第13話 試合
「おいっ! 分かってんだろうな?」
午前の授業が終わり、もうすぐ昼食後の魔術の授業が開始される。
そのため、生徒は体育の授業同様、動きやすいように体操着に着替える。
その男子更衣室。
着替えを済ませた永田が、幸隆の所に近寄って来て話しかける。
「……あっ? あぁ……」
大郷学園の制服はブレザー。
着替えるためにネクタイを緩めていた幸隆は、話しかけて来たのが永田だと気付いて返事をする。
「逃げんじゃねえぞ!」
「言われなくても分かってるよ」
朝から時間が経っているのにもかかわらず、まだ怒りが収まっていないらしく、全く態度が変わっていない。
逆に、幸隆は冷静になって通常運転に戻っているため、挑発してくる永田の態度が暑苦しいく、軽い口調で答えを返した。
「ふんっ!」
魔力が使えなくなったくせに、これから自分と戦うことに平然としている。
そんな幸隆の態度が癪に障りつつも、言質を取った永田は鼻を鳴らして踵を返すと、男子更衣室から出ていった。
「ったく……」
色々な疲労によって沸点が低かったとはいえ、幸隆は永田の安い挑発に乗ってしまったことに反省していた。
大人げなかったと。
面倒臭いからなかったことにしたかったが、永田の態度からしてそれは不可能そう。
なので、幸隆は着替え、仕方なさそうに更衣室から出た。
「幸くん!」
「……何だ? まさかのぞきか?」
幸隆が更衣室から出ると、待っていたかのように亜美が話しかけて来た。
更衣室のすぐ側で話しかけて来たことに、幸隆は冗談交じりに亜美に問いかける。
「何言っているのよ! 本気で戦う気なの!?」
亜美からすると、冗談を言っている場合ではない。
魔力が使えると使えないでは、大人と子供ほどの差が生じる。
それが分かっているはずなのに、ちょっとの言い争いから生じた試合の約束をしてしまい。
撤回することもなくその時が来てしまった。
幸隆が心配な亜美は、問いをスルーして、本気で永田と戦うつもりなのか問いかけてきた。
「まぁな」
「「まぁな」って、魔力が使えないのにどうするの!?」
更衣室の中で永田にも言った通り、今更逃げるつもりはない。
そのことを伝えると、亜美は当然の問いかけをしてくる。
「……何とかなるって」
「どうやって何とかするのよ!?」
「大丈夫! 大丈夫!」
「ちょ、ちょっと! 幸くん……」
幸隆は、色々あって実は魔力が使えるようになったとは言わない。
もうすぐ亜美の驚く顔が見れると思うと、ドッキリの仕掛け人のような気分になってきたためだ。
どうせならクラス全員を驚かせてやろうと、問いかけてくる亜美の言葉を受け流して、訓練場へと足を進めた。
心配しているのに平然としている幸隆に戸惑いつつ、彼の背を追いかけていった。
「3学期最初の魔術授業を始めるんだが……」
魔術の授業は担任の鈴木が担当していて、教師であると共に彼自身探索者としての知識と経験がある。
その知識と経験による指導から、彼の指導者としての評価は高い。
「……河田、本当にやるのか?」
「はい」
いつものように授業を開始しようとしたのだが、その前に永田から話があった。
幸隆と試合をしたいという申し出だ。
しかし、幸隆が魔力を使用できないということは、鈴木も理解している。
そのせいで幸隆が退学しないといけないということを告げたのは、彼自身だからだ。
だからこそ、幸隆と試合をしたいだなんて話にならないため、鈴木は永田の提案を反対しようとした。
幸隆のことのことを思っての事だったのだが、その幸隆自身も受け入れたというのだから驚いた。
魔術以外の授業の成績は優秀で、魔力無しの武術もかなりの実力を持っている幸隆とは言っても、魔力を使用する人間と戦おうなんて、とてもではないが勝てるはずがない。
そのことは幸隆も分かっているはず。
「最後にもう一度聞くぞ。本当にやるのか?」
「はい」
全てを分かった上で試合をするというのなら、もしかしたら幸隆に何か考えがあるのかもしれない。
そのため、鈴木は幸隆に最終確認をする。
その確認にも、幸隆は変わらない返事をした。
「ハァ~……、分かった。しかし、私が危険だと判断したらすぐに止めるからな?」
「はい」
勝てる・勝てないにしても、いつでも止められるようにすればいい。
そう考えた鈴木は、自己判断で止めることを幸隆に了承させる。
それでも決意は変わらない様子の幸隆を見て、鈴木はやらせてみることにした。
「朝人の奴何考えてんだ?」
「全くだな。弱い者いじめ過ぎだろ?」
試合をする事が決定し、他の生徒たちは訓練場の端により、スペースを開ける。
その生徒の中の1人が、永田の考えに疑問の声を上げる。
その隣にいる生徒も同じ考えのようだ。
永田とパーティーを組んでいる田中と増田だ。
「大矢にいいとこ見せたいからか?」
「かもしんねえけど、逆効果だって分かんねえのかな?」
「だよな……」
田中と増田も、永田が亜美に惚れていることに気付いている。
パーティーを組む友人だから言わないでいるが、どう考えても脈がないということもだ。
その亜美は幸隆と仲が良い。
その幸隆を倒すところを見せれば、亜美が自分に向いてくれるとでも思っているのだろうか。
だとしたら、考えが浅すぎる。
田中と増田は、友人として止めるべきか悩ましい思いだった。
「始め!!」
距離を取った2人が向かい合ったところで、鈴木は試合開始の合図を送る。
“バッ!!”
試合開始早々、永田は魔石の魔力を使用し、一気に幸隆との距離を詰める。
基本的に、探索者が魔術を使用できるのはダンジョン内のみだが、それには例外がある。
ダンジョン内で出現した魔物から採れる魔石。
それに内包する魔力は、ダンジョン外でもを使用することができるのだ。
「永田っ!?」
この時間までに聞こえてきた生徒たちの会話から、永田が幸隆との試合を申し出たのは、朝揉めたという理由からだろう。
授業でケンカをさせるのは良くないが、どんな形でも決着をつけておけば、ひとまず収まるはず。
軽く魔力の弾を幸隆に当てるなりするだけで、永田も腹の虫が治まるだろう。
いくら永田が腹を立てていると言っても、魔力が使えない幸隆に直接攻撃をするはずはないと、鈴木は考えていた。
その考えに反して、永田は幸隆へと接近した。
『止める間もなく一発で仕留めてやるぜ!!』
鈴木が考えていたように、永田も幸隆に軽い一撃を与えて済ませようかと思っていた。
しかし、この授業前に幸隆と亜美が話している様子を見て、怒りが再燃してきた。
幸隆と亜美からしたらいつも会話でしかなかったのに、不器用な恋する男子生徒の永田には仲睦まじくしているように見えたのかもしれない。
その怒りに任せ、永田は幸隆に大怪我をさせてやろうと直接攻撃をしてやろうと考えた。
審判役の鈴木は、試合開始の合図をする。
その一瞬を利用すれば、止める間もなく幸隆に接近できる。
思った通りに距離を詰めた永田は拳を握り、そのまま幸隆に殴りかかった。
「オラッ!!」
“スカッ!!”
「えっ?」
永田の拳が幸隆に当たることはなかった。
開始位置に居たはずの幸隆が、その場に居なくなっていたからだ。
「…………」
「……読んでいやがったか? まぁ、まぐれだろ……」
幸隆はいつの間にか離れた位置にいた。
自分の表情から、幸隆に思考を読まれたのかもしれない。
そう考え、急襲に失敗した永田は忌々しそうに呟いた。
“ニッ!!”
攻撃を躱した幸隆は、永田のことなど見ていない。
無言で、自分の体の感覚を確かめる。
そして、その確認が済んだ幸隆は、密かに笑みを浮かべた。
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