彼女が少しでも
前世じゃ、
『年長者は敬え』
ってのが正しいとされてたな。だが、今となってはそれは明らかにおかしいってのが分かる。てか、『言葉足らず』なんだ。
『四の五の言わずに先に生まれたってだけの相手を敬え』
と言われて誰が納得すると思ってたのか、今じゃまったく分からない。何しろ俺なんて、アントニオ・アークとしては確かにまだ二十歳の若輩者だが、前世を足せば百歳だからな。はっきり言ってこっちでの父親さえ今の俺からすれば<鼻たれ小僧>だ。まだ四十にもなってないはずだし。
なるほど鍛冶としては向こうが先輩だし腕も上だが、
『年長者は敬え』
ってのは、そういう、<鍛冶屋としての腕前>とか関係なしに先に生まれた人間は敬えってことだろう? それがなぜ納得できるのか?
しかもなあ、前世では俺自身、『年長者は敬え』ってのを勘違いして、相手が年下だと思えば見下してたし、介護付き高齢者住宅に入居してからは、それこそ、
『年長者は敬え!』
と、職員を憂さ晴らしの道具にしてたからな。加えて、
『金を払ってやってるんだ!』
ってのとの合わせ技で、それこそ支配者みたいな態度だったと自分でも思う。こんな勘違いを生む元凶だったよな。
まあ、『年長者はとにかく敬え』ってのは、こっちでも似たようなものだが。
自分がかつて<年長者>で、転生して<年少者>からやり直す羽目になったことで、
『ただ単に先に生まれただけ』
というのがいかに無意味か、思い知ったよ。
これはむしろ、年長者に対して、
『年少者から敬われる者であれ』
という戒めとしてならなるほど分かる気もする。それを、言葉足らずなのをいいことに、
『自分がどんなに雑魚でも先に生まれたというだけで敬ってもらえる』
とか勘違いした奴がいいように利用してただけだな。
前世の俺みたいな。
それに気付いてしまった以上、同じ轍は踏みたくない。高齢者住宅で職員相手にイキがってた自分の姿はあまりにも恥ずかしい汚点だ。
リーネ相手にそんなことをしたいとも思わない。
だから彼女が、俺の見てる前で勝手に服を脱いだりする分には別にオタオタする必要もないと思うが、彼女が少しでも『見られたくない』と思ってるならそういうのは尊重するべきだろう。
それが、『相手を敬う』ってことなんだろうなと、今の俺は思う。
その程度のこともできない<先に生まれただけ>の奴なんざ、なんで尊敬しなきゃならないんだ?
とは思うな。
こうして体を拭き終えてさっぱりしたら、途端に眠気も襲ってきたし、そのまま寝ることにしたのだった。
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