第36話

「ええ・・・これは間違いなく私の靴です」

「間違いないのね?」

「間違いありません・・・内側のここにイニシャルでR・Aと書いてあるのが証拠です」

 及川の問いにレイは小声ながらも澱みなく答える。ランドリー袋の中から発見された三足の靴は、早速とばかりに部屋の外で待機していたレイの検分を受け、その中の一足が彼女の物であることが確認された。これで経緯はともかく、紛失したレイの靴がユウジの部屋で見つかった事実が確定する。

「とりあえず、君達は自分の部屋に戻りなさい。この靴は正式な手続きを経てから返還する。安心して欲しい」

「高遠君・・・あなたは私達と一緒に来てもらうわ」

 本田は検分を終えたレイとそれを見守っていた川島の二人にこの場から去るように告げ、開いた扉からその様子を眺めていたユウジには及川が別の処遇を与える。

「違います、これは・・・」

「ユウジ! 残念だよ・・・最低だ! 君が靴を盗んでいたなんて! 私を騙していたんだな! 見損なったよ・・・時間さえ、時間さえ掛ければ私達は間違いなく親しくなれたのに!」

 及川に弁明をしようとするユウジに対して、涙を流して激昂するレイが遮る。それを受けてユウジは震えながら頭を垂れた。誤解ではあったがレイにここまでさせてしまっては、回りに見せる顔がなかったのだ。

「本田先生!」

「ええ・・・今言ったとおりだ。二人とも早く自分達の部屋に戻りなさい!」

「は、はい! レイ、とりあえず行きましょう! 何かの理由があったのかもしれないし・・・」

 レイの様子に及川と本田は事態の収拾を急ぎ、川島も泣き崩れる親友を宥めながらその手を引いてその場から遠ざける。

「では、場所を変えて詳しい話を聞かせてもらおうか?」

 残されたユウジは本田から抑揚のない声でそう告げられるのだった。


「なぜ、あなたの部屋に紛失届が出されていた靴があったのか、説明が出来きますか? 言える範囲で良いから教えて欲しいの」

 再び生活指導室に連れて来られたユウジは及川から質問を受ける。決定的な証拠が見つかっていたが、彼女の声には未だ生徒を労わる優しさがあった。もっとも、別れ際に掛けられたレイの言葉と姿もあって、ユウジは及川達と正面から向かい合う気力はなく項垂れたままである。

「わかりませんが・・・おそらくは真犯人が俺に濡れ衣を着せるためにしたのでしょう・・・」

「なるほど、第三者の行動と主張するのだね?」

 顔を上げて答えるユウジだが、ここで本田が質問役を交代し確認を求める。

「そうです」

「それが誰かわかるかね?」

 流石の本田もいきなりユウジを盗難の犯人だと決めつけるようなことは口に出さないが、代わりに外堀を埋める質問を間髪入れずに繰り出す。

「それはさすがに・・・わかりません・・・」

 本田の質問にユウジは言い澱む。何しろその疑いのある本人を目の前にしているのである。ユウジとしてはランドリー袋に靴を入れたのは本田だと思っている。おそらくは部屋を調べる前から仕込んでいたのだろう。だが、それをこの場で指摘するのは躊躇われた。今はまだ手の内を見せる時ではないからだ。

「君のくらいの年齢なら、女子に大きな興味を持つのは仕方のないことだ。しかし、その欲求が不健全な形で出てしまうのは問題だ。やり直すためにも正直に事実を告げるべきだ。今なら内密に処理することも出来る。でもそれには君の反省が必要だ。麻峰に許してもらうためにも、まずは自分のしたことを認めるべきだろう?」

 ユウジの具体性のない指摘を苦し紛れの言い訳と判断したのか、今度はその真意を隠さずに本田はユウジに自白を迫る。

「確かに可愛い女子のことは気になりますが・・・靴が欲しいとは思ったことは無いです。・・・女の子そのものはともかく、履いている靴は・・・どんな美少女の物だって汚いですし!」

 レイの名前を出されたことで再びユウジは頭を垂れるが、盗難はもちろんのこと女子の靴に執着する変態行為についても真っ向から否定する。最後の言葉は駆け引き無しの本音である。


「・・・靴そのものを欲しなくても、それを切っ掛けにして関係を深める手段にすることは出来る。現に君は麻峰と親しい間柄になっているのではないか?」

「確かにレ、麻峰さんとは親しくなりましたが・・・」

 靴の盗難は執着ではなく、手段であったと言い換えながら本田は客観的事実を指摘し、ユウジもそれを認める。

「うむ。そして、君は以前から彼女を魅力的だと思っていたのではないのか?」

「それも・・・否定しません」

 本田のペースに乗せられているとは気付いていたが、ユウジは続いて首を縦に振る。人類の若いオスでレイに興味を持たない者など、マイノリティにも程があるからだ。

「更に君はG寮で共に生活する長身の女子達にも興味を持っていたのではないか? もしかしたら無意識の内に好みの女性の気を引く為に、君は彼女達の靴をぬす・・・集めていたのかもしれない!」

「いや・・・それはないです!」

「本当にそう断言出来るのか? 靴を紛失した女子生徒達に全く興味を持っていなかったと言えるのか?」

「それは・・・」

 飛躍した本田の追及をユウジは一旦否定するが、レイ以外の被害者達のことを思い出すと断定を避ける。確かに彼女達は皆、スラリとしたスタイルの持ち主で、彼の好みに合っていたからだ。特にバレー部の後輩はその豊満なバストが印象に残っている。

「正直に言えばあります・・・ですが、靴を盗むようなことは絶対にありえません!」

 ユウジは一部の問いは認めつつも、靴に関してだけは完全に否定をするのだった。 


「いい加減に自分の行動を認めたらどうだ?! 君の部屋から紛失届が出ている靴が見つかっている! このような決定的な証拠があるにも関わらず、いつまでも否定するとなると、退学処分も考慮にしなければならない! 君が認めて反省するのなら、学園としても情状酌量を用意することが出来る。良く考えて、これらからの将来を見つめるのだ!」

 その後もユウジと本田の押し問答がしばらく続いたが、犯行を認めないユウジに業を煮やしたのか、本田はついに厳罰である退学を仄めかす。

「本田先生・・・それはさすがに」

 それまでユウジと本田のやり取りを見守っていた及川が嗜める声を上げる。例え、ユウジの部屋から盗まれた靴が見つかったとしても、それが必ずしも彼が盗んだ証明とはならない。ユウジが主張する真犯人の陰謀等の可能性もあるからだ。

「・・・確かに言い過ぎたかもしれませんが、反省もせずに、我々への協力を拒むのならば〝それ〟も視野入れる必要があるはずです!」

「もちろんですが、それは本当の最終手段です。まずは生徒から自発的に打ち明けられるのを待ちましょう。彼も時間を掛ければ最良の判断をしてくれるでしょう」

「しかし、それでは・・・」

 及川の考えに本田が何かしらの反論を告げようとしたところで生活指導室にノックが響く。仕様上、この部屋は防音で廊下側に窓は無い。ユウジを含めて三人は突然の来訪者の存在に驚くこととなった。

「とりあえず、確認します」

 扉側に近い及川が立ち上がって扉を開けると、そこにはレイを含む三人の人物が立っていた。

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