第3話 白雪りんごのチキンステーキ
ファミリーレストラン《りんごの木》に、一日二回も来ることになるなんて、思っていなかった。
ましろは、グイグイとりんごおじさんに手を引かれ、お店のはしっこのテーブルに案内されていた。
「あの、おじさん! 他のお客さんが見てます!」
《りんごの木》は、二人がけと四人がけのテーブルがそれぞれ二つずつあるだけの、小さなお店だった。しかし、ましろがいる二人がけテーブル以外の席は満席。なかなかの人気店なのかもしれない。
そしてだからこそ、他のお客さんの不思議そうな目線が気になってしまう。
「え、そうですか? ましろさんはお客様として堂々としていたらいいんですよ」
りんごおじさんはきょとんとしている。
「りんごおじさんって、図太いですね……」
そんなこと言われたって、店長がバタバタとお店に引っ張りこんで来たお客さんなんて、目立つに決まっている。多分、気のせいではないと思うのだけれど、周りの視線をひしひしと感じるましろである。
なので、ましろはなるべく目立たないようにと、壁に張り付くようにしてイスに座った。
「りんごおじさん。わたし、ご飯はあんまり食べれないと思います。その……味が分からなくて」
念のため、先に言っておかなければ。
ましろは、作ってもたった料理が無駄になることで、りんごおじさんを傷つけたくなかったのだ。
しかし、りんごおじさんはどこ吹く風。
「僕は、ましろさんが喜ぶ料理を作りますよ! 注文は、【おまかせ】にしてくれると嬉しいのですが」
これが、プロの自信ってやつ?
ましろはりんごおじさんに圧倒される形で、「じゃあ、【おまかせ】一つ」と、小声で注文した。
「かしこまりました。あっ、アリスくーん! ましろさんに飲み物を……。ましろさん、何か飲みたい物はありますか?」
「えっと、リンゴジュースください」
「リンゴジュースですね。うちのは近所の果物屋さんのリンゴを使っていて、とてもおいしいんですよ。……アリスくーん! リンゴジュースひとつお願いします!」
うわ、りんごおじさん声おっきいよ!
ましろは、壁に埋もれてしまいたい気持ちになりながら、黙ってうつむく。
そして、「では、少し待っていてくださいね」とりんごおじさんが席を離れると、入れ違いに若い店員さんがやって来た。アリス君と呼ばれていた目つきの悪いお兄さんだ。
「お待たせ致しました。リンゴジュースです」
空色のコースターの上に、グラスに入ったリンゴジュースがコトンッと置かれた。
「ありがとう、ございます」
ましろはストローの外紙をぴりぴりと破くが、なんだか店員のお兄さんに見られているようで落ち着かない。実際、お兄さんはまだましろの隣に立っていた。
「あの……」
「ごめん、じろじろ見てた。天パとか色白なとことか、店長にそっくりだな。姪っ子なんだよな?」
「姪、です。今まで、りんごおじさんと交流はなかったですけど」
ましろは、お兄さんの鋭い目つきに少し緊張しながら答えた。
「ぷっ。りんごおじさんって呼び方、面白いな。超ファンシーじゃん」
「で、でも名前がりんごだから!」
「うんうん。そーだよな。りんごおじさんだ。りんご店長の料理はびっくりするくらいうまいから、楽しみにしとけよ!」
お兄さんはニヤッと笑うと、ストローの紙ゴミを回収して帰って行った。
あれ⁈ お兄さんの笑った顔、とってもかわいいんじゃない? アイドルの飛燕君に似てるんじゃない?
お母さんにも、教えてあげなきゃ……。
そこまで考えて、また心がシュンとしぼんでしまった。
最近、ずっとこれを繰り返している。お母さんが死んでしまったことが受け入れられず、気がつくとお母さんのことを考えてしまう。そして、現実を思い出して悲しくなる。ぐるぐると同じ所を回って出られない、輪っかのトンネルにいるみたいだ。
「出口なんてないんじゃないかな」
ましろはポツリとつぶやいて、リンゴジュースをひと口吸った。
すると突然、爽やかな甘さが口の中を通り抜けていき、ましろは思わず目を丸くした。
「あれ⁈ すっごく美味しい⁈」
久しぶりの甘い味に、ましろの体はびっくりして飛び上がるかと思ったほどだ。
てっきり、あのクッキーみたいに味がしないと思ったのに……。
「かんちがいじゃないよね? ね?」
「料理も口に合うとうれしいんですが」
ましろがもう一度リンゴジュースを飲もうとした時、りんごおじさんが料理のお皿を二つ持ってやって来た。
小さな木のカゴに入ったパンと、きれいな黄色のソースがかけられたチキンステーキだった。
「あれ。これって……」と、ましろはりんごおじさんを見上げた。
「【白雪りんごのチキンステーキ】です。召し上がれ」
もしかして、と胸がざわつく。
「いただきます」
ましろは、ナイフとフォークでお肉をひと口サイズにすると、それをぱくりと口に入れた。
「ん!」
鶏もも肉が外はカリカリ。なかはとてもジューシーで、噛むたびに肉汁が口いっぱいに広がる。けれど、しつこくないのは甘ずっぱいソースのおかげだ。
「わたし、知ってます。りんごとニンニクとショウガとはちみつのソース、ですよね?」
ましろの瞳に、じんわりと涙が溢れてきた。悲しくて泣けてきたわけではない。懐かしくて、嬉しくて泣けてきたのだ。
「おいしい……。お母さんと、同じ味がする」
お母さんが、お誕生日やクリスマスの時など、お祝い事のたびに作ってくれた料理――大好きなりんごソースのチキンステーキだった。
「やっぱり姉さんも作っていましたか。僕も大好きなんです、これ」
りんごおじさんはニコッと笑うと、赤色のエプロンを外して、ましろの正面の席に腰かけた。
「今日からは、僕がましろさんとご飯を食べます。ご飯は、『家族』といっしょに食べると、いっそう美味しいですから」
ましろの胸に、『家族』という言葉がふんわりと優しく入って来た。そして、あたたかく溶けていく。
「りんごおじさん、わたしの『家族』になってくれるんですか?」
「はい」
「ご飯、いっしょに食べてくれるんですか?」
「はい」
りんごおじさんは「いただきます」と言うと、自分の前に置いたチキンステーキのひと切れをパクリと口に入れた。
「うん、おいしいです。『家族』と食べるご飯は最高です!」
少しわざとらしいくらいの言い方だったけれど、今はそれでちょうどいいのかなと、ましろは思った。
今は、言葉だけですごくうれしい。わたしとりんごおじさんの『家族』のカタチは、まだ分からないけれど。
「りんごおじさん。ありがとうございます」
「お礼なんて、いりませんよ。僕の方こそ、ましろさんが来てくれて嬉しいんですから」
ましろとりんごおじさんがこんなやり取りをしていると、ふと、隣のテーブルからパチパチと手を叩く音がした。
ましろが「えっ⁈」と、音の鳴る方向を見ると、コーヒーを飲む夫婦が目をうるませていた。
「ごめんね、店長さん! 聞こえちゃって……」
「あぁ、ダメ。深い事情は分からないけど、ステキな話じゃない。『家族』!」
うわーっ! 聞かれてたし、見られてた!
りんごおじさんは「いやぁ~」とのんびりと笑っているが、ましろは急に恥ずかしくなってしまった。
「と、とにかくいただきます!」
ましろは少しでも早くどこかに隠れたい気持ちで、せっせとフォークを動かしたのだった。
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