やめときゃいいのに
「まず風呂に入れる分を汲んでくるから、それまではネズミの革で手袋でも作っててくれ、糸はまあ、蔓の繊維でもほぐしてもらって」
俺は、いったん家に入って干してたネズミの革と針をリーネに渡してそう告げた。樹皮鞣しを試したネズミの革で、予備の手袋を作ってもらうことにしたんだ。
「分かりました」
リーネは笑顔で応えてくれる。彼女がそうやって笑顔で応えられるのは、俺の接し方が柔らかいからだろう。この世界の大人は、本当に、子供に対して横柄で尊大で偉そうなんだ。殺意しか覚えないくらいにな。そんなことをしてるから、子供も、大人になったらそのまた子供に同じような態度をとるんだって、今なら分かる。
自分がされて嫌だったんならやめときゃいいのに、
『自分もそうされたから』
で子供に対してやるんだ。そして調子に乗って子供に殺されたりもする。
自業自得としか思わねーよ。
だから俺は、自分はそれを避けようと思う。それだけの話だ。丁寧に説明すりゃいいところは丁寧に説明する。偉そうにしない。それだけでリーネはこんなにいい笑顔を見せてくれる。
簡単な話なのになあ。
そんなことを思いながら、俺は次の水汲みに行った。正直、なかなか辛いが、リーネは毎日これを三往復くらいしてるんだ。俺はまだ二往復だ。この程度で音を上げててどうする。
が、辛いものは辛い。だからこそ、これを毎日やってくれてるリーネには感謝しかない。前世でも、女房にもうちょっと感謝してやればよかった。そうすりゃあそこまで嫌われることもなかったかもしれない。
なんでも手遅れになってから後悔しても遅い。なくしてからありがたみを悟ったって遅いんだ。だったら、今、ちゃんと感謝の気持ちを伝えなきゃ。
『照れくさい』とか『言わなくても分かれ』とか、
『子供かっ!?』
って話だ。仕事で『言わなくても分かれ』なんて、
『舐めてんのか!?』
って言われるだろ。<報連相>の重要性は、痛感しただろ。部下にも散々、そう怒鳴ったよな、俺は。家族の間でもそれはあるんだ。
感謝の気持ちは口にして<報告>して、必要な用件は<連絡>して、何か悩み事があったら<相談>して、ちゃんとコミュニケーションを取らなきゃダメだったんだ。
それなのに俺は……
俺は……! くそったれがあ……っ!
自分自身に憤りながら、俺は何度も往復して水を運んだ。結局、十回、運ぶことになった。たぶん、水量としては三百リットルくらい運んだな。
でも……
そうやって苦労して水を張ったにも拘わらず、残念なことに、<風呂>はただの、
<泥水の池>
だった。
ああでも! 最初のうちはこんなもんだ。きっと!
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