第120話 彼女の部屋で一人きり

 今日はミミちゃんが所用で出かけている。


「早く帰ってこないかな~」


 一人分の洗い物を終えて、独り言を漏らしながらキッチンを後にした。

 リビングから廊下に、そしてそのまま自室――ではなくミミちゃんの部屋に足を運ぶ。

 無人とはいえ一応ノックをしてから、扉を開けて中に入る。

 誰かに見られているわけでもなく、責められているわけでもないけど、仮に第三者がこの現場を目撃したとしても、あらかじめミミちゃんに許可を貰っているので安心してほしい。


「ん~っ、相変わらずいい匂い! ミミちゃんの匂いだ~! ひゃっほ~う!」


 足を踏み入れた瞬間、あたしは歓喜の叫びを上げ、思いっきり深呼吸してミミちゃんの香りを堪能する。

 気付けば床に体を預け、人間の尊厳をどこかに捨てて転げ回っていた。


「ミミちゃんミミちゃんミミちゃん! 早く会いたいよ~っ!」


 ひとしきり大人っぽさ皆無の行動を繰り返した後、荒くなった呼吸を整えつつゆっくりと立ち上がる。


「さてと、次はベッドかな」


 落ち着いた口調でつぶやいた言葉は、当然ながら誰にも届くことなく虚空へと消えた。


「よいしょ、っと」


 おそろいのベッドを使っているので、座り心地は自分のベッドと変わらない。

 ただ、腰を下ろした瞬間に得られる感動と興奮に関しては、わざわざ比較することが滑稽に思えてしまうほどの差がある。

 あたしはおもむろに寝転び、うつ伏せになって枕に顔を埋めた。

 甘く爽やかな芳香が鼻腔をくすぐり、ほんの一呼吸しただけで体が火照り出す。


「いやいや、さすがにダメだよ。ひとまず落ち着こう」


 本能に従って動こうとする体をどうにか止めようと、ハッキリと声に出して自分に言い聞かせる。

 それでもなお自らを慰めようとする手を抑えるため、両手で枕をギュッと抱きしめた。

 己自身との死闘が始まって、二時間近く経った頃。

 ミミちゃんが帰宅したことにより、長きにわたる無益な争いに終止符が打たれた。


「ミミちゃんっ、おかえり~! キスにする? ハグにする? エッチにする? えっ、全部!? そうと決まれば、さっそく和室に――」


「ちょ、ちょっと待ってください、とりあえず落ち着いてっ」


 帰って早々に驚かせてしまったことを反省し、あたしは逸る気持ちをグッと堪えて平静さを取り戻す。

 取り繕う、と言った方が適切かもしれない。


「まずは手洗いうがいをして、あとシャワーを浴びてからでもいいですか?」


「うんっ、もちろん!」


 その後、あたしはミミちゃんと一緒にシャワーを浴びた。

 ドン引きされるかもと一抹の不安を抱きつつ一通りの経緯を説明すると、ミミちゃんはむしろ嬉しそうに笑ってくれた。

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