第4話

「昨日、私の靴が行方不明になってしまっただろ? それで拾得物として届けられていないか管理部に確認しに行ったんだが、担当職員の話によると私と同じように靴を紛失、もしくは盗まれて探しているって生徒が昨日だけで二人も来ていたらしいんだ。私を入れると三人だな」

「・・・三人!」

 ユウジはレイが語った内容に驚きを示す。昨日、彼女の靴が何らかの理由で紛失してしまったのは、ユウジも知っていたが、レイと同じような境遇の生徒が他に二人も存在しているのは不安を抱く案件だった。

 二人程度なら偶然で片付けられるが、同時期に三人の靴が忽然と消えたである。これほど重なると何かしらの意志が働いていると思うべきだろう。自分に相談とは何事かと思っていたが、確かにこんなことが起こっていたら事情を知る者に話したくなるはずである。

「そうだ、不自然だろう。それで、私も気になって他の被害者について調べてみたんだ。・・・どんなことが判ったと思う?」


 ここで一旦話を切ると、レイはユウジの目を見つめながら問い掛ける。どうやら、ユウジの返答に期待しつつも、彼を見定めようとしているようだ。

「・・・三人には何らかの共通点があった? 例えば全員・・・レイのようなモデル体型の女子生徒だったとか?」

 レイの期待に応えるべくユウジは頭をフル回転させて答える。三件の紛失が偶然ではなく悪意の結果だとすれば、何かしらの思惑が含まれているはずである。

 そして被害者の一人は麻峰レイという学園トップクラスの美少女だ。ユウジが思いついたのは魅力的な女性の靴に執着する倒錯した価値観持つ者、いわゆる〝変態さん〟の犯行だった。

「うん、そうだ! 他の二人も女子で、しかも私と同じような髪形と背格好で靴のサイズも一緒だったんだ」

 ユウジの返答に満足したようにレイは詳細を伝える。その様子からするとユウジは彼女の期待に応えられたようだ。

「それは・・・本当に偶然とは思えない・・・」


 それにしてもとユウジは思う。レイの靴が行方不明になったのは昨日の午前中の出来事だ。おそらくは彼女はその後の昼休みか放課後に紛失届を出しつつも、学園内の清掃や警備等を任されている管理部に赴いて自分以外の被害者の存在を知ったはずである。

 管理部の職員は基本的に事務的であるから、似たような紛失あるいは窃盗事件が多発している事実には気づいたと思われるが、被害者の特徴まで細かく調べるようなことはしないだろう。だから背丈や髪形については昨日の時点でレイ自身が突きとめたに違いなかった。

「しかし、凄いね。一日でそんなに調べたんだ」

「まあ、被害者にはもう一つ、重要な共通点があってね。全員が私達と同じG棟の生徒だったんだ。だから、確認しやすかったってのもある」

 ユウジのちょっとした賞賛に対して、レイはネタを明かすかのように補足を行なった。


 杜ノ宮学園は各学年がA組からH組までの八クラスに分かれており、寮も八棟存在する。つまり中等部の一年A組から高等部の三年A組までA組の生徒は全て、その名もA棟と呼ばれる寮に在籍し、そこで寝食を共にしながら学園生活を送るのである。これは各学年間の交流を図るためで、体育祭等のイベントも各寮対抗で行われていた。

 ユウジとレイは高等部第二学年のG組に所属しており、寮もG棟である。一クラスには40名ほどの生徒が所属しているので、寮にはおよそ40×6の約240人が生活している。

 当然ながらそれだけの人数の個室を完備しているだけに寮は五階建ての大型建築物で、一階は食堂と歓談室などの共有スペース、二三階は男子生徒、四五階は女子生徒と割り振られている。ちなみに四五階は非常時以外男子禁制であり、この規則を破った者には厳罰が処される。

 そんな寮が杜ノ宮学園には八棟存在するのである。生徒の名前と性別、学年、クラス程度のことは学園のアーカイブにある名簿から知ることが出来るが、身長や靴のサイズのような個人情報となると直接会って確かめるしかない。

 だが、レイの言うとおり自分以外の被害者達もG寮の生徒だったならば、そのハードルは低くなる。同じ寮ならば既に顔見知りの可能性もあるし、少なくても夕食時の食堂か歓談室で探せば見つけられるだろう。もっとも、この補足は一つの事実を意味していた。


「ということは・・・G棟の女子生徒が狙われたのか・・・」

「そう。あるいは現在進行形で狙われているか。いずれにしても状況を理解してくれたところで、ちょっとした提案があるんだ。・・・どうだろう? この事件の真相を私達二人で解き明かしてみないか?」

 ユウジの指摘に満足したように頷くと、レイは笑みを浮かべながら提案を告げる。

「と、解き明かす?!・・・つまり俺達で犯人を捕まえるってこと?!」

「そうだ。まあ、私達に権限はないから直接的に犯人を捕まえることはないとは思うが・・・私としては靴を取り返したいし、この窃盗は・・・何かもっと大きな事件の前触れみたいな気がするんだ。それを確かめたいし、何より暇つぶしにしては面白そうじゃないか?」

「・・・確かに、面白そうだ」

 思ってもいなかった唐突な提案だったので驚きの声を上げたユウジだが、レイの誘いに好奇心が湧くのを感じる。

 どんな犯人がレイ達の靴を盗んだのか見届けたいし、もしかしたら彼女の指摘のとおり複雑な事情が絡んでいるのかもしれない。既にユウジもこの奇妙な事件の真相を知りたくなっていた。それに、この誘いはレイとの親交を更に深めるチャンスでもある。美人と仲良くなれる機会を見逃すほど彼は愚かではなかった。

「いいね、やってみよう!」

「ふふふ、そうこなくてはな!」

 承諾を示したユウジにレイはこれまでにない最高の笑顔で頷く。

「で、何から調べる?」

 嬉しそうな反応を見せるレイに釣られてユウジは早くも捜査について問い掛ける。

「放課後になったらもう一度被害者に会って、ここ最近の行動を更に詳しく聞くつもり・・・まあ、そこまで焦ることはないさ。とりあえず、もう一本どうだい?」

 気の早いユウジの様子にレイは再びチョコレートの箱を差し出すのだった。

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