第16話 マネージャーさんとおしゃべり

 近々配信でやろうと思っているゲームについて細かい確認を取るため、ゆりりり株式会社の本社ビルを訪れた。

 日頃の運動不足を鑑みて、事務所のあるフロアまで階段で移動する。

 体力の衰えを痛感しつつも無事に目的のフロアへと辿り着き、乱れた呼吸を整えつつマネージャーさんに改めて連絡を入れておく。

 廊下をしばらく進んでガールズパーティの事務所に入り、マネージャーさんと合流。

 あたしの担当マネージャーを務めるのは、肩口で切りそろえたセミロングの黒髪と切れ長の瞳が特徴の真面目な女性社員だ。新卒とは思えないほど優秀であると社内で評判らしい。

 場所を休憩室へと移し、予定していた通りゲームについての確認を行う。

 重要事項をスマホのメモアプリに分かりやすく箇条書きで記録して、念のためマネージャーさんにチェックしてもらうことに。


「――はい、これで問題ありません。しつこいようですが、最終章と特典映像だけは映さないように気を付けてくださいね」


 許諾を得ているゲームであっても、配信禁止区間が定められている場合がある。

 会社同士の信頼関係に影響してくるので、この辺のルールは配信者としてしっかり念頭に置いておかなければならない。


「了解ですっ。ミミちゃんがこのゲームの実況配信を楽しみにしてくれてるので、せっかくだから最終章はミミちゃんと一緒に配信外で楽しもうと思ってます」


「それはいいですね。クライマックスは感動の連続だと評判なので、ぜひ楽しんでください」


 彼女はあたしとミミちゃんの関係について詳しく知っている。

 だからというわけではないけど、マネージャーさんの恋愛事情について少し気になってしまった。


「ところで、マネージャーさんは恋人とかって……」


「いますよ。大学は別でしたけど、小中高と同じ女子校に通った幼なじみと付き合ってます」


 衝撃の事実をサラッと打ち明けるマネージャーさん。

 あっ、違う。よく見たら頬が少し赤いし、表情もどことなく照れてるっぽい。

 年齢もそうだけど、女子校育ちや幼なじみなど、何気に親近感を覚えるポイントが多い。


「彼女さんはどんな仕事をしてるんですか?」


 すでに質問してしまった後だけど、さすがに不躾だったと反省する。

 友達と話すノリで考えなしに訊いてしまった。


「イラストレーターです。ちなみに、ユニコさんのお母様ですよ」


「ぃえっ!? そっ、そうなんですか!?」


 こんなに驚いたのは実に久しぶりだ。

 休憩室の防音性がそれなりに高くて助かった。

 あたしのお母さんと言っても、当然ながら実の母親のことではない。

 Vtuberとしての親――それはすなわち担当絵師さんのことを指す。

 あたしが配信等で口にする際は、『お母さん』と言えば実の母、『ママ』と言えば担当絵師さんのことだ。


「驚かせてすみません。でも、そんなに驚くようなことですか?」


「そりゃ驚きますよ! マネージャーさんとママが、実は知り合いどころか付き合ってるなんて!」


「確かに、すごい偶然ですよね」


「これはもう、あたしはマネージャーさんとママの子供って言っても過言じゃないですね」


 もちろん一角ユニコとしての話ではあるけど、割と本気で提唱したいレベルの意見だ。


「わ、私たちの子供……そ、そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、自分の子供って考えるとついつい甘やかしてしまいそうです」


「甘やかしてくれてもいいんですよ? そうだっ、前に断られた一週間連続配信の件、許可してくださいよ!」


「ダメです。企業に所属するタレントとして、しっかり休むことも仕事のうちですから」


「はーい。何十時間もぶっ通しでやるわけじゃないから、大丈夫だと思うんですけどね」


「ユニコさんが体調を崩したら、私を含め悲しむ人が大勢いるんですよ。分かっていると思いますけど、一番悲しむのはミミさんです。大切な人につらい思いをさせたくないですよね?」


「確かに、そうですね。さっきの話を諦めたわけじゃないですけど、これからも適度に休んで万全の状態で配信しますっ」


「いや、さっきの話は諦めてください」


「キッパリ言いますねぇ。でも、体調のことまで気にかけてくれてありがとうございます」


「お礼を言われるようなことではありませんよ。マネージャーとして当然です」


「マネージャーさんも休める時にはしっかり休んで、いつまでも元気でいてくださいね」


「ありがとうございます。ふふっ、なんだか本当に娘ができたみたいです」


 マネージャーさんとのおしゃべりは時間を忘れるほど弾み、気付けば本来の目的に要した時間より遥かに長くなっている。

 最後に今週の配信スケジュールについて少し話してから、今夜の配信に向けて準備するべく帰路に着いた。

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