なにもここまで
なんだかんだと考え事をしながらも俺はとにかくそれを打ち上げて、泥を塗って焼き入れを行って、<刃>を作るための硬さを出す。
そして、次は砥ぎの工程に。で、<砥石>は、
ああ? 『そんなんで砥げるのかよ』ってか? あのなあ、ここは、スマホでポチりゃ翌日には品物が届くような世界じゃねえんだ。効率が悪かろうが正しくなかろうが、あるものでやるしかねえんだよ。
しかも、こんな田舎の野鍛冶じゃあ、横のつながりも限られた地域内でしか成立しない。技術そのものが、又聞きのさらに又聞きの伝聞だったり、それぞれの職人が自己流で編み出したものだったり、科学的な根拠なんかまるでねえ経験則だけの半ばオカルトなものがほとんどだ。名のある刀工みてえに、馬鹿みたいに研ぎ澄まされた技術を継承してきてるわけでもねえ、頼まれりゃなんでも作る便利屋みてえな鍛冶屋が上等な道具を揃えてるわけねえじゃねえか。
実際、俺が今使ってる鎚もやっとこも、たぶん、ここにいた職人が自分で作ったものだ。お上品な工業製品じゃねえ。クソみてえに武骨で可愛げの欠片もねえ、ただの<道具>なんだよ。
ちゃんとした砥石を使うことに比べりゃはるかに効率も精度も劣るとしても、それしかねえからそれでやる。
こうして、日が暮れる頃には、ナイフが一本、出来上がった。
炉の炎で照らされてるだけの薄暗い部屋を見回すと、リーネの姿がなかった。
「あ…そっか……」
『庭の草引きでもやっといてくれ』と自分が頼んだのを思い出し、外に出ると、家の前はすっかり綺麗になっていて、でもまだ草引きを続けてるリーネの姿を見た瞬間、胸の中で何かが疼いた。俺に言われたとおり、ずっと草引きをしてくれてたんだ……
「リーネ、もういい。今日は終わりにしよう」
俺が声を掛けるとやっと振り向いた彼女が、
「はい!」
と声を上げて立ち上がる。その彼女の顔を、木々の間から辛うじて届く夕焼けが照らして、何とも言えない寂寥感みたいなものを醸し出す。
俺に近付いてきた彼女の手を取ると、
「あ……あの……」
戸惑う彼女はそのままに、小さな手の平に視線を落とした。薄暗がりの中でも分かるくらいに傷だらけで血のにじんだ、<子供の手>を。
『なにもここまですることねえじゃねえか……』
そう思うが、大人に言われたらやるしかねえこの世界なら、これが当たり前のことなんだ……
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