黒歴史の書

『捨てないでください……!!』


俺に対して涙ながらにそう言ったリーネだったが、これは、


『親に虐げられている子供が、それでも親に縋ろうとする』


や、


『パートナーからのDVを受けている奴が、それでも依存を捨てられない』


といったものと同じ状態でしかないだろうな。それをひしひしと感じる。


だが同時に、


『首の皮一枚で繋がった』


と安心していいことじゃないと俺は思う。むしろ、


<最後通牒>


なんじゃないかな。ここで取り返せなかったら、未来永劫、俺はリーネを失うことになるだろう。たとえ俺の傍にいたとしても、彼女が俺を信頼することはなく、ただ打算によってのみ俺を利用するだけの関係になる予感しかない。


そんなのは、俺の望む<家族の姿>なんかじゃない。前世で女房が、俺が定年退職を迎えて退職金を手にするまで離婚を我慢したのと同じ心理だろうさ。


そう。俺は再び、


<後悔しかない人生>


を送る羽目になるということだ。


ああ、勘弁してもらいたい。


あんな最後は二度とごめんだ。だとすれば、そうならないように、また一から信頼関係を再構築するしかない。


幸い俺は、前世の記憶を持っていることで百年分の人生経験も持ち、その上でかつての自分自身を客観的に見ることでできるようになった。前世の俺の価値観に縋る必要もない。今の俺は阿久津安斗仁王あんとにおではなく、<アントニオ・アーク>なんだからな。


恐ろしく詳細な他人の伝記を熟読しすべて丸暗記しているようなもんだろう。内心まで赤裸々に綴った、<黒歴史の書>だ。


それを活かし、俺は<アントニオ・アーク>としての人生を生きるぞ! <二周目の人生>を生きるんだ!


なるべく平静を装いつつ内心ではそんな風に気合を入れ直し、俺は、リーネと共に家に戻った。トーイはまだ寝ている。あんまりなことがあったからな。その経験を脳が処理するために睡眠を必要としてるんだろう。


と、


「あ……ああ~! うああ~っ!」


不意にトーイが声を上げ、両手で宙を掻いた。悪夢を見ているんだ。リーネにもあったものだ。


だから俺は、


「トーイ、大丈夫だ。俺がついてる。何も怖くない……」


ベッドの脇に膝を着いて囁くように話し掛けた。手を握り、頭をそっと撫でる。


「……」


すると、トーイの表情が穏やかになり、静かになる。


「いい子だ……」


俺はトーイの頭を撫でながら、囁く。そんな俺の姿を、リーネも見ている。


彼女に見せるためにそうしたわけじゃないが、結局はこういう振る舞いの一つ一つが、彼女が俺という人間を解析するために必要な情報なんだろうな。


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