第168話 夏っぽい企画に向けて③

「冷たくて気持ちいいですね」


 ひとしきり写真を撮った後、あたしたちはプールサイドに座り、足を水に浸けて遊んでいた。

 スマホは近くのベンチに置いてあるので、通知があればすぐに分かる。


「うんっ。だけど、ミミちゃんの体から伝わる温かさも気持ちいいよっ」


 場所はいくらでも空いているのに、あたしとミミちゃんは隙間がないくらいにくっついて座っている。

 腕に抱き着いてみたり、意味もなく太ももを撫でてみたり、水中で爪先同士を触れ合わせてみたり。


「ミミちゃん、ほっぺにチューしてよ~」


「えっ? わ、分かりました」


 突然の要望に若干の動揺を感じさせる返答の後、慣れ親しんだ唇の温もりが右頬に優しく触れた。


「えへへ、ありがと~っ。あたしからも――」


 今度はあたしが横を向き、ミミちゃんの左頬にチュッとキスをする。


「ありがとうございます、元気が湧いてきましたっ」


「ほんと? じゃあ、プールから帰ったらすぐにエッチしてくれる?」


「そ、それは、その、えっと……も、もちろんです」


 ミミちゃんは顔を真っ赤にして、心底恥ずかしそうに答えた。

 この反応が見たくてさっきの発言をしたと言っても過言ではない。我ながらひどいとは思うけど、後悔はしていない。


「でも、実際のところどのぐらい体力が残るか分からないよね~」


「確かに、遊び疲れてすぐに寝ちゃうかもしれませんね」


 暑さの心配はいらないとはいえ、水中では自分が思っている以上に体力を消費する。

 配信する時に想定より早くダウンしてしまうと文字通りの企画倒れになるから、休憩とか諸々の調整も含めて今日はしっかりとデータを集めておきたい。


「お風呂で寝落ちしたら危ないから、今日は一緒に入ろうよっ」


「ふふっ、そうですね」


 お風呂には二人で入ることの方が多いので、取って付けたような理由を聞いてミミちゃんが笑う。

 お風呂と言えば、プールで遊ぶときは体温の低下にもきちんと気を付けておかないと。

 企画当日は、水分補給用のスポーツドリンクに加えて温かい飲み物も用意しておいた方がいいかな。


「――お、おはようございます」


「「っ!?」」


 不意に背後から声をかけられ、あたしとミミちゃんは同時にビクッと体を強張らせた。

 反射的に振り返ると、そこにはノースリーブブラウスとリラックスパンツに身を包んだエリナ先輩がいた。


「すっ、すみません。話し声が聞こえたので、先にあいさつだけでも、と……」


 どうやら知らず知らずのうちに二人きりの世界に入ってしまっていたらしく、足音にまったく気付かなかった。

 あたしとミミちゃんは大声を出して驚かせてしまったことを謝ってから改めてあいさつを交わし、三人でベンチまで移動して会話を続ける。


「今日は企画の予行練習も兼ねてるから、配信のテンションで話してくれると嬉しいな。いつもみたいに、遠慮なく罵倒しまくってよ~」


「わ、分かりまし――じゃなくて、分かったわ。イチャイチャするのもいいけど、ほどほどにしないとリア充は容赦なく爆発させるわよ!」


「――爆発? いま爆発という言葉が聞こえたけど、気のせいじゃないよね?」


 廊下の方から足音が近付いてきたかと思えば、どことなくワクワクした表情のスノウちゃんが姿を現した。


「あっ、スノウちゃんだ。おはよ~っ」


「おはようございます、先輩方。それにしても、まさかエリナ先輩も魔法が使えたなんて……。うぐっ、左腕の封印が疼くっ。ダメだ、ここで解き放つわけには……っ」


「登場するなり騒がしいやつね。せっかくプールに来たんだし、さっさと着替えに行くわよ」


「た、確かに一理ある。水着を身にまとうことで魔力による拘束を――」


 左腕を押さえながら早口でまくし立てるスノウちゃんを連れて、エリナ先輩は更衣室へと向かう。


「今日は賑やかになりそうだね~」


「間違いないですね」


 まだ全員がそろったわけじゃないけど、ここからは静寂と無縁の時間になると、あたしとミミちゃんはすでに強く確信していた。

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