おとぎの店の白雪姫

ゆちば

【1】白雪りんごのチキンステーキ

第1話 白雪ましろ、りんごおじさんに会う

「ファミリーレストラン《りんごの木》」


 白雪ましろは、木でできた看板に書かれた文字を読み上げた。


 ファミリーレストランといえば、いくつか有名なチェーン店が思い浮かぶのだが、ここは個人の小さな小さなお店だ。


「変なの……」と、ましろは首を傾げながら、ゆっくりとお店のドアを開いた。


 すると、カランカランとドアベルが店内に鳴り響き、イスを運んでいた男の人がこちらをくるりと振り返った。


「いらっしゃいま……。おや⁈ ましろさん⁈」


 見た目は三十歳くらい。眠たそうな目にメガネをかけていて、背が高い。そして黒色のふわふわしたくせっ毛は、ましろのそれにそっくりだった。


「こっ、こんにちは! りんごおじさん、今日からよろしくお願いします!」


 ましろは、緊張しながらペコリとお辞儀した。お辞儀をすると、ポニーテールの髪の端っこが顔にかかって、少しくすぐったかった。


「連絡をくれたら、駅まで迎えに行ったのに……。僕の方こそ、よろしくお願いします」


 りんごおじさんは、にこりと優しく微笑むと、赤色のエプロンを外しながらこちらにやって来た。


「家は、ここのちょっと先にあるんですよ。一緒に行きましょう。……アリス君、しばらくお留守番をお願いできますか?」


 りんごおじさんが言うと、アリス君と呼ばれた高校生くらいのお兄さんが、「大丈夫っす」とお店の奥から返事をした。羨ましいくらいサラサラとしたきれいなチョコレート色の髪だ。けれど、目つきが悪くて少し怖い。


 ましろはアリス君にも慌ててお辞儀をすると、自分の代わりに大きなキャリーバッグを引いてくれるりんごおじさんを追いかけて、急いでお店を出た。本当は、どんなお店なのか気になっていたけれど、仕方がない。りんごおじさんは、ましろのために仕事を中断して、マンション――ましろの新しい家へ案内してくれるのだ。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。


 そう。ましろは今日から、おとぎ町に住んでいるりんごおじさんこと、白雪凛悟しらゆきりんごさんと一緒に暮らすのだ。はっきりと言うと、りんごおじさんは、ましろのホゴカントクセキニンシャ。あるいは、預かり人。だから、ましろはりんごおじさんを困らせないように、しっかりしなければいけないのだ。



「ましろさん。その……、お母さんのこと、本当に残念でした」


 レストランのあるおとぎ商店街を歩きながら、りんごおじさんは言った。


 メガネの向こうの眠たそうな目が、とても悲しそうにましろを見ているけれど、ましろは返す言葉が見つからず、ただ黙って笑顔を作ってうなずく。


「残念だね」、「かわいそうに」というような言葉は、何回言われても慣れることがない。


 だってましろ自身は、お母さんが死んだなんて、今でも信じられないのだから。




***

 二週間前──。桜が咲き始めたあたたかい日に、ましろは絵画教室を終え、お母さんの迎えを待っていた。


「お母さん、おそいなぁ」


 スケッチブックの絵を何度も見返しながら、ましろは教室の窓から駐車場をながめていた。


 今日描いた果物、とくにりんごは力作だ。色鉛筆を何色も使って、とてもきれいでおいしそうに描けた。


 早くお母さんに見せたいなぁと思っていた時、ましろの所に、絵の先生が大あわてでやって来た。


「白雪さん! お母さんが病院に運ばれたそうよ!」


 どういう意味か理解できず、ましろは先生の言ったことを頭の中でくり返した。


 お母さんが、病院に。


 パサリとスケッチブックが床に落ちた音とともに、ましろは血の気がサァーッと引いていくのを感じた。ただただ怖くてたまらなくなって、ましろはその場から動けなかった。


 その後のことは、よく覚えていない。

 警察の人が「トラックガタオレテ……」とか、お医者さんが「テハツクシマシタガ……」とか、看護師さんが「ナンテカワイソウナノ」とか、とにかくたくさんの言葉がましろの耳に入っては消え、入っては消えていった。


 そしていつの間にか、遠い田舎に住むおじいちゃんとおばあちゃんがそばにいて、泣いていた。


美姫みき、どうして死んだんだい……」


 そうか、お母さんは交通事故で死んじゃったのか。


 ましろがそう強く意識したのはお母さんのお葬式が終わった後で、その時に初めてりんごおじさんに出会った。


「僕が、姉さんの子──、ましろさんを引き取ります」


 立ちつくして動けなくなっていたましろの手を握ってくれたのは、お母さんとよく似た顔をしたおじさんだった。


「僕は、白雪凛悟。はじめまして」


 ましろは、おじさんのことはほとんど知らなかった。お母さんは昔の家族写真を見せてくれたことがあったけれど、「料理の得意な弟が外国にいる」くらいしか教えてくれなかったのだ。


「りんご……おじさん?」


 メガネの向こうの優しそうな目や、黒色のふわふわの髪がお母さんと同じだったからだろうか。まるで、お母さんが近くにいるような気がして、ましろは不思議と心が落ち着いたのだ。


 そして、おじいちゃんとおばあちゃんは、ましろがりんごおじさんの所に行くことを心配したけれど、ましろは「行く!」と言い切ったのだった。





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