?」


ヤンキー正義の隣にいるのは、丸刈りのメガネ男子。

「僕はカツオ。役職は……村人だ」


俺と対角の位置にいるのは、黒髪黒目、清楚系女子高生。可愛らしい見た目だが、どこか闇を抱えていそうだ。

(この人……どこかで会ったことがある気がする)

なぜかこの人物を知っている気がした。

「何ジロジロ見てんのよ……」

「いや、どこかで会ったことがあるような気がして」

ヤンキー正義は早速馴れ馴れしく、

「おい……桜! 勘弁してくれよこんな時に、ナンパなら後にしろよ」

「そういうつもりは……」


俺は女子高生に向き直り、

「頼む……名前を教えてくれ……君のためにも」

「チッ! 私の名前はアリアドネ」

「アリアドネ?」

彼女はどう見ても俺と同じ日本人に見える。明らかな…………偽名だ。

彼女は続ける。

「私の役職は……『神父』よ」

彼女はカードを見せてきた。役職は本当らしい。


「神父は、一日に一度誰かの役職を覗き見ることができる。お前はその能力を使ったのか?」

だが彼女は何も答えない。

ヤンキー正義は、

「おい! あんた何とか言えよ! 疑われるぞ?」

だが彼女は俯き黙ったまま

「…………どうせみんな死ぬのよ」


しばらくの沈黙が流れた。みんな自己紹介というタスクがあるため忘れているがついさっき人が一人死んだのだ。平常の精神状態の方がおかしい。

「わかった。アリアドネ。神父の能力についてはいい。次の人」


俺の左隣にいるのは、おかっぱ女子。

「私の名前は貞子です……よろしくお願いします……」

俺はこの時、どこかでこの子が役職を隠すことに期待していた。

(この子の役職が人狼でないなら本当にこのゲームには人狼がいないことになる)

この子が役職を隠すなら、それはつまりこの子が人狼だということになる。そしてこのゲームのルールは全部嘘で、ゲームマスターがただのイカれたやつだとわかる。

そうなって欲しかった。

だがその子はカードを見せて、

「わ、わ、わ、私の役職は『神父』です……」


これでこのゲームのゲームマスターは本当のことを言っていたことになる。このゲームには本当に人狼がいないのだ。

ゲームマスターは極めて冷静で真面目な常識人。


ただのイカれた殺人鬼ならどれほど良かっただろうか。

どれほど心が楽だっただろうか。諦めて、みんなで死ぬことができた。

だが、そんな甘い選択肢、天は俺に与えてくれなかった。


「わ、私は先程『神父』の能力を使いました……」

「本当かっ! 誰に対してっ?」

おかっぱ貞子は、

俺でも、ヤンキー正義でも、女子高生アリアドネでも、死んだ朋子でもないもう一人のプレイヤーを指さした。

「私が使ったのは、ゲームマスター人喰い狼(オルトロス)に対してです……!」


部屋の中心に君臨する死体のオブジェ。神々しさと禍々しさが同居する儀式の生贄。

はっきりとそこを指さしていた。

「オルトロスの役職は…………………………」


続く。

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