機嫌をとろうとして

一休みするために俺が岩に座ると、リーネは、木の葉を丸めて器のようにして沢の水を汲んできた。俺の機嫌をとろうとして気を遣ってくれたんだろうな。


だが、俺は、嬉しくなかった。気を遣ってくれたのはいいんだが、明らかに俺に怯えてるのが分かるんだ。それが腑に落ちなくて。


『怖いから気を遣おうとか、それは本当に『気を遣ってる』って言えるのか?』


そんな風に思ってしまうんだ。俺も、今世の両親の機嫌を損ねないように調子を合わせてたが、あれは決して、『気を遣って』たわけじゃないしな。どちらかと言えば保身のためだ。相手のためじゃない。


だから、リーネのこの行動も、俺のためじゃないのが分かってしまう。


それでも、


「ありがとう……」


とは言わせてもらった。


「いえ……」


彼女は恐縮したように顔を伏せながら服の裾を握りながら応える。そんなリーネに、


「お前も喉が渇いたろう? 飲めばいい」


半分残した水を差しだした。


「そんな…私は……!」


慌てた彼女に、


「いいから、飲め。体調を崩されたりしたら俺が困る」


少し強めに言った。


「は…はい……!」


リーネは慌てて俺が差し出した水を受け取ろうとしたが、逆にそのせいで手元が狂ったのか、


「あ……っ!」


丸めて器状にしただけだった木の葉が崩れて、水がこぼれてしまう。


「ご、ごめんなさい……っ!」


彼女は今度こそ怒鳴られると思ったんだろう。体を強張らせて竦んでしまった。


だが、俺はそんな彼女を怒る気にはなれなかった。両親の前の俺の姿が重なってしまったんだ。


「……水がこぼれたら、また汲めばいい。怒鳴ってる時間が無駄だ……」


言いながら腰を上げて、今度は俺が沢に向かった。そうして木の葉を丸めて器にして水を汲み、


「飲め。今度はこぼすなよ……」


リーネに渡した。


「はい……」


まだ怯えた様子だったが、リーナは今度はちゃんと受け取って、それを自分の口へと運んだ。正直、喉が渇いてたんだろう。ごくごくと一気に飲み干す。


「とにかく、一休みしよう。まだ日は高い。焦る必要はない」


「ふう……」と一息ついた彼女に向かって静かに語り掛ける。


「分かりました……」


何とか俺に怒られまいとして委縮するリーネの姿に、俺はなんとも言えない気持ちになっていた。不快でもない、さりとて同情とも言い難い、なんとも言えない気持ちだ。


ただ、彼女を怒鳴りつけたりする気にはなれない。そんなことをしたら、俺が殺してやりたいと思ってる両親と同じになってしまう気がする。


いや、『気がする』んじゃなく、間違いなく同じだな……


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