幸せになってほしいよなあ……

夜、夕食も終えて体を拭いて、リーネと一緒に寝る。薄い壁の向こうから届いてくる虫の鳴き声に包まれながら横になってると、すうすうと穏やかな寝息もすぐ傍から聞こえてきた。リーネが寝付いたんだ。


それを耳にしているうちに、俺もいつの間にか眠ってしまっていた。


が、


「う……うあ……」


不意にそんな声が聞こえてきて、眠りが浅くなる。


リーネだ。リーネの声だった。見ると、自分の顔を庇うようにして両手を挙げて、顔を歪ませているのが、壁の隙間から月明かりが差し込んでくるだけの夜闇の中でも分かった。


「ああ……」


呻きながら、目には涙も光っている。たぶん、殴られたりしている時のことでも夢に見ているんだろう。俺も、幼い頃に今世の両親から殴られたりした時の夢を今でもたまに見る。


辛いよな……


だから、つい、


「心配すんな……もう大丈夫だ……俺はリーネを殴ったりしない……」


声を掛けてしまった。


すると、途端に表情が和らいで、両手がぱたりと落ちる。と、片方の手が、俺の腕の上に落ちた。でも、そのままにしておいてやる。彼女が嫌がってないなら、別に撥ね退ける必要もないしな。


前世では、こんな風に娘と一緒に寝た記憶もない。女房と一緒に寝ていたのも、娘ができるまでだ。俺は誰かが一緒だとよく寝られない性質だったからな。娘が生まれると寝室も別にして、もうその時点で<家庭内別居>みたいな状態だったと思う。


そこからさらに、家に帰るのも億劫になっていったんだよな……


でも、不思議と、今、こうしてリーネと一緒に寝ているのは、苦にならない。むしろ、彼女の様子をすぐに確かめられるからか、安心するんだ。今も、彼女が悪夢にうなされているのを助けてやることができたみたいで、なんだか嬉しい。


だから余計に思う。


『どうして前世の俺は、こういうのができなかったんだろうな……』


なんて、いまさら悔やんでも過去には戻れないけどな……だからこそ、


『リーネには、幸せになってほしいよなあ……』


素直にそう思える。この子を幸せにできたら、前世での俺の行いも、許され……るわけないか……


俺が肺炎を患って死ぬとなっても、元女房も娘も、会いにも来てくれなかった。まあ、連絡も入れてないんだろうけどな。離婚してるし。


ひょっとしたら娘には連絡も行ったかもしれないが、来なくて当然か。俺だって娘の立場だったらいかなかっただろう。と言うか、俺の親が死んだ時、顔も出さなかった。俺自身。仕事を言い訳にして。


それと同じか……


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