思ったほどは
こうして幸運に恵まれることを妬む奴も前世にはわんさかいたし、正直、俺もその一人だったが、リーネのことを想えばツイてるならそれでいいじゃないか。その分、彼女の負担も減らせるだろうし。
なんて考えながら、俺は、地金を炉の脇に移動させた。これでガンガン仕事ができるぞ。
それから、ネコ車の修理に取り掛かる。本体は大丈夫そうだが、荷台と脚の部分が壊れてて、そのままじゃ使いにくそうだ。なので早速、家の修理用の材料を用いて修理を。
そこに、リーネが水を汲んで戻ってきた。持ち手の部分に布を巻いてクッションにしてるとは言え、やっぱり痛そうに顔を歪めてる。本人は平気なフリをしてるつもりなんだろうが、バレバレだ。なので俺は、
「もうちょっと辛抱してくれ。今、ネコ車を直してるから」
と声を掛けた。
「あ…はい…!」
リーネは返事をしたが、いまいち分かっていないようだったな。まあいい。とにかく修理を急ぐ。
こうして、彼女が次に水を運んでくる頃には、取り敢えず修理を終えた。そして戻ってきたリーネに、
「こうやって、桶を乗せて運ぶんだ」
ネコ車の荷台に空になった桶を置いて、俺は、彼女と一緒に水場へと向かった。
正直、手作りのそれはバランスも完全には取れてなくて慣れないとよろけそうだが、少なくとも水の入った桶をそのまま運ぶよりも楽だと思う。
……はずだったんだが……
水場で水を汲んでネコ車に乗せて坂道を上ろうとすると、
『道が悪くて運びにくい……!』
十メートルも進まないうちに自分でも思ってしまった。何しろ車輪は、丸太から削り出したものだからな、ゴムでできた空気の入ったタイヤとは違って細かい凸凹でもダイレクトに衝撃が伝わってきて車体が安定しない。桶が細かく跳ねて水がどんどんこぼれる。
「……」
リーネは何も言わなかったが、困ったような表情で見てた。敢えて何も言わない彼女の気遣いが辛い……
で、結局、家まで戻った頃には水は桶の半分くらいになっていた。
意味ねぇーっ!
典型的な<素人の浅知恵>だった。ネコ車自体も重くて坂道を上るのは結構大変だし、こんなんじゃ、普通に手で運んだ方が結局は楽だろ。
ネコ車が放置されてたのは、これも理由だったのかもな……
「すまん、思ったほどは上手くいかなかったな……」
「そんな……トニーさんはすごいです……!」
苦笑いを浮かべる俺を、リーネは労わってくれる。その気持ちが嬉しいと同時に心に痛い。
が、同時に、『トニーさん』って……
<アントニオ>だからトニーと呼ばれるのはまあ分かるが、リーネが自分からそう呼ぶようになってくれたことに、俺は、ネコ車の失敗なんてどうでもよくなってたのだった。
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