第19話 応援
「えっ? 試合……?」
「あぁ……」
叔父の店でのバイトが終わり、いつものように亜美との帰宅途中。
ホームルーム後、職員室へ来るよう言われた理由を尋ねられたため、幸隆は担任の鈴木から言われたことをそのまま亜美へと伝えた。
幸隆の話を聞き終わると、亜美は戸惑いの声を上げた。
「何でそんなことしないといけないの?」
「完全に元に戻ったかの確認のためって言っていたけど、口実が欲しいんじゃないかって……」
鈴木の説明としては、筆記試験の上位にいる幸隆がまた魔力を使えるようになったのなら、有望な探索者候補として退学を白紙にするのが当たり前なのではないかという思いの教師がほとんどらしい。
しかし、中には一度確定した退学の判定をあっさりと白紙に戻すのはどうかという思いを持っている者がいるそうだ。
その両方の考えを受け、試合をさせて本当に幸隆が元に戻ったのかを確認してはどうかという話になったそうだ。
どっちの意見にも配慮する口実のために、そのような選択したのかもしれないが、当事者である幸隆としては迷惑な話でしかない。
幸隆も、鈴木から聞いた時には亜美と同じ思いをしたものだ。
「しかも、相手が東郷って……」
試合をするのは良いとして、その相手を聞いた時、幸隆は今と同じ思いが頭に浮かんだ。
試合相手は東郷修治、幸隆たちと同じクラスの生徒だ。
魔術の評価は、学年で10位以内に入るような実力の持ち主だ。
「まぁ、魔力が使えるようになったことを示せばいいんだから、勝てなくてもいいか」
魔力が使えるようになって、ゲーム内で魔物相手に訓練を重ねているが、完全に事故前の実力に戻れているか微妙だ。
そう思っていると、鈴木は「魔力がきちんと使えるようになっているかの確認のための試合だから、勝敗は関係ない」と言ってきた。
勝てなくてもいいのなら気負う必要はないため、気持ち的には楽だ。
「勝つ気ないの?」
「半年前のままの俺と、成長し続けた今の東郷じゃ、実力が違うだろ?」
「う~ん。そう言われると……」
魔力がまた使えるようになったからと言って、半年前から実力は変わっていない。
そんな自分が、この半年の間成長して成績上位にいる東郷と戦って、絶対勝てるなんて言いきれない。
そのため、負けるかもしれないことを呟くと、亜美が反応した。
しかし、事故に遭う前の幸隆はたしかに優秀な部類だったが、そう言われると亜美も言い返せない。
「それにあいつの場合は……」
「あぁ、女子がね……」
マンションに着き、エレベーターの中に入ると、幸隆は東郷と試合をすると他にも面倒事があることを呟く。
幸隆の言いたいことを理解したのか、亜美は頷きを返す。
東郷との試合が面倒な他の理由とは、実力的なことだけでなく、亜美が言ったように女子が関係している。
というのも、東郷はイケメンなのだ。
そのため、女子人気が高く、少ないながらもファンクラブまであるという噂まである。
そんな東郷を相手にして、下手に怪我を負わせようものなら、女子たちから何を言われるか分かったものではない。
「まぁ、男子には応援してもらえるかもしれないけどな……」
イケメンであるがゆえに、東郷は男子人気は低い。
モテない男子のねたみ・やっかみによるものだ。
そんな男子たちには、女子とは反対に応援してもらえるかもしれない。
「……女子の応援の方が良いの?」
「そりゃ、まぁ……」
「ふ~ん……」
女子の黄色い声と男子の野太い声なら、健全な高校生男子としては前者を取る。
幸隆が正直に返答すると、亜美は頬を膨らませてそっぽを向いた。
『それよりも……』
亜美の反応を見ていれば、もしかしたら2人の関係に何かしらの変化があったかもしれない。
しかし、タイミング悪く、幸隆は別のことを考えていたため亜美のことを見ていなかった。
その考え事とは、東郷が自分に呪いをかけた犯人かもしれないということだ。
東郷の祖父と父親は探索者で、結構裕福な家庭である。
そんな東郷なら、もしかしたら祖父や父の伝で呪術師の知り合いがいてもおかしくないため、幸隆は容疑者の1人として考えていた。
東郷なら、資金的にも伝的にも可能なため、「もしかしたら……」と考えてしまう。
だが、可能だとしても、どうして自分に呪いをかけたのかという動機が気になる。
その答えはすぐに思いつく。
自分と東郷の1学期の成績だ。
全ての科目において、幸隆は東郷の上にいた。
しかも、少しの差でだ。
そのことが目障りで、排除するという選択をしたのかもしれない。
もちろん、成績の関係だけが動機だとは考えていない。
むしろ、もう1つの方が本命だと思っている。
『それに……』
本命の動機。
それは、亜美だ。
イケメンゆえ、東郷は入学してすぐに色々な女子との噂が上がっていた。
本当なのか、あくまでも噂に過ぎないのかの真偽はわからない。
その噂の中に、亜美も入っていた。
2人が付き合っているのではないかという、よくあるものだ。
その噂が耳に入ったため、幸隆は当事者である亜美に直接聞いて確かめることにした。
すると、「えっ? 付き合っていないよ」という答えがあっさり返ってきた。
亜美とパーティーを組んでいる大窪・高尾・若山も近くにいて聞いていたため、あっという間に東郷との噂は消えた。
しかし、亜美が何とも思っていなかったとしても、東郷の方はもしかしたら気が合ったのではないかと思える。
幸隆と試合をした永田ほどではないが、東郷も亜美を自分のパーティーに誘っていたからだ。
もしもそうだとしたら、永田と同じように幼馴染で側に居る自分が邪魔に思って呪いをかけたのではないかと考えられる。
『あり得るかもな……』
動機としては弱く、可能性としては低いが、東郷が犯人の可能性は捨てきれない。
退学を白紙にするための試合相手として名前が挙がったため、幸隆はなんとなく東郷への警戒心を高めた。
「まぁ、がんばってね! 幼馴染のよしみで私は応援するからさ」
「……サンキュ」
幸隆が考え事をしていたせいか、エレベーターはあっという間に亜美が降りる階に到着する。
そして、エレベーターから降りた亜美は、扉が閉まる少し前に笑顔で幸隆に声をかけてきた。
そんな亜美に、幸隆は短い返事しかできずに扉が閉まってしまった。
「……ハァ、モテるのも分かるな……」
家に着いた幸隆は、さっきの亜美の笑顔を思いだす。
そして、小さくため息を吐いた後、思わず独り言を呟いたのだった。
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