できる奴

「どうだ? 楽になったか?」


イノシシを解体しながら、俺はリーネに声を掛けた。熱は大体下がってた感じだったから、そう訊いたんだ。


「はい……ごめんなさい……」


少し離れたところからじゃほんとにギリギリかろうじて聞こえる程度の声で彼女は応える。とは言え、声の調子から判断するにどうやら大丈夫そうだな。


「火打石は持ってるか?」


改めて尋ねると、


「はい…!」


との答えだったから、


「なら、火を熾してくれ。こいつでメシにしよう」


そう告げた。


「分かりました……」


リーネも応えて、すぐに体を起こして準備を始めた。なんだかんだと使うから、この辺じゃ子供でも火打石は持たされていることが多いし、それで火を熾すこともできる。てか、できなきゃ普通に<無能><役立たず>扱いだ。生きるためにはできなきゃいけない。


そんなわけで、リーネは、直径一メートル程度の範囲で、乾いた落ち葉や枯れ草を除けて、ほとんど土に還りかけてる湿った部分を露出させ、その中心に乾いた落ち葉や枯れ草を集め、てっぺんに、もしゃもしゃとした、毛玉のような枯れ草を置いた。すごく燃えやすく、しかも大体どこにでも落ちてる、火を熾す時に重宝する枯れ草だ。


ちなみに、乾いた落ち葉や枯れ草をどけたのは、当然、火が燃え広がらないようにするためだな。キャンプだとかサバイバル術に詳しい奴なら異論もあるのかもしれないが、ここじゃこう教わるんだ。取り敢えず俺も、これでずっとやってきた。科学的に正しいやり方かどうかは、俺は知らない。ここの連中が、経験上、これで大丈夫だったから、代々、こうしてきたんだろう。


とにかく、そんなこんなでリーネも手際よく火を熾してみせた。十歳にもならないくらいでも、できる奴はできる。リーネは<できる奴>だったということだ。


さらに枯れ枝を集めてくべて、しっかりとした焚火にする。


『なんだ。普通に有能な奴じゃないか』


彼女の手際に感心しながら俺は思った。だが、そういう風に見ること自体が、俺自身、ここの感覚に染まってるってことだろうな。あのまま普通に暮らしてれば、俺も、クソみてえなここでの<両親>と同じタイプの人間になっていったんだろうと感じる。


でもそれじゃ、前世の二の舞だとも感じるんだ。客観的に見て<クソ野郎>と感じて自分でもムカつくような人間が、他人から好かれるか? 大切に想ってもらえるか? ここじゃそれが当たり前だから、親を敬ってる風な態度を見せる奴もいるが、年老いて使い物にならなくなった親を早々に見捨てる奴も少なくないってのも事実だな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る