第11話
「おお高遠! 帰って来たな! ふふふ、さっき聞いたぞ。お前らのこと!」
青色の玄関を潜って寮に戻ったユウジは、まずは自室がある三階に向うが、その途中の階段で長野と出会う。彼は既に制服を脱いでいて、上はTシャツ、下は灰色のスウェットというラフな姿である。
寮の中は私服が認められているので、男子の多くはこういった簡単な服装で過ごしている。噂によると男子禁制である四、五階ではもっと大胆な姿の女子もいるとのことだったが、残念ながらユウジにそれを確かめる術はなかった。
「・・・ああ、とりあえず、俺もこれから着替えてくるよ」
友人に出迎えられたユウジだが、不自然な気配に気付いて当たり障りのない返事を行なう。長野が何を言いたいのか大体の察しはつくが、敢えて自分から漏らす必要はない。ユウジはその場を離れて階段を登る。どうせ夕飯の時に再度聞かれることになるのだ。
「ああ、下で待ってる!」
長野も焦る気はないらしく、ユウジの背中に声を掛けると一階に降りていった。
寮の三階は第二学年生の一部と第三学年生の男子に割り当てられており、表玄関寄りの前側に三年生、奥側に二年生の個室が配置されていた。そのため、ユウジを含む二年生の男子は寮に設置されている三つの階段の内、玄関側の階段は使わずに、中央階段と奥側の階段を使用している。
これは別に二年男子と三年男子の間にトラブルや確執があるというわけではない。なんとなく先輩達の生活エリアに立ち入らないための暗黙の了解だった。三年生となると進路や受験の悩みでナーバスになる者もいる。その配慮なのだ。
また、これと似たような暗黙の了解、あるいは裏ルールが存在し、エレベーターを利用出来るのは四、五階に個室がある女子と身体にハンデキャップがある男子のみと定められていた。低層階の健康な男子までエレベーターを使用しては混んで仕方がないからだ。当然の主張なので男子側も不満を言わず受け入れている。
そのような理由からユウジは中央階段を使って三階に上がると右に曲って自室を目指す。広大な寮ではあるが、一階の共有部分を除くと三階の後ろ半分ほどがユウジの生活圏なのだった。
学生手帳に内蔵されたアプリを使って鍵を解除したユウジは自分の個室に入る。まずは買い物の品を机に置いて、制服を脱ぎ私服に着替える。その格好は長野と同じく上は当たり障りのない柄がプリントされたTシャツ、下は学園指定のジャージだ。転入したばかりの彼としては、変にお洒落を気にするよりも寒くなるまで出番のないジャージに早目の出番を与えたのである。
その後はユニットバスの洗面台で顔を洗う。寮の個室はいわゆるワンルーム形式で六畳ほどの広さしかないが、簡単なキッチンとユニットバスは用意されておりプライバシーが考慮されていた。もっとも、限られたスペースのため家具はベッドと机、タンス、冷蔵庫、空調機と最低限のものしか用意されていない。
学園側としては、これ以外の家具やインテリア品は自腹を切って買うか、一階には共有スペースの各種歓談室を用意しているから、そこで寛げということなのだろう。個室は就寝と一人で勉強するための部屋と割り切っている感がある。
特にユウジは転入から一カ月程ということもあり、私物はほとんどない。真新しい制服に皺が付かないよう、備え付けのハンガーに掛けると、ユウジはそんな殺風景な部屋を出る。あまり長野を待たせるわけにはいかないし、彼の身体は先ほど空腹をから訴えている。後は夕飯を済ませてからとした。
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