清々する

雨はそれなりに強いが、雨漏りもそれほどじゃなくて何とか濡れずに済んでる。と同時に、沢を上り終えていたのはよかったと思う。この雨だと、増水していた可能性もあるしな。実際、雨が降ってない時には湧水が流れていただけの<川>とも言えないものが、周囲から集まってくる雨水で小さな川になっていたし。


リーネは、俺に体を預けて落ち着いてくれている。<リラックス>とまではいかないにしても、これと言って緊張して力が入ってる状態じゃないのも事実だ。


そのことが、俺にとっても<癒し>になってくれている。他人の体温や鼓動がこんなに心地好いものだとは、前世では思ったこともなかった。


雨も、前世の俺は嫌いだった。湿度が高くなって通勤の電車内はそれこそ地獄だったよ。普段でも、他の乗客の体臭や化粧の臭いとかが充満してるところに、生乾きの洗濯物的な臭いも加わってくるからな。それこそ心を<無>にして意識しないようにしなきゃ吐きそうになるくらいだった。


なのに今は、ざあざあと雨音に包まれて、その上で、リーネの体温や鼓動に意識を向けていると、なんとも言えない安らいだ気分になるんだ。


まあ、雨ってのは、あんまりとんでもない雨量でない限り、本来は水をもたらしてくれる<天の恵み>なわけで、そもそもは喜ばしいものだったんだろう。


とは言え、そう思えるのは、今、俺達が座っている場所が奇跡的に雨をしのぐにはちょうどいいものだったことで、濡れずに済んでるからというのもあるだろうが。


これが、服が濡れて靴が濡れてぐっちゃぐちゃになってたりしたら、それどころじゃなかっただろう。いやはや、やはり俺は<運>だけはいいようだ。


すると、リーネが、


「あなたは、どうしてそんなに優しいんですか……?」


不意にそんなことを言ってきた。


「優しい? 俺が……?」


思わず聞き返してしまう。


「優しいです…最初は怖かったけど……すごく……私の宝物も……」


リーネの口ぶりは、とても十歳にもならないような子供のそれとは思えなかった。


「そっか……お前んとこも厳しかったんだな……」


俺のその言葉には、


「……私の本当のお父さんとお母さんは、私が赤ん坊の頃に死にました……今のお父さんは、本当のお父さんの弟で……私は、家に置いてもらってるから、その恩を返さないといけないんです……」


と……


「なるほど……そいつは大変だな……でもそれなら、お前がいなくなれば叔父さんも清々するのかもな……」


つい、そんなことを口にしてしまって、口にしてから『マズい……!』と思ったが後の祭りで、なのにリーネは、


「そうですね……」


と口にしただけだったんだ。


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